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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
7/474

05


 戦場に突如(とつじょ)あらわれた〈呪術師〉たちが生み出す混乱に(じょう)じて、アリエルが指揮する独立混成部隊は神殿への潜入を試みる。


 戦場に散らばる死体に足を取られ(つまづ)きそうになりながらも、勇猛で命知らずの戦士たちは全速力で駆けた。途中、守備隊のひとりが振り下ろした刃がアリエルの頬を(かす)める。言い知れぬ気味の悪い恐怖が背筋を()い上がってくるのを感じたが、青年は恐怖を振り払うように強く地面を蹴って身体(からだ)を前に進めた。〝オオカミのように速く〟誰よりも力強く。


 おそるべき集中力によって研ぎ澄まされた精神は、時間の感覚すらも遅くする。アリエルはすぐとなりを走るラファの荒い息遣いを感じ、敵の首を()ねる若き豹人の太刀(たち)が空気を震わせる(かす)かな音を耳元で聞き、温かな血液が飛び散って敵対者が倒れ()す音を聞いた。


 障害がなくなると視界が開けて、神殿入り口の巨大な扉が見えてくる。群衆の中から飛び出した混成部隊の動きに驚いて、目を見開く守備隊の姿の姿も間直に見ることができた。すでに戦士たちの額を伝う汗すら見える位置に接近していた。


 神々の奇跡を操る呪術師たちの中心には、赤く染められた革の具足(ぐそく)籠手(こて)、それに顔を覆い隠す薄布を身につけた女性が立っているのが見えた。しかし赤い祭服は身につけておらず、肌のほとんどを露出していて、やわらかな乳房や黒い陰毛が見えていた。


 その女性が(りん)とした澄んだ声で神々への祈りを口にすると、彼女の傷ひとつない綺麗な肌に根を伸ばすように、植物の模様(もよう)が発光しながら浮かび上がるのが見えた。


 しかしアリエルが短刀を投げると、彼女は祈りの(かま)えを()いて手にした長剣で飛んできた刃を(はじ)く。その隙を突いて青年は呪術師の(ふところ)に飛び込むように踏み込んで見せた。その瞬間、彼女が振り下ろした刃が青年のすぐ目の前の空間を斬り裂いていく。しかし前進すると見せかけて、後方に飛び退()いていた青年に彼女の刃は届かなかった。


 アリエルは薄布で表情が見えない呪術師の首筋から脇腹にかけて、胴体を両断するように思いっきり太刀を振り下ろした。それは皮膚を裂き肉に食い込む。しかし途中で骨に引っ掛かったのか刃が止まる。けれど青年は冷静だった。女性の腹部を蹴り、その反動で刃を引き抜くと、返す刀で彼女の首を()ねた。


 頭部を失った(なまめ)かしい肉体が前屈(まえかが)みに倒れると、大声で何事かを(わめ)きながら接近してくる戦士に向かって太刀を投げつける。戦士は喉に突き刺さった刀を抜こうとして立ち止まる。青年はその隙に乗じて、両開きの大扉を通って神殿内に侵入する。そしてそのまま開かれた重厚な扉に手を掛けると、ゆっくり正確に時を数えていく。


 一、二、三――。

 周囲の呪術師を次々と斬り殺していく守人たちが神殿内に駆けこんでくる。


 五、六、七、八。

 黒い残像を(ともな)い駆ける兄弟を追うように、守備隊が声を張り上げながら突進してくるのが見えた。


 十一、十二、十三、十四。

 十五まで数えると、反対側の扉に手を掛けていたラファに向かって青年は叫ぶ。

「すぐに扉を閉じろ!」と。


 ぐずぐずしていたら守備隊も神殿内に雪崩(なだ)れ込んでくる。これ以上は待っていられない。扉が閉じられると、兄弟たちが協力して運んできた巨大な(かんぬき)が大扉に掛けられる。ほぼ同時に扉の向こうから衝突音が聞こえる。しかし数世紀もの間、そこに存在し続けた大扉は、すべての衝撃を吸収でもしているのかビクともしなかった。


