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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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 偵察に向かった戦狼(いくさおおかみ)たちによって、砦を占拠していたと思われる野盗らしき集団はすぐに見つけることができた。かれらは北に向かう行商人を襲撃する準備をしていたのか、街道沿いに潜み、野営しながら機会を(うかが)っているようだった。


 アルヴァから報告を受けたアリエルは、その集団が標的である確証がないため、その場に待機しているように言い聞かせた。が、砦の惨状を目にしていたラライアは感情を抑えきれず、野盗の野営地にひとり奇襲を敢行する。


 オオカミの巨体が木々の間を()うように接近してくるのを見て、見張りに立っていた男は驚きの表情を浮かべるが、声を上げることはできなかった。


 見張りの男に向かって容赦なく飛び掛かったラライアは、そのまま胴体に噛みつくと、頭部を左右に振りながら男の身体(からだ)を何度も樹木(じゅもく)に叩きつけた。手足が折れ頭部がグシャリと潰れたのを確認すると、見るも無残な姿になった男を放り捨て、口元から粘度の高い血液を垂らしながら駆け、野営地で休んでいた集団に襲いかかる。


 かれらは予期していなかった攻撃に驚愕(きょうがく)し混乱していたが、それは味方である戦狼のアルヴァとヴィルマも同様だった。ふたりはラライアの攻撃に加勢するため、形振(なりふ)(かま)わず野営地に突貫するほかなかった。


 悲鳴をあげ背中を見せながら必死に逃げる男たちに攻撃を集中させ、集団の数を減らしていくが、野盗の(かしら)らしき男が怒鳴るように命令を出し始めると状況は一変する。ラライアたちは呪術と弓による一斉攻撃(いっせいこうげき)を受けると、防戦に徹することになり、その(すき)に集団は反撃のための準備を整えていく。


 野盗と思われる集団のなかには、戦い慣れしていて、冷静に状況を見極めている者が少なからずいたようだ。彼らは〈身代わりの護符〉や、一時的に身体能力(しんたいのうりょく)を強化させる護符を使用していて、戦狼はさらに厳しい戦いを強いられるようになる。


 しかし、それが(かえ)ってラライアの気持ちを落ち着かるキッカケになってくれた。自分たちを包囲しようとして動く敵の姿が見えるようになると、彼女はアルヴァとヴィルマに指示を出して、呪術の風を(まと)いながら手薄になっていた場所に突撃し、無数の矢を受けながら包囲を突破することに成功する。


 さすがに無傷というわけにはいかなかったが、突発的な戦闘で受けた被害としては軽微なものだった。それでもアルヴァから報告を受けたアリエルは、傷を治療するため、クラウディアたちがいる野営地に帰還させることにした。まったく予想していなかった事態だが、ルズィは好機と捉えていた。


 彼は野営地で待機していたベレグに指示を出し、すぐに野盗たちの監視に向かわせると、敵の出方をうかがうことにした。


「エル、俺たちも野営地に戻るぞ」

 ルズィの言葉にアリエルは片目を細めながら言う。

「この砦で迎え撃つんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったけど、ラライアたちが尾行されているかもしれない」

「野営地まで追ってくる可能性があるのか……。連中もそれなりの被害を受けたんだろ?」


「味方の損耗なんて気にしないさ、(やつ)らは巨大なオオカミを退(しりぞ)けることに成功して、今までになく勢いづいているはずだ。そんな状態で、世にも珍しい戦狼の毛皮を手に入れる機会を逃すはずがない。そうだろ?」

「毛皮って……ラライアたちは(けもの)じゃないぞ」

 アリエルは顔をしかめるが、ルズィは少しも気にしない。


「連中にとって獣だろうと亜人だろうが関係ないのさ、価値のある毛皮を手に入れることができるかもしれないってことが重要なんだよ。いずれにしろ、(やつ)らは圧倒的な優勢に気を(ゆる)めているはずだ。そこを叩いて一気呵成(いっきかせい)に制圧する」


