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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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09


 その日は朝から雪が降っていたが、凍結した地面に白く積もる様子はなく、暗い森から吹く寒風は肌を刺すように冷たい。それでも旅は順調に進み、アリエルとルズィ、それにベレグとラファの四人は、〈黒川(リワぺレェロ)〉とも呼ばれていた要塞集落の近くまでやって来ていた。そこでクラウディアたちを護衛してくれていた戦狼(いくさおおかみ)()れと落ち合うことになっていた。


 今回の旅にはラライアも同行することになっていたが、彼女ひとりだけで()れから離れるわけにはいかないし、族長がそれを許さなかった。そこで、彼女の妹のヴィルマ、それに()れの若いオオカミを率いているアルヴァが同行することになっていた。彼は若い戦狼だったが家族(むれ)に対する責任感が強く、仲間を守るためなら、どんな怪物とも戦うことを(いと)わない精神力を持っていた。


 戦狼と合流したあとアリエルたちは集落に向かうが、村に入ることなく、高い防壁に沿って歩きながら川に近づく。リリとノノ、それにクラウディアたちは、ウアセル・フォレリが手配してくれていた商人の川船を使い最寄りの集落に移動していて、そこで合流する予定になっていた。


 龍の幼生を連れた旅になるので、人目につかないように移動する必要があった。辺境とはいえ、人通りの多い道を避けなければいけない。そのため、彼女たちは照月家の武者に守られながら、商人たちが宿場として利用していた集落に川船で向かっていたのだ。幸いなことに、ほとんどの船は〈黒川(リワぺレェロ)〉で積み荷を降ろしていたので、手配していた船がダメでも代わりはすぐに見つかる。


 ちなみに、聖地〈霞山(かすみやま)〉で保護した女性たち全員が遠征に参加するのではなく、クラウディアを含め、治癒士として腕が立つふたりだけが同行することになった。あまりにも過酷な旅になると予想されていたので、女性たちは集落に残り、クラウディアたちの帰りを待つことになる。しかしウアセル・フォレリが信頼のおける〈黒の戦士〉を護衛として屋敷に滞在させることになっていたので、彼女たちの身の危険を心配する必要はない。


 アリエルは念話を使いながら、先行するクラウディアたちと連絡を取り安全を確認すると、集合地点に向かって移動を開始する。集落を警備する戦士たちは、ほとんど姿を見ることのない戦狼が集落の近くにいることに驚いていているようだったが、守人と一緒に行動しているからなのか、必要以上に警戒することはなかった。


 かれらにとって獣も守人も同じようなモノだったが、少なくともアリエルたちは見慣れた守人であり、攻撃されることがないと分かっていたのだろう。


 ウアセル・フォレリの隊商とは、南部に広がる沼地の(そば)にある〈抵抗の丘〉と呼ばれる都市で合流する予定になっていた。かつて商人たちが南部との交易のため、交通路の建設を試みた拠点でもあり、多くの建設会社と商人組合によって誕生した都市でもある。


 各部族の援助により、沼地を開拓して街道や石橋を建設し、亜人による襲撃を阻止するため傭兵を雇うという大規模な計画は動き出す。おかげで都市は栄えたが、計画そのものは失敗に終わる。南部の厳しい環境は、たちまち石畳の街道を呑み込み、次々と橋を崩壊させた。そして凶悪な亜人や未知の生物が傭兵たちを森の養分に変えてしまうと、建設作業員たちの姿もみられなくなった。


 それでも商人たちは南部に眠る莫大な富を求め――根拠のない伝説だったが、それを信じて開発を諦めず、多大な犠牲を払いながらも計画を推し進めてきた歴史がある。そしてそれが〈抵抗の丘〉の成り立ちでもある。


 都市までは数週間の旅になる。その間、アリエルたちは森に点在する守人の砦の世話になりながら移動することになる。それなりの物資が必要になるが、収納の腕輪を所有しているため、ヤァカが引く荷車も必要ない。どこかで物資の補給はしなければいけないが、荷車がないおかげで移動経路が限定されるということもないので、身軽な旅になるだろう。


