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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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 それから数日、かれらは混沌の生物が徘徊する危険な森を避けながら、夜明けから夕暮れまで移動を続けた。その間、小さな集落や行商人で賑わう市場は避け、人気(ひとけ)のない旧街道や打ち捨てられた古代の砦を通り過ぎながら森を進んだ。


 誰もが長旅で疲れていたが、名家のお嬢様でもある照月來凪(てるつきらな)は平然としていた。土鬼(どき)は人間に似た姿をした種族だったが、やはり蜥蜴人や豹人のように、人間とは根本的に異なる種なのだろう。その照月來凪は、クラウディアの代りに龍の幼生が入った(かご)を背負ったり、甲斐甲斐しく龍の世話をしたりしていた。


 夕暮れになると野営地を設営して、きちんと調理された食事を取った。その日の調理を担当する人は決まっていなかったが、見張りに立つのは戦狼(いくさおおかみ)や照月家の武者たちの担当だった。


 多くの旅人は戦狼の巨体を恐れて、かれらの野営地に近づくことはなかったが、それでも恐れ知らずの傭兵や野盗の(たぐい)を近くで見かけることがあった。夜、見張りに立ったアリエルは、木々の間から野営の炎を垣間見た。それは遠く離れていて、問題にするほどの距離ではなかった。しかし炎の数が増えてくると、ベレグは野営地を離れ、傭兵たちを偵察して危険性がないか確認するようになった。


 夜の闇のなかでベレグを見つけることは難しい。彼は何度も偵察を行ったが、対象に発見されることは一度もなかった。それどころか、傭兵や野盗たちが襲撃を計画している現場に遭遇すると、それを阻止するべく迅速に行動した。多くの場合、かれらは指揮官相当の仲間を失い、統率力を欠き作戦を断念せざるを得ない状況に追い込まれた。


 戦狼と行動するアリエルたちが、それでも襲撃の標的にされてしまう要因には、やはり多くの女性を連れていたからだと考えられた。東部では珍しい豹人の姉妹や、驚くほど綺麗な顔立ちをした照月來凪の風貌は目立ってしまう。


 若く希望に満ち溢れたアリエルには理解できない衝動だったが、暗く深い森を根城にする野盗にとって、美しく健康な女性は命を懸けるに値するものだったのかもしれない。


 人々が暮らす都市の近くまでやってくると、通行人は増えていき、人々の視線を避けることも困難になっていく。旅人のなかには、戦うことのできない子どもや老人、それに出稼ぎの作業員だと思われる集団や、どこかの鉱山に送られる奴隷の姿も見られた。かれらの多くは重い荷物を背負い徒歩で移動していたが、行商人や身ぎれいな人々はヤァカが引く荷車に揺られていたこともあった。


 この時期にしては珍しい蜥蜴人の傭兵団と遭遇することもあった。傭兵たちのなかには、騎乗が可能なオオトカゲ〈ラガルゲ〉の背に揺られている者たちもいて、周囲の人々を怖がらせていたが、それは戦狼を連れたアリエルたちも同様だったので文句は言えないだろう。むしろ蜥蜴人の傭兵に警戒されて、余計な面倒事に巻き込まれないように気を使わなければいけなかった。


 ある日の午後、いつものように野営地の設営をしていると、命知らずの商人がクラウディアに声をかける。上等な着物を身に付けていたので、それなりに素養のある人物にも見えたが、かれの連れは武装した二足歩行の昆虫種族で、洞窟を()()にする不潔なアナザルの肛門よりも汚く、ひどい臭いを漂わせていた。


 物資が不足していないか心配になって思わず声をかけたと言っていたが、守人が戦狼と一緒に周囲の偵察に出ている間に近づいてきたということは、別の目的もあったのだろう。商人は自分たちの荷車にある積み荷の半分を安い値段で(ゆず)ってくれると言いながら野営地を歩き回り、近くに女性しかいないことを確認すると、連れの戦士に彼女たちを()らえるように命じた。


 どうやら商人のフリをした人攫(ひとさら)いだったようだ。しかし野営地に〝影のベレグ〟が潜んでいることに彼らは気づいていなかった。昆虫種族の硬い(から)に覆われた手がクラウディアの腕を掴む前に、その手は切断されることになる。


