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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 アリエルはノノに教わった感覚を思い出しながら、体内の呪素(じゅそ)を練り上げていく。すると足元の土がサラサラと宙に浮き上がる。その土に呪素を()()ぜるようにして、(やじり)にも似た鋭利な形に変化させながら硬質化させていく。物質の状態変化に(ともな)う熱によって赤熱するが、驚かずに呪素の操作を続ける。


 どんな呪術であれ、それが体外に放出されるさいには、混沌の痕跡(こんせき)を残すことになる。それは気配であったり些細(ささい)な力の流れだったりするが、それなりの経験を積んだ呪術師であれば察知(さっち)することは難しくない。


 しかしアリエルが呪素を使い生成していた(やじり)は、お腹のなかで子どもが臍帯(さいたい)を通して母親と(つな)がっているように、体外に呪素を放出することなく彼と(つな)がっているため、混沌の気配が()れることがなかった。だからなのだろう、幽鬼に気取られることなく呪術の(やじり)を生成することができた。


 ラライアは無数の(やじり)がアリエルの周囲に浮かんでいる光景に驚いて、その理由を(たず)ねた。

「呪素でつくられた無数の(ひも)が俺の身体(からだ)から伸びて、その(やじり)(つな)がっている状態を想像してみてくれ」


 彼女は不可視の紐によって繋がれている(やじり)の姿を思い浮かべたあと、小声で質問した。

「その紐が切れたらどうなるの?」

「土の(やじり)は落下するだろうな」


「それって何か意味があるの?」と、彼女は眉を寄せる。

「意味はないな。でも〈射出(しゃしゅつ)〉の呪術を応用して敵対者に向かって(やじり)を発射すれば、それなりの効果が期待できる」


「そっか……それが〈土の矢〉の呪術なんだ。〈炎の矢〉を飛ばす呪術師なら見たことがあるけど、土を使う人は見たことがないかも」

「複数の呪術を同時に使わないといけないから、面倒に感じるんだろう」


 浮遊する(やじり)を見つめたあと、彼女は感心しながら言った。

「エルって器用だよね」

「たしかに器用なのかもしれない。けど、ノノやリリがやっていることに比べたら、子どもの遊びと変わらない」


「そうかな? 私はすごいと思うけど……」

「人より多くの呪素が使えるから、誰もやらないようなことに挑戦できるんだ。それに〈境界の砦〉には、呪術を教えてくれる(えら)い先生がいなかったから、自分で工夫して術を()み出す必要があった」

 実際、その呪術もノノとリリが土を操作する方法を参考にして会得した呪術だった。


「〈土の矢〉で、あの幽鬼の剣を落とすの?」と、彼女は首をかしげる。

 アリエルは幽鬼を(にら)みながら答えた。

「俺たちが動いたら、〈ウルクの猟犬〉は反応して抜刀する。そのときに(やつ)の手から剣を叩き落とす」

上手(うま)くいくかな?」

「ああ、なんとかなるだろう」


 ラライアがオオカミに姿を変えると、アリエルは彼女の背に乗る。

「けど、わざわざ危険を(おか)す必要はない。角灯(ランタン)がいつまで動いてくれるのかは分からないけど、その瞬間まで慎重に行動しよう。それでもダメだったら、遺跡の出口に向かって全速力で駆けてくれ」


『全速力って……すごく揺れると思うけど、そんな状態で〈土の矢〉を目標に当てることができるの?』

「問題ない、直撃させたい場所に飛んでいくように、あらかじめ呪素(じゅそ)で生成した(まと)を目標の近くに浮かばせる。〈土の矢〉はその(まと)に向かって勝手に飛んでいく」


『それって逆に難しくしてない? 呪術の気配に気づかれたらどうするの』

 アリエルは肩をすくめたあと、彼女の疑問に答えた。

目印(めじるし)としての役割しかない不可視の(まと)は空気と同じだ。目の前に存在していても気づかれない……と思う」


『つまり、その〈土の矢〉は目標を追尾してくれるんだね。やっぱりエルは器用だよ』

 彼女の言葉にアリエルはハッとする。

「追尾か……たしかに(まと)に手を加えれば、矢を引き寄せるように性質を変更することができるかもしれない」


 かれは思索(しさく)(ふけ)ってしまいそうになるが、数十メートルの距離まで接近していた幽鬼の気配がそれを許さない。青年はすぐに呪素を練り上げると、猟犬のすぐ近くに(まと)を生成する。


