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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 境界の砦が〈百塔の要塞〉として知られていた時代、奈落の底にある無名都市を調査していた守人の精鋭部隊は〈白冠の民〉と呼ばれる異種族の痕跡を発見する。


 森に存在する古代遺跡に残されていた彫刻や壁画によって、すでにその存在が知られていた白冠の民は、あちら側の世界に(つな)がる〝門〟を使い〝クヌム〟から、こちら側の世界に渡ってきた種族だった。


 〝白冠を抱くもの〟とも呼ばれていて、森での生活よりも、荘厳(そうごん)な宮殿や塔が林立する地下都市で生きることを選択した数少ない種族でもあった。長年の調査と研究によって森に点在する方尖柱(ほうせんちゅう)が立ち並ぶ遺跡の多くが、かれら白冠の民が残したモノだと知られるようになった。


 呪術器に使用される神々の言葉も、白冠の民から〈ペドゥラァシ〉に(つた)わったとされているが、森にやってきた最初の人々よりもずっと古い時代のことなので、詳細を知る者はいない。


 無名都市を調査した守人によって、白冠を抱くものが残した多種多様な遺物が回収されていたが、その多くは時とともに失われてしまっていた。〝白冠の塔〟と呼ばれた遺物も、かつては守人の精鋭部隊に支給され、それなりの数が存在していた。


 しかしクヌムに魅了され、かの地に旅立った守人によって、この世界から永遠に失われてしまった遺物や、(なん)らかの理由で塵に変わり失われてしまった遺物も数え切れないほど存在していて、現在では書物でしか知られていない遺物も数多く存在する。


「もしかしたら、それが現存する最後の白冠の砦なのかもしれないな」

 アリエルの言葉に反応してルズィは眉を寄せる。

「この遺物について、なにか知ってるのか?」

「ああ、古い書物で読んだことがあるんだ。でもまさか遺物が鍛冶場にあるなんて思いもしなかった」


「書物……」ルズィは首をかしげる。「いつそんな本を読んだんだ?」

「そいつは冗談で言ってるんだよな」と、アリエルはどこか悲しげな表情をみせる。「砦の書庫に百冊以上の書物があるのは知ってるだろ」

「書庫か、あんな辛気臭い場所に行くのはお前くらいだよ」


 アリエルは肩をすくめる。

「腐ってボロボロになった革表紙の書物を開いたら、無名都市から無限階段に続く未知の領域を調査した記録書だったんだ。筆者(ひっしゃ)は〝炎舞(えんぶ)のネイサン〟の名で知られた守人だけど、その書物がいつの時代のモノなのかは確認できなかった。けど境界の砦が〈百塔の要塞〉と呼称されていたから、〈(うじ)(うろ)〉から()い出た化け物が人々の脅威になっていた時代のモノだと思う」


 ルズィは作業台に置かれていた四角い遺物に視線を向ける。

「なら、あの遺物はそうとう古いモノなんだな」


「それに貴重なモノだよ。その遺物を利用できたのは、無名都市や門の向こう(がわ)にある世界を調査する守人の精鋭部隊だけだった。かれらの調査は何か月にも及ぶから大量の物資が必要だった。でもこの塔があれば、それら大量の物資を安全に持ち運ぶことができて、補給のための無駄な時間を使わず調査を続けられたんだ」


「なら、そこにある遺物も過去の守人が所有していたモノなのか?」

 アリエルはうなずくと、慎重に四角い呪術器の表面に触れる。


「守人の誰かが使っていたモノなのかもしれない。その記録書には、白冠の塔が支給されていた部隊のことも詳しく書かれていたけど、文字が()せていて守人の名前は確認できなかったんだ。でも遺物によって行き来ができるようになる塔内部には、武器庫や書庫もあるみたいだから、塔に入ることさえできれば、古代の守人たちの痕跡が見つけられるかもしれない」


「へぇ、古代の守人か。境界の砦の書庫に、そんな貴重な情報が載っている本があるなんて知らなかったよ。そういう(たぐい)の本は(ほか)にもあるのか?」


 アリエルは書庫の様子を思い浮かべた。(ほこり)や塵が積もった書物を手に取って、(ぺーじ)をめくろうとしただけで崩れていくモノや、文字が()せていて読めない書物のことも。