 日が落ちる前に宿場に到着して、クラウディアたちと合流することができた。川沿いに位置する宿場は高床式住居が並ぶ(さび)れた集落だったが、それなりの数の商人や旅人の姿が見られた。彼らは戦狼の巨体に驚き、思わず武器を手にするが、攻撃してくるようなことはなかった。誰だって命は惜しい。


 宿場は(いにしえ)の守人たちによって建設された石壁によって囲まれていたが、苔生(こけむ)して植物に(おお)われた壁は崩れていて、残っている壁も大きく(かたむ)いていた。それらの防壁は木材で支えられていて、周囲を監視するための(やぐら)も見られた。おそらく商人たちが用意したモノなのだろう。小さな宿場だったが、要塞集落(リワぺレェロ)に向かう〈黒い人々〉の川船も頻繁に通過することで知られていた。ここで商品を降ろして積み荷を軽くしているのかもしれない。


 人々の視線を気にしながら、ノノたちと合流を急ぐ。照月家の武者たちも戦狼を目にするのは初めてのことだったのか、間の抜けた表情を浮かべていたが、ノノとリリは落ち着いていた。北部には戦狼のように、大きな獣が多数生息しているので慣れているのかもしれない。


 けれど再会を喜んでいる時間はない。照月家の娘を含め、ふたりの武者は東部で滅多に見ることのない種族だ。その大柄の亜人が守人と一緒に行動しているのは明らかに不自然であり、人々に注目されていたことは分かっていたが、それを隠すことは不可能だった。


 すぐに噂になり、かれらが宿場を立ち去った瞬間から広がり始めるだろう。そして首長の耳に届くことになる。あるいは、すでに照月家と結託していることは知られてしまっているのかもしれない。いずれにせよ、アリエルたちに出来ることはなにもない。その噂が広がるのを阻止したければ、宿場にいる商人や旅人を皆殺しにする他なかったが、それは無駄なことだろう。


 すでに日が暮れようとしていたが、(わず)かな時間も無駄にしないため、一行は宿場を離れることにした。そのさい、照月家の武者が身に付ける見事な装備を見て、勇気のある商人が食料品と取引するため近づいてきたが、ラライアに威嚇されて怖気(おじけ)づいてしまう。危険な森を旅することに慣れた商人でも、巨大なオオカミは恐ろしいのだろう。


 宿場を離れると、アリエルはクラウディアが背負っていた籠を確認する。樹皮(じゅひ)を使い作られた丈夫な背負籠のなかでは、龍の幼生が毛布に(くる)まって眠っていた。長旅に備えて、クラウディアがあらかじめ背負籠での移動に慣れさせていたからなのか、暴れたりすることもなく、周囲から存在を隠すことができていた。


 その背負龍には、龍の気配を消すためにノノが用意した特殊な護符が内側に貼り付けられていた。おかげで呪術師たちに龍の存在が察知される危険性を減らし、過度に心配する必要がなくなった。もちろん何事も絶対ということはないので、油断することはできない。


 宿場からの追手を警戒していたが、とくに心配するようなことはなく、かれらは安心して野営の準備を進めることができた。クラウディアたちは旅に慣れていないこともあり、疲れていて寒さに震えていたが、戦狼と行動していたので獣からの襲撃を警戒することなく身体(からだ)を休めることができた。


 黒装束を身に付けた四人の守人に照月家の土鬼(どき)が三人、それに豹人の姉妹を含めた女性が五人、そして白銀の戦狼と龍の幼生。その一行は、辺境の森でも滅多に見ることのない奇妙な集団だった。そのため、首長が支配する地域にいる間は旅人や行商人の目を気にする必要があった。いずれ彼らの動きは首長にも伝わるかもしれないが、それまでに南部に到着することができれば問題ない。


 しかし物資の補給について考えると、どうしても商人と接触する必要があった。そこで彼らは総帥から預かっていた地図を頼りに守人の砦に向かい、そこで助力を得ることにした。

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