 遠くに(まと)を生成するさいには呪素の緻密(ちみつ)な操作が要求されたが、アリエルはすでにコツを(つか)んでいた。上空を飛ぶカラスに偵察を頼むときには、情報を共有するための意識の経路をつくる必要があった。彼は透明な(ひも)のようなモノを生成して、自身とカラスの間に接点を作っていたが、そのさいに必要とされる呪術の操作が役に立った。


 遠く離れた空間に漂う呪素を操作して、思い通りの現象を引き起こす。その方法をモノにすることができれば、もっと役に立つ呪術を使うことができるかもしれない。


 アリエルは気持ちを切り替えると、不規則に点滅するようになった角灯(ランタン)を見つめ、それから徐々に接近していたウルクの猟犬を(にら)んだ。

「そろそろ限界だな……」彼はそう言うと、オオカミの首筋を撫でた。

「ラライア、準備はいいか?」


『いつでも行けるよ』

 彼女は前屈みになり姿勢を低くすると、いつでも地面を蹴って動けるように準備する。アリエルは猟犬の位置をもう一度確認したあと、すでに生成していた(まと)の位置を動かして標的に合わせた。そしてじっと角灯(ランタン)を見つめ、そのときが来るのを待った。弱々しい灯りが消えたとき、彼は口を開いた。


「今だ、ラライア!」

 アリエルの周囲に浮かんでいた無数の(やじり)(すさ)まじい速度で撃ち出された瞬間、ラライアは風を(まと)いながら駆け出した。言葉のまま、呪素によって操作された風の力を借り、彼女は目にもとまらない速度で駆け出した。


 角灯(ランタン)の灯りが消えるのとほぼ同時に幽鬼は甲高い叫び声を上げ、遺跡に侵入していたモノたちを排除するために動き出した。が、ウルクの猟犬だけは立ち尽くしたまま、その場から動こうとしなかった。


 やはり思い通りにはいかないのか、諦めにも似た感情が生まれようとしたときだった。猟犬は白銀の剣を鞘から抜いてみせた。アリエルはすぐさま(まと)を動かし、恐ろしい速度で飛んでいく〈土の矢〉を目標に誘導する。


 その間も、無数の幽鬼が血も凍るような恐ろしい叫び声をあげながら襲いかかってくる。ラライアは(たく)みに攻撃を避け、ひたすら遺跡の出口に向かって駆ける。幽鬼と戦うことは始めから念頭にない。この場を無事に切り抜けることだけを考えて彼女は動いた。


 幽鬼が振り抜いた刃が空気を切り裂いていく音を耳元に聞きながら、アリエルは最小の動きで幽鬼の攻撃を避けていく。極限にまで研ぎ澄まされた精神は、時間の流れすら遅く感じさせる。その感覚のなか、アリエルが見つめていたのは猟犬が手にした白銀の剣だった。だからこそ〈土の矢〉が直撃する瞬間、猟犬が黒い(きり)に姿を変えて、霧散(むさん)して消える瞬間を目にすることができた。


 必中の攻撃が()けられた。

 その事実がアリエルを困惑させ、思わぬ(すき)を生じさせた。


 すぐ目の前に出現した猟犬の刃を避けるため、アリエルは()()るようにして身体(からだ)を倒した。が、白銀の刃は彼の(ほほ)をすっと撫でていく。風のように優しく通り過ぎていった所為(せい)で、攻撃を避けることができたと勘違いしたほどだった。しかし次の瞬間には、耳元までパックリと()けた頬から血液が噴き出す。


 激しい痛みに吐き気が込み上げてきたかと思うと、アリエルは意識を失いかける。けれど紙一重の差で意識を保ち、なんとか身体(からだ)を起こしてラライアの背にしがみ付く。背後からは猟犬の叫び声が聞こえるが、それを無視して収納の腕輪から数枚の〈治療の護符〉を取り出し、頬に押し当てるようにして張りつけていく。


 あまりにも鋭利な刃で斬られていたからなのか、綺麗に裂かれた傷口はすぐに癒着して傷跡も残さなかった。けれど刃の位置が少しでもズレていたら、歯や下顎が破壊されていたかもしれない。アリエルは激しい痛みのなか、自身の幸運に感謝する。


 しかし幽鬼が手にしている刃には毒があるかもしれない。彼は痛みにひどく混乱していたが、気持ちを落ち着かせながら〈毒消しの護符〉と、ついでに〈浄化の護符〉を使って傷を治療する。(あせ)っていたからなのか、クラウディアに用意してもらった貴重な護符を何枚も消費してしまうが、それが(かえ)って良かったのかもしれない。幽鬼の毒を完全に無効化することができた。

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