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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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 街道と呼ぶにはあまりにも粗末な道には、灰色のゴツゴツした岩が転がり、樹木の根が()うように岩肌を(おお)っているのが見えた。湿地に近い所為(せい)なのか、雑草が生い茂る地面は泥濘(ぬかるみ)になっていて、歩くたびにネチャネチャと嫌な音を立てた。そこでは監視塔が立っているのが見られたが、その多くは地中に埋まり傾いていた。


 雑草の間に(かす)かに(わだち)が見える場所までやってくると、行き交う人々や行商人の荷車で交通が盛んになっていくのが分かった。都市の近くまでやってきたのだろう。


 アリエルは〈抵抗の丘〉が南部との(さかい)にある辺境の都市だと聞いていたので、〈境界の砦〉の近くにある要塞集落(リワぺレェロ)よりも寂れた場所だと想像していた。しかし実際には種族を問わず多種多様な人々の姿が見られ、辺境の都市に続く道だとは思えないほどの賑わいを見せていた。


 街道に出てしばらく歩くと、その人々の流れを監視している集団がいることに気がつく。武装した戦士たちは、〈抵抗の丘〉を実質的に支配する商人たちが雇っている傭兵なのかもしれない。


 彼らは(いく)つかの小部隊に分かれていて、都市に向かう人々の身に危険が及ばないように統率のとれた動きで警備を行っている。安心して移動することができるからなのか、行き交う人々の顔には笑顔が見られ、談笑する商人たちの声も聞こえてくる。


 良い面もあるが、相変わらず足場は悪く、移動が大変なことに変わりない。原生林に呑み込まれた蛇のように曲がりくねった道で、ときには足場の不安定な岩場や、成長の早い雑草に(おお)われた場所を歩く必要があり、商人の荷車を引くヤァカも苦労しているようだった。


 樹木(じゅもく)の根と植物、それに急な坂道に阻まれたかと思えば、雑草すら生えていない道が突然あらわれることもあった。


 重い荷物を載せて、車輪を(きし)ませながら進む荷車のなかには、車輪が(わだち)にハマり動けなくなるモノもあった。しかし人々は慣れているのか、協力し合いながら泥の中から車輪を引き上げていた。


 多くの場合、それは労働奴隷の仕事だったが、この場所では隊商を護衛していた戦士たちも泥に(まみ)れながら働いていた。主人だろうと奴隷だろうと、協力し合わなければ生きていけない過酷な土地だからなのかもしれない。


 とにかく道は整備されておらず、一行は時間をかけ、()うようにして進むほかなかった。その間も、アリエルたちは人々の視線に(さら)されることになる。やはり戦狼(いくさおおかみ)の巨体と、見上げるほどの大きな身体(からだ)つきの土鬼(どき)が連れ立って歩いている姿は目立つのか、人々の興味が尽きることはないようだった。


 そこで思わぬ事態に直面する。街道には昆虫種族やら蜥蜴人の姿も見られたが、それでも女性たちの容姿が異彩を放っているのか、彼女たちは常に注目の(まと)になっていた。照月(てるつき)來凪(らな)は言うに及ばず、容姿も選別の条件とされ、聖地で働くため各部族から誘拐されていたクラウディアたちも好奇の目に晒される。面倒なことになる前に対処する必要があった。


 街道沿いで野営する人々を避け、人気(ひとけ)のない場所まで行くと、いつものように野営の設営を始める。そこで女性たちと相談して、ルズィの提案で都市にいる間だけ顔を隠してもらうことになった。幸いなことに照月(てるつき)來凪(らな)の荷物の中には、女性たちが頭から(かぶ)る〈被衣(かずき)〉と呼ばれる布があったので、それを使ってもらうことになった。


 一般的に名家の出の高貴な女性が身に付けるモノだったが、現在では豪族や裕福な商人も使用していたので、逆に目立ってしまうこともないだろう。もっとも、照月(てるつき)來凪(らな)の一族は西部を支配する三大家紋のひとつだったので、彼女が所有する衣被(きぬかづき)は芸術品のように見事なモノだった。さすがに目立ってしまうので、使用を断念して適当な布を使って顔を隠すことになった。


