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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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23


「質問に答える気がないことは分かっている」

 ルズィはしゃがみ込むと、刺客(しかく)だと思われる男と視線を合わせる。

「だから話してくれるように仕向ける。痛みを(ともな)う説得だ。でも、悠長(ゆうちょう)に拷問なんてやっている時間がないことも分かっているな?」


 隠密性を優先した結果なのか、刺客が身に付けていたのは薄着の黒装束で、森の気候と戦闘には適さない装備に思われた。しかし注意深く観察すると、胴体などに昆虫の外骨格を加工したと思われる軽くて強度のあるプレートが使われていることが確認できた。


 部族の戦士も狩りで手に入れた昆虫の素材を使って防具をこしらえることがあったので、驚くようなことでもなかったが、刺客が身に付けていた装備は貧しい戦士が手に入れられるようなモノではなかった。布にも風を通さないように〈防風の護符〉が仕込まれていて、見た目に反して機能性の高い装備だった。


 アリエルとラファが死体から回収してきた装備のなかには、太刀や小刀のほかに、上等な紙で作製された護符、それに念話を使って連絡を取り合うための呪術器も確認できた。彼らが刺客だと考えるなら、それ自体は一般的な所持品で、首長の軍に所属する戦士にも支給されているモノだった。


 しかし念話の精度を高める道具は、アリエルが褒美として首長から受け取っていた物資のなかにあった呪術器と同じモノに見えた。


「若いな……あの女はお前の部下なのか?」

 頭部に古い火傷の(あと)がある猫背の男は、ルズィの顔をじっと見つめるだけで口を開こうとしなかった。


「俺の言葉は理解できるよな。それとも無視をしているだけなのか?」

 ルズィは溜息をつきながら立ち上がると、もうひとりの刺客のもとに歩いていく。


「これからこの女を犯す。そのあと、(みずか)ら死を願うような痛みを与えながら質問する。お前は特等席でそれを見ることになる。仲間が痛めつけられる姿を見るのは、痛みに慣れた戦士でもキツイものがある。もしも質問に答える気になったら教えてくれ。すぐにお前の仲間を解放してやるから」


 女性は明らかに動揺していたが、冷酷な刺客らしく平静を装う。

 ルズィは男の返事を待ったが、彼は黙したまま仲間の顔を見つめていた。ルズィはそれを確認すると、肩をすくめて、それから乱暴に女性の服を脱がせていく。彼女は抵抗するが、そのたびに殴られて、鼻血を流しながら口汚く(ののし)るようになる。


 彼女の小さくて硬い乳房が()き出しなるのが見えた。彼女はそれを隠そうとするが、両手は背中で縛られている。(よじ)るように身体(からだ)(ひね)って背中を向ける。が、今度は下半身の衣服をひん()かれることになる。日に焼けていない生白い尻が丸出しになるが、彼女はイモムシのように地面を()って逃げ出そうとする。


 裸の女性が目の前にいたが、色気はなく、ひどく(みじ)めな存在に思えるだけだった。ルズィは彼女の足首を(つか)むと、もうひとりの刺客の目の前まで引き()っていく。それを近くで見ていたラファは、ルズィの容赦のない残虐性に身震いした。


 クラウディアたちの身を案じて、顔を隠すことを提案していたのが別人のように、今は無抵抗の女性を容赦なく強姦しようとしていた。けれど兄弟たちが身内ではない存在に――とくに敵対する存在に、どんなことをするのか知っていたので、口を挟むようなことはしなかった。


 なにより、地面に()いつくばり泥まみれになりながら逃げようとしている裸の女性は、彼らの敵であり脅威になる存在だった。そんな相手に(なさ)けをかける余裕なんて、少年にはなかった。


 女性の悲鳴が暗い森に木霊(こだま)する。けれどルズィは手を緩めない。彼女はいたいけな少女を(えん)じているが、刺客として訓練された女性の心が簡単に折れないことは知っていた。隙があれば彼女は必ず反撃してくる。だからどんなときでも備えていなければいけない。が、そこでルズィは考えを変える。


「どう思う、ベレグ」

 彼の言葉に反応して、夜の闇に潜んでいたベレグが姿を見せる。

「時間の無駄だな。その男は女が殺されようと口を開かない」


「そうだな……」

 ルズィは〝やれやれ〟と溜息をつくと、男の目の前に立つ。〈精神操作〉の呪術が使えれば、別の方法が(ため)せたのかもしれないが、あいにく彼は炎の呪術にしか興味がなかった。