 アリエルは深呼吸すると、煌々(こうこう)と輝く深紅(しんく)の瞳で神殿内を見回した。

「すぐに周囲の安全確認をしてくれ。外につながる扉、窓、なんでもいい、見つけたら厳重に閉鎖するんだ。何者も神殿内に通してはならない」


 それから視線を走らせながら声を上げる。

「ラファ!」

「はいっ!」

 少年はしっかりした声で(こた)えると、アリエルのもとに小走りでやってくる。


「リリと一緒に部隊を指揮してくれ。敵の侵入があれば、それをすべて叩け」

 少年が不安そうな表情をみせると、アリエルは彼を安心させようとして微笑(ほほえ)む。

「大丈夫だ。砦で(きた)えられた守人のひとりは、この(あた)りの戦士十人に匹敵する能力がある。そう簡単に俺たちはやられたりしない」


 少年がうなずくのを確認したあと、ノノに小声で(たず)ねた。

「生き残ったのは何名だ」

『守人は問題なくついてこられましたが、首長の戦士たちは……残念です』

「そうか……」


 兄弟たちに追いつけなくて、神殿前の乱戦に巻き込まれてしまったのだろう。生きている可能性は低い。青年は(まぶた)を閉じ、短い祈りの言葉を口にする。

「いつか、神々の御国(みくに)で」


 深い溜息をついたあと、すぐに気持ちを切り替える。

「ノノは俺と一緒に来てくれ。目的の〈遺物〉はこの遺跡の何処(どこ)かにあるはずだ。そいつを見つける」

 彼女は小さく(うな)ると、近くに立っていた戦士に指示を出し、遺跡内の捜索を始める。


 豪華(ごうか)絢爛(けんらん)たる巨大な空間を有した神殿は、外の騒ぎが嘘のように静寂のなかに沈み込んでいる。偽りの神の権威を(しめ)すためにも必要だったのだろう、神殿内に置かれた調度品は虚飾(きょしょく)に満ちた黄金に染まっている。


 ぼんやりとした蝋燭(ろうそく)の灯りに浮かび上がる彫像を見つめていると、日の出が近いのだろう、空を茜色に染める光が神殿内に射し込み、内部を明るく照らしているのが見えた。


 高い半球状の天井を支えるように荘厳(そうごん)な柱が並んでいて、遺跡の中心に向かって続いている。アリエルは通路の真ん中をゆっくり歩いていく。柱の陰から何者かが飛び出してきて襲いかかってくることもなければ、おそろしい呪術師があらわれることもなかった。彼は神殿の中心に無事たどり着いた。


 そこには祭壇があり、そのすぐ後方には神を(かたど)った神像が鎮座(ちんざ)している。しかしそれは下品な黄金に()られていて本来の美しさが損なわれ、ただ無駄に大きな置物になってしまっていた。その祭壇を中心にして円を描くように、座席が何列も並んでいた。聖域にやってくる巡礼者たちのためのモノなのだろう。


 アリエルは祭壇に飛び乗ると、少しばかり高くなった視線で周囲を見回した。不謹慎なのかもしれないが仕方がない、すでに存在しない神に気を使っている余裕なんてない。


 一箇所だけ不自然に外の光が届かず、暗がりになっている空間を見つけると、青年はその場所に向かって真っ直ぐ歩いた。何度か木製の座席を乗り越えながら、なんとか目的の場所にたどり着く。


 そこで青年はしゃがみ込むと、無用の長物になった(さや)を腰の革帯から外し、ツルリとした大理石調の床材を叩いて返ってくる音を確認する。しばらくすると、明らかに周囲と異なる音を発する箇所を見つける。どうやらこのすぐ下に空間がありそうだ。


「ノノ」青年はフサフサの体毛に包まれた豹人を(そば)に呼んだ。

 彼女は数名の戦士たちとやってくると、周囲の床を調べ始めた。

『どこかに地下に続く扉を開くための仕掛けがあるはずです。……ですが、それをゆっくり探している時間はありません』

 彼女はじっと地面を見つめて、それから自信満々に鳴いた。『私に考えがあります』


 アリエルが顔をしかめると、彼女は戦士たちを連れて何処(どこ)かに行ってしまう。そして通路に飾られていた人間の子どもほどの大きさがある神の彫像を運んできた。その像も贅沢に黄金に染められていて、その手に持つ教本も金に染められていた。


 兄妹たちが(けわ)しい表情で彫像を運んでくるのを見た限りでは、それなりの重さがあることが分かった。彼らがそれを地面に叩きつけると、床はあっさり抜けて、その下に隠れていた空間を明らかにした。ポッカリと開いた縦穴は地下に続いている。青年は壁に設置されていた鉄製の梯子(はしご)を使って地下に向かう。


