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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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06


 なぜか薄着の女性たちと食事を取ることになったアリエルは、別の意味で緊張することになった。彼女たちは美しく、健康的で、酒を飲んでいたのか酔っていて陽気だった。人々は守人を罪人の集団だと思い込み――事実、そうなってしまっていたが、守人を避ける傾向があった。


 しかしアリエルが黒装束を身に付けていなかったからなのか、彼女たちは普通に(せっ)してくれていた。というより、肌が触れ合うほどの接触もあり、緊張を強いられたのはアリエルのほうだった。


 彼女たちは別々の部族の出身だった。〈黒い人々〉の血筋だと思われる長身の綺麗な女性もいれば、東部では見られない金髪碧眼(きんぱつへきがん)の小妖精のような美しい顔立ちの女性もいる。首長のために呼び集められた娼婦だと思っていたが、どうやら彼女たちは名家の出自で、首長によって与えられる快適な暮らしを望み、(みずか)ら〈(かげ)(ふち)〉にやってきたのだという。


 部族繁栄のために、首長の子を(さず)かることが目的なのかもしれない。いずれにせよ、一介の守人であるアリエルには関係のないことだった。彼女たちとの食事を楽しみながら、彼は首長について考えていた。多忙なのに、どうしてわざわざ自分に会うために時間を作ったのか。


 首長は無駄なことをしない、だから何か狙いがあることは分かっていた。もちろん、釘を刺す意味合いも含まれているのかもしれない。しかし不気味だった。首長は計画についてどこまで知っているのだろうか……。もしも龍の幼生ことや、照月家の人間と協力して森を出るという(くわだ)てが露見しているのだとしたら、いずれ自分たちは(はえ)のように死ぬことになる。


 すでに暗殺計画は進行中なのかもしれない。アリエルはじっと料理を見つめたあと、美しい女性たちに感謝して席を立った。いつまでもこの場所にとどまっていることはできない。南部遠征について仲間たちと相談し、一刻も早く目的を遂行しなければいけない。


 彼女たちはアリエルの行動を(いぶか)しんだ。この食事は青年のために特別に用意されたモノであり、それは首長によって与えられる極めて栄誉なことでもあったからだ。首長という権威を盲信する彼女たちにとって、青年の行動は理解できないモノだった。


 しかし、それでも彼女たちは青年の〝失礼な振る舞い〟に対して嫌な顔を見せるようなことはしなかった。彼女たちは虚飾(きょしょく)に満ちた笑みを顔に張りつけたまま青年を見送る。


 人の悪意に対して敏感なアリエルは、彼女たちから向けられる仮面のような表情に嫌悪感を(いだ)いたが、ことを荒立てることはしなかった。アリエルは若く多感な青年だったが、心の痛みに慣れてしまっている側面も持ち合わせていた。


 それは他人に対する、ある種の諦めにも似た感情だった。はじめからなにも期待しなければ傷つくこともない。ただ残念だったのは、彼女たちと楽しんだ食事の時間が台無しになってしまったことだけだった。


 まだ幼いころのことだ。自分が森で拾われた子どもだと知ったとき、アリエルは顔も知らない両親に失望し、裏切られたと感じた。そして日々の訓練や、疎外感(そがいかん)に苦しみながら、ひとり無縁な世界に取り残された身を傍観(ぼうかん)しながら考えた。自分は両親に裏切られてしまったのだと。


 両親は自分を捨て、どこか苦しみのない世界に逃げてしまったのだ。それなら、かれらのあとを追うような真似はしない。自分は苦しみに耐えて、耐え抜いて、最後のその時まで戦い(あらが)い続ける。


 そう考えるようになってから、喉を締め付けるような悲しみや痛み、それに孤独感が軽くなっていくように感じられた。幼い少年は両親を憎み、世界を嫌悪した。苦しみや悲しみを(まぎ)らわせることで、(ひと)りであることの苦痛を消そうとしたのだ。


