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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 腐敗して粘り気のある黒い油状の物質に変化していく化け物の死骸を見ていたルズィは、その気色悪い体液のなかに太刀や甲冑の残骸が()ざっていることに気がついた。彼は使い古した手袋をはめると、地面に残された腕輪を拾い上げる。それは黒い体液で汚れていたが、要塞集落で彼ら守人を襲撃した豹人たちが身につけていた収納の腕輪で間違いなかった。


『あの化け物の腹に入っていたモノだな』

 若い戦狼(いくさおおかみ)がやってくると腕輪に鼻を近づけ、それから低い声で(うな)る。

『そいつは(けが)れている。戦利品にするつもりなら、浄化することを忘れるなよ』


 ルズィは肩をすくめる。

「それより、この(あた)りで豹人を見なかったか」

『いや、見ていないな』


 若い戦狼はのっそりと身体(からだ)の向きを変えると、負傷していた仲間を見つめる。

「こっぴどくやられたみたいだな」

 ルズィの言葉にオオカミは鼻を鳴らす。

『俺ひとりでも相手にできた』


「だが、そうはならなかった」と、ルズィは死骸を見つめながら言う。「俺たちの助けを必要としたのは、化け物の体液の所為(せい)なのか?」

『ああ、あの化け物に()みついた仲間は咥内(こうない)を焼かれて死にかけている』

「傷を(いや)す護符がある。気休め程度にしかならないが、喉が()れて窒息する前に対処することができるかもしれない」


『俺たちを助けてくれるのか!?』

 困惑する若い戦狼を見ながら、ルズィは頭を横に振る。

「何を今さら。古い仕来(しきた)りを知らないのか、俺たち守人は戦狼と助け合わなければいけないんだ」


 彼は弓を手に周囲の警戒を続けていたラファを呼ぶと、いくつか護符を手渡した。

「クラウディアたちが用意してくれた護符だ。こいつでオオカミを治療してやってくれ」

「了解です」


 ラファが護符を受け取ったのを確認すると、若い戦狼は少年の首根っこを(くわ)え、そのまま仲間のもとに連れていく。それを見届けたルズィは死骸の(そば)にしゃがみ込むと、護符を使い周囲の空間と一緒に腕輪を浄化する。


 混沌に(けが)れた腕輪は呪素(じゅそ)との親和性が高まり、異空間に収納できるモノの容量が増えるが、同時に混沌の瘴気(しょうき)(まと)い、それを振り撒くことになる。(わず)かな変化のための代償としては、あまりにも割に合わないだろう。


 急速に腐敗していく死骸を見ながら彼は立ち上がると、足元に広がる黒い液体に触れないように後方に下がる。神々の言葉が刻まれた呪術器には(かす)かな神気が宿るという。それは混沌の邪気によって簡単に(けが)されてしまう程度のモノだったが、その神気のおかげで呪術器である腕輪に劣化は確認できなかった。


 しかし豹人が装備していたであろう太刀や甲冑は、化け物の酸にやられたのか、状態がひどく使い物にならない。


「捨ておくのは惜しいが、仕方ないな」と、ルズィのとなりに立ったベレグが言う。「浄化してから、ここに埋めていこう」

「だな」彼は立ち上がると、白銀のオオカミに囲まれているラファを見ながら言う。「どころで、エルは何処(どこ)にいるんだ?」


「ラライアと一緒に偵察に出ている」

「またラライア=イルヴァか」

「オオカミの習性だ。エルから離れたくないんだろう」


 ベレグはそう言って肩をすくめると、鬱蒼(うっそう)とした森に視線を向ける。暗視の効果は継続していたが、そろそろ効果が切れてしまうだろう。しかし松明(たいまつ)の灯りは危険な生物を呼び寄せることになる。暗視の効果が切れてしまう前に、野営地に戻ったほうがいいのかもしれない。


 ルズィは汚れた手袋を捨てると、呪術の炎で死骸と共に焼き払う。死骸が混沌の苗床(なえどこ)にされ、あらたな化け物を生み出さないためにも、混沌の痕跡(こんせき)は徹底的に処理しなければいけなかった。


 今この時も〈獣の森〉のあちこちで、混沌の領域からやってきた恐ろしい化け物が徘徊していることを考えれば、これは些細(ささい)なことなのかもしれない。けれど集落の近くまでやってきていた〈地走り〉のこともある。慎重に対処するに越したことはないだろう。


 一方、周辺一帯の偵察をしていたアリエルは、〈()()〉とされる領域に接近していた。

「ラライア、偵察はこの(あた)りまでにしておこう。この先は危険すぎる」


 アリエルを背に乗せていた戦狼は巨大な鳥居(とりい)の近くで速度を落とすと、その場で半円を描くように歩いて身体(からだ)の向きを変えながら動きを止める。急な動きに対応できず、アリエルは転がり落ちそうになるが、なんとかバランスをとる。