 おそらくだが、兄弟たちに苦労をかけずとも破壊できる床だったのかもしれない。青年は足元で砕け散っていた薄い床材を足で払い、落下の衝撃でバラバラになった神像を確認する。彫像の頭部は胴から離れ、恨めしそうな視線を投げかけている。青年は視線を上げると、満足そうに互いの健闘を(たた)える兄弟に感謝の言葉を口にした。


 それからやけに(せま)い、ひとひとりがやっと通ることのできる土が()き出しの通路を歩いた。すえた臭いが鼻についたが、次第に空気が冷たくなっていくのが感じられた。勾配があるのだろう、通路が徐々に(くだ)っているのが分かった。


 しばらく黙って歩いていると、無数の蝋燭(ろうそく)の灯りに照らされた広い空間に出る。祈りの場、あるいは拝殿、なんだっていい、そんな風に呼ばれる場所に出た。おそらくそこが目的の場所なのかもしれない。青年はそう考え、周囲に警戒しながら歩を進めた。


 一緒に地下にやっていきていたノノは、狭い通路に片耳の守人を残すと、黒曜石の柱が並ぶ異質な空間を見つめている青年のとなりに立つ。


『あれは……死体でしょうか?』

 ふたりの視線は地面に横たわる十数人の神官たちに向けられていた。彼らが着ている真っ白な祭服と肩に掛けられていた黄金色で縁取られた青い肩袈裟(かたけさ)で高位の神官であることが推測できた。その神官の(そば)には割れたガラス容器が散らばっている。リリは屈み込むと、少しばかり液体が残っていた容器を拾いあげて、桃花色の鼻先を近づける。


「それが何か分かるか?」

 青年の言葉に彼女はゴロゴロと喉を鳴らす。

『この甘ったるい腐臭は、〈魔女たちの血液〉に似ています。……強力な毒です。戦場で追い詰められている以上、自死を選ぶことも考えられますが、さすがに集団自殺となると状況は分かりかねます』


「たしかに、絶望の果てに自殺したようには見えないな……」

 神官たちの亡骸(なきがら)の中心にある祭壇に近づく。その祭壇には、ボイルドレザーで装丁(そうてい)された古びた教本と銀色の鍵束が無雑作に置かれていた。


『それは、邪神を崇拝する異教徒たちの聖典ですね』

 部族の聖地に似つかわしくないモノだったが、ノノの言葉にうなずいたあと、青年は足先に感じた異物に視線を向ける。不自然に祭壇の真下に打ちつけられ太い鎖を見つける。やわらかな青紫色の淡い光を帯びた不思議な鎖だ。それは地面を()(へび)のように、拝殿の奥に見える部屋のひとつに続いていた。


 アリエルが淡い光を帯びた奇妙な鎖を眺めていると、ノノは手に持っていた容器を床に投げ捨てた。するとグラスの割れる音と共に奥の部屋から女性の小さな悲鳴が聞こえた。アリエルがノノに視線を合わせると、彼女はうなずいて静かに刀を抜く。


 ノノの動作を横目に見ながら、青年は音を立てないように素早く動いて部屋の入り口に近づく。扉はなく粗末な布で仕切られた部屋だった。蝋燭(ろうそく)(かすか)かな光のなかで、室内にいる何者かの淡い影が左右に揺れ動くのが見えた。ノノに視線で合図をしたあと、青年は一気に布を引いた。


 そこには十人ほどの女性が、部屋の(すみ)身体(からだ)を寄せ合うようにしてしゃがみ込んでいるのが見えた。彼女たちは部屋に飛び込んできたアリエルとノノの姿に驚いて、勢いよく立ちあがる。


 ゆったりした薄桃色の小袖を身につけている女性たちは、神殿の管理を任されている巫女なのかもしれない。清潔に保たれた空間に、質素な調度品や寝具が並んでいるのが確認できた。この部屋が彼女たちの生活の場なのかもしれない。


 青年は足元の鎖が彼女たちの中心に続いているのを確認すると、鎖の先に向かってゆっくり歩き出す。と、彼女たちのひとりが――くすんだ金髪の持ち主が一歩前に踏み出し、身体(からだ)を固くして、身動きせずに青年を見つめた。勝気な水色の瞳に涙が浮かぶと、荒い喘ぎ声が聞こえた。

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