「俺と勝負しないか?」

 刺客が眉を寄せると、ルズィは反応を見せた男を鼻で笑う。

「素手の勝負だ。お前が勝ったら解放してやる。雇い主のことも話さなくていい。けど俺が勝ったら、嘘偽りなく知っていることを話してもらう。いいな?」

 刺客がうなずいたのを確認すると、ルズィは男の手を縛っていた縄を切る。


 倒木(とうぼく)に腰掛けていたアリエルとラファも立ち上がると、男が逃げ出さないように、彼の逃げ道を塞ぐように立つ。


「もういいぞ」

 ルズィが妙に気怠(けだる)げな声で言うと、刺客は彼の懐に真直ぐ飛び込んでくる。その手には刃物が握られている。暗器の(たぐい)を隠し持っていたのだろう。


 両腕を持ち上げて、目の高さで拳を握り攻撃の構えを見せていたルズィは、軽く(ひざ)を曲げ重心を落とし、すぐに動けるように準備していた。そこに男が飛び込んでくる。


 脇腹を狙って繰り出された刃物の一撃を避けると、狙いすましたように男の(あご)を的確に殴る。ガクッと男の膝が折れると、もう一度、今度は男の顔面に拳を叩き込む。よろめきながら地面に膝を付けると、顔面を蹴り上げる。一度目は耐えた、けれど二度目は耐えられなかった。男は仰向けに倒れると、頭部を守るように腕で顔を(おお)う。が、今度は無防備になった腹を蹴り飛ばされる。


 鳩尾(みぞおち)に蹴りが入ると、男は血液と一緒に胃液を吐き出す。ルズィは前屈みになって男の様子を確認したあと、さらに何度が顔面に拳を叩き込む。

「どうだ、話す気になったか?」

 男はぜいぜいと(あえ)ぎながらルズィを睨むが返事はしない。

「やっぱりダメか」


 血液にベッタリと濡れた男の顔を(つか)むと、男が背にしていた樹木(じゅもく)に後頭部を叩きつける。鈍い嫌な音がして、大樹の(みき)に赤黒い血液が付着する。意識が朦朧(もうろう)としていた男が倒れそうになると、その顔面を蹴り上げて幹に叩きつける。すでに刺客は戦意を喪失していたが、ルズィは気にすることなく男の顔面を蹴り上げ、何度も踏みつけ、頭蓋骨(ずがいこつ)を割る勢いで攻撃を続ける。


 すると男は悲鳴を上げるように、奇妙な(うめ)き声を漏らしたかと思うとバタリと気絶して、いびきにも似た音を立てる。それでもルズィは何度も、そして執拗に男の頭部を蹴り上げる。

「終わりだな」

 ルズィは深呼吸して白い息を吐き出すと、拳に付着した男の血液を適当な布で拭う。


「それで、あんたは質問に答えてくれる気になったか?」

 そう言って女性に視線を向けたときだった。彼女は突然、口から泡を吹きながら倒れ、痙攣(けいれん)するように激しく身体(からだ)を震わせる。ベレグが彼女の脈拍(みゃくはく)を確認したときには、すでに絶命していた。


「奥歯に毒を仕込んでいたのかも」と、彼女の口を開いて確認していたアリエルが言う。「以前、首長のために汚れ仕事をしていたとき、暗部の連中が毒を用意していたのを見たことがある」


「暗部……暗殺の仕事を専門に請け負う特殊部隊のことだな」ルズィは裸の女性を冷たい目で見下ろしながら言う。「依頼人や部隊の秘密が漏れないように、拷問にかけられたときに自殺するための毒か」


「ああ、奥歯を噛み締めるだけで死ねるって話だったけど、本当だったみたいだ」

 アリエルは立ち上がると、すでに息絶えていたもうひとりの刺客を見つめる。


「それなら、こいつらは首長が送り込んだ刺客で間違いないってことか?」

 ルズィの質問に青年は頭を横に振る。

「いや、各軍団にも暗部は存在するし、軍団長には指揮権が与えられているはずだ」

 そのとき、何故か〈(かげ)(ふち)〉で話した嫌味な男の顔が頭を過ぎる。


「いずれにせよ、首長の組織に所属している戦士で間違いないみたいだな」

 ルズィの言葉にベレグはうなずく。

「暗部にしては練度の低い連中だったが、とにかく警戒したほうがいいみたいだ。本当に暗部が動いているなら、厄介なことになる」


「だな……」ルズィは溜息をつくと、周辺一帯に散らばる死体に視線を向ける。「適当に死体を処理してから野営地に戻ろう、龍の子が心配だ」

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