『大丈夫?』

「ああ、でも身体(からだ)を固定する道具がほしい」

『それは嫌よ。わたしは何も身につけたくない』

「たしかに姿を変えるたびに、いちいち身につけたり、外したりしなければいけないのは大変だと思うけど――」

『嫌よ。命名日にもらった大切な着物もダメにしちゃったし、今はこのままでいい』


「そうだな」

 アリエルは彼女の首筋を優しく撫でたあと、ひょいと地面に飛び降りる。

「なぁ、ラライア。さっきの豹人と同じ気配を(まと)っている化け物は近くにいないか?」


 彼女は鼻をヒクヒクさせて、周辺一帯のニオイを確認する。

『化け物の気配はあちこちから感じるけど、近くにはいないみたいだね』

「そうか」


『うん?』と、彼女は首をかしげる。『なにか見つけたかも』

「どこだ」

『すぐそこ、鳥居の先にあるみたい』

「忌み地か」

『少しだけなら大丈夫だよ。いこ』


 恐れ知らずのラライアは鳥居をくぐって忌み地に足を踏み入れる。アリエルは空を仰ぐようにして、高さ十メートルを優に超える鳥居を見つめる。月明りに浮かび上がる木造の鳥居は苔生(こけむ)していて、ひび割れも確認できたが、柱はしっかりとしていて倒れる気配はない。


 意を決して鳥居をくぐると、周囲の気温が一段と低くなったように感じられた。吐く息は白く、風は肌に突き刺すようだった。アリエルは毛皮のマントにくるまると、ラライアのあとを追って歩いた。彼女は機嫌(きげん)がいいのか、長い尾を振っていたが、やがて何かの気配を察知(さっち)して動きを止める。


『マツグの()とし()が近くにいるみたい』

 人喰いマツグの末裔(まつえい)だと信じられている生物は、厚い体毛に覆われたサルのような生き物だが、頭部はヒキガエルそのもので、コウモリのような鼻と耳を持っている。その身体(からだ)は大きく、人を丸呑みにできるほどの大きな口をもっていたが、人々の言葉を(かい)すほど賢く、友好的な生物だった。


 だが例外もある。とくに腹を空かせているときは危険な生物として知られていた。


「こっちに来ているのか?」

『うん、ゆっくりだけど近づいて来てる。どうしよう』

「様子を見る。それより、なにを見つけたのか教えてくれ」

『これだよ』と、彼女は地面を叩く。


 そこには砂に汚れた背嚢(はいのう)が無雑作に転がっていた。

『さっきのネコと同じ臭いがする』

「猫……豹人のことか?」


 アリエルはしゃがみ込むと、背嚢(はいのう)の中身を素早く確認する。しかし乾燥した果物や干し肉などの携行食ばかりで、持ち主に関する手掛かりは見つけられない。襲撃を計画していただけあって、身元につながるモノは事前に処理していたのだろう。そうこうしているうちに、マツグの落とし子が接近してくる。


 身を起こしながら二本の脚でノソノソと歩いてきた個体は、大熊のようにずんぐりとした体躯(たいく)を持っていた。足は短く、立っているのか座っているのか分からないほどだった。そのマツグの落とし子は、暗闇で燃えるように発光する青い眼でふたりを見つめた。


「ここ、おまえたちのせかい、ちがう。すぐ、でていけ」

 低く恐ろしげな声でマツグはゆっくりと言葉を繰り返す。

「すぐ、でていけ」


 アリエルは反射的に謝罪の言葉を口にしたあと、要塞集落で手に入れていた穀物が詰まった麻袋を収納の腕輪から取り出して、そっと地面に置いた。それは荷物運搬のために砦で飼育されていた〈ヤァカ〉のために調達していた食糧だったが、マツグの落とし子の巨体に圧倒されたからなのか、腹を空かした生物に攻撃されることを恐れたアリエルは食べ物を差し出してしまう。


 それはほぼ無意識の行動だったため、麻袋を取り出した瞬間に後悔したが、まだ数に余裕があったので、すぐに気を取り直してマツグの動きに備えた。


 マツグの落とし子は麻袋に鼻を近づけたあと、ゆっくりとした動作で大きな麻袋を胸に(かか)える。

「たすかる。おまえ、いいやつ」

 そう言って毛むくじゃらの長い腕を伸ばすと、大きな手を開いて地面にサラサラと砂を撒く。

「それ、おまえにやる。すぐ、でていけ」


 アリエルがしゃがみ込んで砂を確認すると、大粒の砂金がゴロゴロと転がり出る。驚いて顔をあげると、マツグの落とし子はすでに背中を向けていて、のしのしと森の深い闇のなかに消えようとしていた。


あけましておめでとうございます!

今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

そしてみなさまにとって、素敵な一年になりますように。

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