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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 混沌から()い出た化け物との戦闘から一夜明け、守人たちは戦狼(いくさおおかみ)の背に乗り、〈境界の砦〉を目指し移動を続けていた。あの奇妙な化け物から()れを救ったからなのか、若い戦狼は感謝の気持ちとして、守人たちを砦まで連れて行ってくれることになったのだ。


 しかしこれまで戦狼の背に乗ったことのなかったベレグとラファは、上手(うま)く乗ることができずに、オオカミが走り出した途端(とたん)、その背から転落してしまうという有様(ありさま)だった。しかしふたりの身体能力(しんたいのうりょく)は高く、並外(なみはず)れた運動神経とバランス感覚によって、たちまちコツを(つか)み、数時間後には慣れた様子で戦狼の背に乗ることができていた。


 おかげで森を順調に進むことができた。それに脅威になるような生物にも遭遇しなかったからなのか、普段より一日も早く砦に到着することができそうだった。


『それにしても』と、若い戦狼の背に乗っていたルズィが舌を噛まないように念話を使いながら言う。『そのマツグの落とし子は、どうして砂金なんて持ち歩いていたんだ?』

『持ち歩いていたというより、急に手のなかにあらわれたように見えた』

 アリエルの言葉にルズィは顔をしかめる。

『マツグは金を生み出すことができるのか?』


『そうじゃなくて、俺たちが使っている収納の腕輪みたいに、異空間から取り出した可能性があるって言いたいんだ』

『収納の呪術か……化け物が使うには、高度な呪術に過ぎるんじゃないのか?』


『実際のところ』と、ふたりの(なな)め後方にいたベレグが会話に参加する。『マツグの落とし子は人間よりも、呪術の扱いに()けていると聞いたことがある。それにマツグは化け物というよりは、人間や豹人と同様の亜人に分類されているはずだ』


『たしかに友好的な個体はいる』ルズィは(いさぎよ)く認める。『けど、旅人が連中に()われたって話も聞くぜ』

『人間にだって凶悪な犯罪者はいるさ』

『つまり、影のベレグはマツグの()き理解者ってことか』


 ルズィの言葉に彼は溜息をつく。

『俺たち守人は、ただでさえ敵だらけなんだ。友好的に話し合いができる種族がいるのなら、仲良くするに越したことはないだろ』

『たしかに連中が腹を空かせていなければ、たがいに殺し合う必要はないのかもしれないな。……それならいっそのこと、友好の(あかし)に守人から食料を提供するっていうのはどうだ?』

『砂金が目当てなら、早々に諦めたほうがいいな』


『どうしてだ』と、ルズィは振り返りながら(たず)ねる。

『マツグの生態を研究してきた物好きな人間は昔からいる。そのなかには、かれらに穀物やら食料を提供してきた人間だっていたんだ。でも、研究者たちが砂金を手に入れたなんて情報は聞かないだろ。なにより、守人が余所(よそ)に食料を提供できる余裕なんてない』


『それなら、どうしてエルには砂金をくれたんだ?』

『きっと、虫の居所が良かったのさ』


「ままならないものだな」

 ルズィはそう(つぶや)くと、手のなかで転がしていた砂金の塊を――しっかりと握れるほどの塊金(かいきん)を腕輪の異空間に収納する。アリエルがマツグから手に入れていた砂金は、南部遠征の資金源にされるが、いくつかの塊は砦にいる石に近きもの〈ペドゥラァシ〉に協力してもらい、新しい呪術器の調達や整備に利用する予定だった。


 日の光が枝や葉に(さえぎ)られる鬱蒼(うっそう)とした暗い森を進むと、背の高い雑草と枯れ木が立ち並ぶ異様な地形に出る。つねに混沌の瘴気(しょうき)が立ち込めていて、ひどい腐敗臭で息が詰まるような空間で、あまり長居したくない場所でもあった。


 戦狼は足元に広がる泥濘(ぬかるみ)を避けながら、数え切れないほど存在する倒木を利用して移動していたが、腐った倒木が多く、ラライアは何度が泥濘(ぬかるみ)のなかに倒れそうになった。