 同族が攻撃されたことに驚いた昆虫種族が口吻(こうふん)をカチカチ鳴らしながら太刀を抜こうとするが、リリが放った火球を受けて全身が炎に(つつ)まれてしまう。驚愕の表情で事の成り行きを見守っていた商人もどきは、すぐに気を取り直すと、その場から逃走しようとする。しかしその試みは失敗に終わる。偵察から戻ってきていたアルヴァに、その頭を容赦なく食い千切られて息絶えてしまったからだ。


 ノノからの念話で野営地の状況を確認したルズィは、すぐに行動を開始する。戦狼に騎乗していたアリエルとラファに指示を出すと、人攫いの本隊を探させ突き止めさせると、土鬼の武者を連れて間髪を入れずに本隊を強襲した。人攫いの集団は護衛に昆虫種族の傭兵を(やと)っていたが、戦狼と土鬼からの思わぬ攻撃に手も足も出なかった。(またた)く間に敵を殲滅(せんめつ)させると、ルズィは彼らの物資を頂戴することにした。


 しかし集団は近場の都市からやって来ていたのか、荷車には必要最低限の食料しか積んでいなかった。それでも何もないよりマシだった。収納の腕輪で物資を回収すると、荷車を引いていたヤァカは解放し、空になった荷台に死体を乗せ焼却する。それは人攫いの集団が失踪したことに、守人が関わっていると知られないための処置だったが、行き過ぎた対処だったのかもしれない。


 ちなみに逃がしたヤァカは都市の位置を覚えているので、心配しなくても勝手に自分の小屋に帰るだろう。ラライアは不満そうにしていたが、人通りのある場所なので、ヤァカを襲う危険な生物も徘徊していないとアリエルは説明した。だが話している途中で、ただ単に彼女がヤァカを食べたかったのかもしれないと思うようになり、彼女の機嫌を取る必要がなかったことに気がついた。


 とにかく旅は順調だったが、やはり食料のことが心配になっていた。そこでルズィは街道沿いにある守人の砦で補給を受けることを提案した。皆が了承すると、かれらは二手に分かれることになった。守人の砦に大人数で押しかけないためだとルズィは説明したが、かれの懸念は他にもあった。


 境界の砦から遠く離れた守人の支部では、規律の崩壊により流血沙汰が頻繁に起きていて、それをキッカケに崩壊してしまった支部も少なくない。もともと罪人の集団で構成されている組織なので、そういった問題は少なからず起きてしまっていたが、総帥にはどうすることもできなかった。ひとたび秩序を失ってしまえば、組織の瓦解(がかい)は必然であり、それを止める余力はもうなかった。


 かれらが助力を得ようとしている支部が、守人の規律から逸脱した組織に変わっていた場合、仲間たちを――とくに戦う術を持たないクラウディアたちを危険に(さら)すことになる。そこで砦に向かうのはルズィとアリエルのふたりだけで、仲間たちは砦の近くに設営する野営地に残ることになった。


 が、勘のいいラライアは何かを感じたのだろう。彼女はふたりに同行すると言って譲らなかった。ルズィも思うところがあり、彼女の同行を許可した。オオカミの姿で砦に近づくわけにもいかず、さっそく人の姿になったラライアは、上機嫌でふたりのあとに続いた。


 道中でアリエルは毛皮のマントを肩から外し、それでラライアの身体(からだ)(つつ)み込んだ。見知らぬ兄弟たちに彼女の肌を(さら)すほど、かれは(おろ)かではなかった。


 今にも崩壊しそうな石造りの壁には枯れたツル植物が絡みつき、まるで廃墟のような様相(ようそう)(てい)していたが、たしかに人の気配が感じられた。しかし奇妙なことに、砦の周囲に兄弟たちの姿はなく、森を監視していなければいけない守人の姿も見かけなかった。


 奇妙なことは他にもあった。戦狼の嗅覚は血液のニオイを感じ取る。それも獣の血液ではなく、人間の血と糞尿が一緒くたになった戦場(いくさば)の臭いだった。砦が襲撃を受けたかもしれない。アリエルたちはすぐに決断すると、警戒しながら砦に侵入する。


 けれど彼らの予想に反して砦内に荒らされた様子はなく、生活の痕跡も見て取れた。狩りに出ているのかもしれない。ルズィはそう考えたが、砦内に立ち込める異様な腐敗臭の説明にはならなかった。


 地下に続く階段を見つけると、臭いに耐えられなくなったラライアは毛皮で鼻を覆う。どうやら臭いのもとは地下にあるようだ。三人は警戒しながら地下に向かった。

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