 兄弟の気迫に押されるようにアリエルはうなずいて、それから思い出したように(たず)ねた。

「ところで、あいつらが守人なのか確認しなくていいのか?」

「確認する方法がないし、どう転んでも連中は野盗の(たぐい)だ。それに殺す気で向かってくる相手に頭をさげるわけにはいかない」

「いや、確認する手段はあるよ」

 アリエルは空を仰ぐと、近くに偵察ができそうな鳥がいないか探す。


 黒く(つや)のある大きなカラスを見つけると、体内の呪素(じゅそ)を練りあげ、遠く離れた場所にいるカラスと意識をつなげる。カラスの眼を通して周囲の様子が確認できるようになると、ラライアたちが野盗の集団と戦闘になった場所に誘導する。


 すでにアルヴァから聞いていたが、かれらは守人の特徴でもある黒装束を身に付けていなかった。やはり砦とは関係のない集団だったのかもしれない。

「連中の(かしら)を見つけた」


 周囲の警戒をしていたルズィは、アリエルに視線を戻す。

「どんな(やつ)だ」

「使い古した革鎧に毛皮を重ね着しているが、とにかく汚い身形(みなり)だ。辺境の部族だってもっとまともな恰好をしているだろうな」

「それで、なにか特徴はないのか」


「そうだな……」アリエルは男を観察しながら言う。「そいつの耳は小妖精のように先が尖っていて、左目を(えぐ)るように額から頬に向かって大きな刀傷がある」

隻眼(せきがん)なのか?」と、ルズィが反応する。

「ああ、片目の大男だ」

「ならバシリーだな」


「知り合いか?」

 アリエルの質問に彼は舌打ちする。

「ああ、そいつは〈境界の砦〉で訓練を受けていないが、間違いなく守人だ」

「訓練を受けずに守人になれるのか?」


「バシリーは志願して守人になったんだ。首長の軍で戦士長をしていた実績が買われて、そのまま人手不足の砦に派遣されることになった」

 アリエルは奇妙な気配を感じて振り返ると、砦の入り口を凝視する。が、とくに変わった様子はなかった。

「志願して守人になった(やつ)が、今では行商人を襲う犯罪者に成り下がったってわけか」

「そういうことだ」


 と、そこでルズィも奇妙な気配を感じて顔をしかめる。

(やつ)は妖魔との混血で、〈赤頭巾(あかずきん)〉にも知られていないような奇妙な術を使うらしい」

「奇妙な術……」アリエルは眉を寄せる。「その術を使って砦の守人を支配しているのかもしれないな」

「あるいは、その守人たちの口車に乗せられて犯罪に手を染めたのかもしれない。まあ事情がなんであれ、ここで始末することに変わりない」


「厄介な相手になるかもしれないな……」と、アリエルは腕を組む。「龍の子やクラウディアたちがいる野営地の近くで、連中を待ち伏せするのは危険じゃないのか?」

「いや」ルズィは否定するように頭を横に振る。「正確な数も把握できていないんだ。もしも別の集団がいたら、手薄になる野営地が襲われる可能性がある」


 そのときだった。またもや砦から奇妙な視線を感じたかと思うと、首筋の毛が逆立ち、全身の鳥肌が立つのが分かった。

「エル、気づいたか?」

 ルズィの小声に答えるように、アリエルは縦にうなずく。


 地下牢(ダンジョン)に放置されていた遺体の数からみても、女性たちが日常的に強姦され、筆舌に尽くしがたい残酷な拷問を受けて殺されていたことは明白だった。彼女たちの怨念に引き寄せられた幽鬼が潜んでいてもおかしくない。


 アリエルはカラスの眼を通してバシリーたちの状況を確認したあと、砦を見つめる。

「もう一度、あの砦を調べる。ルズィは先に野営地に戻って戦闘の準備をしてくれ」

「ダメだ」と、彼はすぐに否定する。「エルの血に反応して姿を見せた可能性がある」


「俺が標的ってことか……でも、どうして俺の血なんだ?」

「森で死者の魂を操る能力を持っているのはエルだけだ。それに奇妙だと思わないか、その幽鬼は砦にいる連中をいつでも襲えたかもしれないのに、今になって姿を見せたんだ」


 アリエルはしばらく考えた。

「だったら、そいつの話を聞くのも悪くない」

「幽鬼が力になってくれるとでも?」

 ルズィはそう言って苦笑したが、悪い考えではないと思っていた。

「ああ、女性たちの無念を晴らす手助けをしてくれるかもしれない」

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