 不安も、迷うこともない。世界は苦しみを与えるモノだ。それなら順応するしかない。けれど自分は世界に()びるようなことはしないし、かしづくこともしない、他人から向けられる悪意に傷つくこともしない。


 守人としての自覚を持つようになったのは、その頃からなのかもしれない。森に蔓延(はびこ)る悪意や苦痛から人々を救うことで、あるいは世界に(あらが)(すべ)を手に入れられると感じたのかもしれない。そしてその幼い感情が、彼をこの場所まで連れてきた。


 もう少しのところまで来ている。南部遠征が成功して森から出ることができれば、(いくさ)や略奪に苦しむ(まず)しい人々を救うことができる。だから立ち止まるわけにはいかない。たとえ冬を目前にして死んでいく昆虫のように、泥濘(ぬかるみ)のなかに(しかばね)(さら)すことになったとしても。


 部屋を出て廊下に立つと、こちらに向かってきているインとモリャル・タンガの姿が見えた。食事の間、ふたりを待たせてしまっていることを申し訳なく思っていたが、どうやら彼らにも用事があったみたいだ。


 ふたりと合流すると、アリエルは首長の部下が待つ部屋に案内され、そこで遺物奪還の任務について詳しい話を聞かされることになった。


 遺物を奪い南部に逃走したのは、かつて首長の軍で戦士長を務めていた男で、彼は戦場で手に入れた遺物に魅了されて犯行に及んでしまったのだという。その事からも男が手にしている遺物、ないし呪術器は神々の遺産である可能性があり、いかに重要な任務であるのかを説明された。首長は軽い口調で簡単な任務だと言っていたが、想像していたよりも困難な任務になるようだ。


 説明のさい、(かがみ)で写し取ったかのような犯人の似顔絵を受け取る。あまりにも精巧に描かれていたので、羊皮紙を受け取ったときにアリエルは驚きの表情を浮かべてしまう。その様子がおかしかったのか、呪術器によって作成されたモノだと教えてもらえた。アリエルが知らないだけで、森は多種多様な呪術器で溢れている。


 任務の概要について説明してもらったあと、目標が潜伏していると思われる集落の位置が記載された地図を受け取る。南部には危険で野蛮な部族が多く、安全に調査ができないため、その地図は不完全なモノだったが、軍の機密にも指定される貴重な情報を提供してくれることに感謝した。


 その後、任務遂行に欠かせない装備や食料品といった物資を受け取ることになった。城内にある埃っぽい保管庫に案内されたあと、首長が用意してくれた褒美も受け取る。呪術器などの貴重な品を期待していたが、城内鍛造の太刀や手斧といった各種武器だった。それらの武器は、インから譲り受けていた太刀ほど優れた代物ではなかったが、輝く刃は一目で新品だと分かるモノで、部隊の戦力を大幅に強化することのできるモノだった。


 感謝を伝えたあと、それらの物資を収納の腕輪で回収していく。品物が多く、予備に持参していた腕輪を使用することになったが、なんとかすべての物資を収納することができた。


 首長の部下は、貴重な呪術器を使用して〈境界の砦〉まで物資を運搬する準備をしていたので、アリエルが収納の腕輪を持っていたことを喜んだが、同時に守人が貴重な収納の腕輪を複数所有していることを不可解に思っているようだった。


 いずれにせよ、この場でアリエルがやるべきことは終わった。インとモリャル・タンガに感謝したあと、〈空間転移〉を可能にする呪術器を使用して砦まで帰ることにした。ふたりとはすぐに再開できると考えていたので、挨拶は簡単に済ませた。


 呪素(じゅそ)に反応して金の腕輪が広がると、楕円形(だえんけい)の〝門〟が出現する。門の向こう側には、境界の砦にあるアリエルの部屋が見えている。かれが門の薄い膜を通って砦に移動すると、広がっていた腕輪は収縮して、やがて輝きを失い、砕けて灰に変わる。貴重な呪術器だが、首長の部族にはソレを多用するだけの余裕があるのだろう。


 アリエルは薄暗い部屋を見回したあと、会議について報告するため総帥に会いに行くことにした。

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