「大丈夫か、ラライア」

 アリエルはオオカミの首筋に身を寄せると、白い体毛を撫でながら(たず)ねた。

「どこかで休んでいくか?」


『平気。少し疲れてるけど、ここで休むわけにはいかないから』

「ここは――」

『西に二時間ほどの場所に〈先兵の風穴〉がある』

「混沌の領域につながる〝門〟が確認されている洞穴だな」

『うん。食屍鬼(グール)が徘徊してるだけならまだいいけど、〈ウルク〉からやってきた幽鬼がいたら面倒なことになる』


 あちら側の世界と、こちら側の世界をつなぐ領域に存在する遺跡、それがウルクだ。かつて混沌の領域を調査した守人の精鋭部隊によって発見された都市遺跡とされ、〈奈落の底〉に存在する都市との関係性も指摘される謎多き領域としても知られている。住民は存在せず、守るべき君主も民も持たない不死の兵士だけが今も徘徊している。


「たしかに幽鬼の相手はしたくないな」と、ラライアのとなりにやって来ていたルズィが言う。「けど、忌々しい(さる)どもの相手をする必要があるみたいだ」

 若い戦狼が(うな)り声をあげると、灰色がかった枯れ木に擬態していた猿の()れが一斉(いっせい)に奇声をあげ、守人とオオカミを威嚇する。


 ラライアの妹、ヴィルマの背に乗っていたラファは音もなく接近してくる猿の存在に気がつくと、彼女の背から飛び降りて収納の腕輪から弓と矢を取り出す。日の光を(さえぎ)る枝がつくりだす暗がりを利用して枯れ木に飛び移る猿は、人間の子どもほどの体長を持っていたが、細い胴体と異様に長い手足の所為(せい)で、ずっと大きな生物に見えた。


 黒みがかった灰色の体毛に覆われているが、それはひどく汚れ、悪臭を放っていた。その猿が長い尾を器用に使って枝を引き寄せ、となりの枯れ木に飛び移ろうとしていたときだった。ラファが放った矢が首に突き刺さり、猿は奇妙な悲鳴をあげながら落下して、地面にドスンと身体(からだ)を打ち付けた。


 そしてそれが合図になったかのように、無数の猿が、数え切れないほどの猿が奇声を上げながら突進してきた。ラファは冷静に矢をつがえると、接近してくる猿に狙いを合わせ、容赦なく射殺していく。


「突破口をつくる、 掩護(えんご)してくれ!」

 アリエルがその身に宿る力を解放するため、意識を集中させている間、守人と戦狼は四方から飛び掛かってくる獣の相手をすることになった。


 悪臭を放つ獣にウンザリしながら、ラライアたち若い戦狼は懸命に戦った。枯れ木に擬態する猿の体臭は、まるで腐敗した肉体から出るドロリとした赤茶色の体液のようだった。嗅覚に優れた戦狼が猿の()れに気づかなかったのは、その悪臭が周辺一帯に漂っていたからなのだろう。


 知らず知らずのうちに猿の狩場に侵入してしまったのも、その所為(せい)なのかもしれない。


 猿の奇声と悲鳴が森に奇妙な響きを残して木霊(こだま)する。その音が聞こえなくなると、アリエルは(まぶた)を開いた。足元には石造りの螺旋階段があり、壁際には無数の(ひつぎ)が並んでいる。彼はその棺の(ふた)にそっと()れながら、階段をおりていく。黒曜石にも似た輝きを放つ棺は氷のように冷たく、指先に痛みを感じるほどだった。


 すべての棺に触れたあと、アリエルは首元に感じる嫌な視線を無視するように、暗く冷たい領域に沈み込んでいた意識を浮上させる。


 耳元で奇声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には腐った倒木に身体(からだ)を打ちつけていた。ハッとして上半身を起こすと、無数の毛むくじゃらの猿がラライアに組みついて爪や牙を立てていた。激しい怒りが痛みを忘れさせてくれた。彼は虚空より出現した黒い人影に指示を出すと、数十匹の猿を殺すまで一分もかけなかった。


「エル!」

 ルズィは押し寄せる猿に向かって横薙(よこな)ぎに火炎を放つと、若い戦狼の背に飛び乗る。

「準備はできたのか!?」


 アリエルもラライアの背に乗ると、無数の黒い(もや)に指示を出し猿の相手をさせた。刃物や呪術では経験できない激しい痛みに襲われた猿は苦痛のあまり悲鳴をあげ、その猿を助けようとする別の猿が黒い(もや)の標的にされる。そうして一方的な虐殺が始まると、アリエルたちは危険な地域から脱出することだけを考えて動いた。

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