「あるよ。それを読む時間と、経年劣化でダメになった書物を適切に修復できる人がいれば、当時の守人が残した記録や森の人々について知ることができるかもしれない。まぁ、その作業には何年も必要になると思うけど」


 書庫に保管されている重要な書物は、それを専門とする人々によって書き写されることになっていた。砦に残された最古の書物は、これまでに何十回も筆写(ひっしゃ)されてきたモノなのだろう。しかし組織の衰退とともに、それらの技術を持つ人々もいなくなってしまい、やがて書物を(かえり)みる者もいなくなった。


 もしも物質の時間を止められる呪術が存在していたら、森の人々にとってどれほど貴重な記録を読むことができただろうか。それは想像するだけでも興奮するようなことだったが、そんな都合のいい呪術は――少なくとも東部の部族で知る者はいないし、存在しないと思われていた。


「とにかく、エルが本の虫にならなくて良かったよ」ルズィは冷淡な表情を浮かべる。「でなければ、俺たちは貴重な戦力を失うことになっていた」


「それはどうだろう」と、アリエルは生真面目な顔で言う。「書庫には呪術器に使用される神々の言葉について書かれた本もあれば、呪術鍛造に適した鉱物の研究書、それに白冠を抱くものたちの生活について記録した書物も残されている。そういった情報は、混沌の怪物と戦うよりも、境界の守人という組織に恩恵をもたらしていたと思う」


『そうだな』クルフィンは岩のような身体(からだ)(かす)かに揺らしながら笑った。『どんな糞袋にだって戦うことはできる。……が、読み書きができる守人は貴重だ。ある程度の計算ができて、地図を読むことができる者がいれば、我々は他の組織に依存することなく今も自由に活動することができたのかもしれないな』


「自由に……」ルズィの声には(かす)かな絶望の響きが含まれていた。


『かつて多くの武士が、本物の武士が境界の砦に()(さん)じたものだったが、今では犯罪者や借金の形として売られた奴隷、それに世間知らずの子どもばかりの組織になってしまった。砦で働く世話人を別にすれば、文字を読める者は十人にも満たないだろう。そして自分で考え、行動して、戦闘部隊を率いることができる者はもっと少ない。かつて境界の守人は混沌の脅威を退(しりぞ)けるだけでなく、門の向こうに存在する数多(あまた)の世界も調査していた。しかし我々はどうだ。足元に広がる無名都市の調査すらできない』


 それは不都合な真実で、話題にすることも避けたい話だった。だが同時に、誰もが理解していることでもあった。守人のごっこ遊びにも似た活動は、いずれ致命的な破綻を迎える。そうなったとき、砦に残された守人たちはどうなるのだろうか。


 アリエルは()の灯りが届かない暗闇に目を向けた。壁には偉大な戦士たちが手にした武器が並べられていたが、用途を失った時間と(ちり)が積もり、時の流れとともに朽ちようとしていた。その空気のなかに、守人たちの血のニオイが染みついているように感じられた。


『しかし絶望はしていない、まだ希望があると信じているからだ』

 じろりと四つの眼で睨まれると、ルズィは肩をすくめた。

「だから俺たちに貴重な遺物を(たく)す気になったのか?」

『いずれ失われるモノだ。それなら、若き守人たちに有効活用してもらったほうが遺物にとっても良いだろう』


 それからクルフィンは思い出したように言った。

『頼まれていた呪術器も、もうすぐ完成する。時期を見て取りに来てくれ』

「なにか頼んでいたのか?」

 ルズィの言葉にアリエルはうなずく。

「ノノとリリのために呪術器の製作をお願いしたんだ」


「豹人の姉妹か、たしかに呪術師としてこの上なく頼りになるが、ふたりは危険な遠征に参加することを承諾(しょうだく)してくれたのか?」

「彼女たちは初めから遠征に参加するつもりだったよ。たとえ南部だろうと、ふたりの気持ちが変わることはない」


「ずいぶんと信頼しているんだな」

「あの胸糞悪い戦場でずっと一緒に戦ったんだ。ノノとリリに対する信頼は、そう簡単には揺るがないさ」

 ルズィは聖地での戦いを思い出したのか、途端に不機嫌な表情になった。

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