 一行は南部まで目と鼻の先まで無事にたどり着くことができたが、ルズィは首長からの刺客を警戒していた。これまでも不可解な事件があり、要塞集落で彼らを襲った傭兵の背後にいる組織も依然(いぜん)として判明していなかった。


 ルズィは首長の立場に理解を示し、これまでの支援に感謝していた。一方で彼は道理をわきまえた男だった。首長のこれまでの行いが、ただの善意ではないことを理解していたし、〈境界の守人〉という組織の影響力も理解していた。凋落(ちょうらく)したとはいえ、部族から完全に独立した一個の暴力装置である守人を警戒しないなんて選択肢はない。


 その守人が南部で不穏な動きを見せている。()たして首長はその動きを見過ごすのだろうか? いや、あり得ない。どのような手段を使っても(たくら)みを(あば)き、阻止しようとするだろう。そしてルズィの嫌な予感は的中する。何者かが野営地を監視している。死の気配は夜の闇に巧妙に隠され、戦狼すら気づけないほどだった。しかし影のなかでベレグを(あざむ)くことはできない。


 敵対者が近くに潜んでいる。報告を受けたルズィはすぐに行動に出る。戦狼と照月家の武者に野営地の警備を任せると、兄弟たちを連れて刺客のもとに向かう。その動きは森の中の〝シカのように速く〟影に潜む〝蛇のように静か〟だった。


 数人の刺客を見つけると、ルズィたちは一気呵成(いっきかせい)に攻めた。首長が送り込んだ刺客という確信はなかった。しかし戦狼の警戒を突破して野営地に接近してきた集団だ。油断することはできない。手加減せず、はじめから全力で叩く。


 ルズィが〈照明〉の呪術を使い、暗闇に複数の発光体を浮かべると、暗い森に無数の影ができる。その瞬間を待っていたとばかりに、ベレグは〈影縫(かげぬ)い〉で刺客を拘束する。そこにアリエルとラファが駆けてきて、オオカミのように容赦のない獰猛(どうもう)な一撃で刺客を次々と始末していく。


 彼らは明らかに守人を過小評価していて、己の技術を過信していた。隠密性に長けた刺客は襲撃に対応できず、瞬く間に制圧されることになった。


 それでも攻撃に対応できた数人の刺客は、森に影をつくりだす無数の発光体を消すため、呪素を(まと)っていたルズィを標的にした。が、それは間違った選択だった。彼らはルズィに接近する前に青い炎に焼かれ絶命することになった。


 暗い森に男たちの悲鳴が響き渡る。その薄闇のなかに炎の光を反射する物体が見えたかと思うと、凄まじい速度で手斧が飛んでくる。


 ラファは暗闇で(またた)く刃の軌道を読むと、最小限の動きで(かわ)して、目の前を通過していく手斧を(つか)み取る。そしてその勢いを殺すことなく、身体(からだ)(ひね)りながら斧を投げ返した。少年の予想していなかった動きに刺客は驚愕し、己が投げた手斧で殺されることになった。


 頭部を割られた刺客が倒れるころには、足元の土に呪素を()()ぜるようにして、(やじり)に似た鋭利な形状の物質を形成していたアリエルの呪術が完成する。攻撃のために、森に隠れていた刺客を探す必要はなかった。ルズィが空に浮かべた無数の発光体で、すでに標的の居場所が示されていたからだ。


 土を硬質化させて作り出した無数の(やじり)は、〈射出〉の呪術で発射され、標的の身体(からだ)を破壊していく。攻撃を生き延びた刺客はふたりだけだったが、それは彼らがツイていたからではなく、尋問のために意図して攻撃の標的にされなかったからだった。


「やれやれ……」

 ルズィは刺客を縛り上げると、彼らを見下ろしながら気怠(けだる)そうに溜息をついた。

「忌々しい尋問の時間だ」


 野営地にいる仲間に、刺客と思われる集団との戦闘が終わったことを報告したあと尋問に取り掛かる。首長が送り込んだ刺客なのだと見当をつけていたが、彼らの狙いを探る必要があった。

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