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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 寝床の準備を終えて()()にあたっていたベレグは、オオカミの遠吠えが盛んに聞こえてくることに気がついた。あまり遠くないところから、それもただの遠吠えではなく、呪素(じゅそ)を含んだ遠吠えが聞こえる。


「なにかマズいことが起きているみたいだな」

 どこか悲観的で、悪い考えばかり頭に浮かんでしまうベレグだったが、さすがに今回ばかりは彼の(かん)が正しかった。


 白銀の体毛を持つ戦狼(いくさおおかみ)が野営地に飛び込んでくる直前、いち早く異変に気づいた守人たちは武器を手に臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えていた。しかしオオカミの背に乗るアリエルの姿が目に入ると、彼らは安心したようにホッと息をついた。


 (いにしえ)の盟約により戦狼と守人は同盟関係にあったが、最近では盟約を知らない若い戦狼と守人の間で悶着(もんちゃく)が起きていた。だから白銀の体毛を持つオオカミだろうと、〈獣の森〉にいる間は、接近してくるあらゆる生物に警戒する必要があった。その所為(せい)だろう、守人たちは近づいてくるのが戦狼だと知っていたが、攻撃を警戒して素早く動いたのだ。


 ベレグはアリエルが野営地を離れたことを知っていたが、いつものように静かな場所で読書するのだと思っていた。だから戦狼を連れて戻ってきたことに驚いていた。しかし彼の(かん)はあたっていた。この静かな夜に、彼の可愛い弟は厄介事を持ち込んできた。


 それにしても、とベレグは見知った戦狼を見ながら思う。今日はやけに冷える。この時期、というより〈獣の森〉は夜になると気温が氷点を下回り、冷たい風は刃物のように衣類を刺し貫くようになる。聖地で手に入れた厚手の衣類と毛皮がなければ、焚き火の(そば)から離れる気にもならなかっただろう。


「何があったんだ」と、両刃の剣を(さや)に収めたルズィが言う。「また()(ごと)か?」

「ああ、混沌の領域から化け物が()い出した」


 アリエルは戦狼の背から飛び降りると、寝床の(そば)に置いていた背嚢(はいのう)から護符をいくつか手に取る。それらの護符は砦で支給される粗悪品ではなく、要塞集落でノノとリリが作成してくれたモノだった。獣の森に潜む化け物に備えて準備した護符だったので、出し惜しみせずに使用するつもりだった。


「クソ、ツイてないな。火をおこしたばかりだっていうのに」

 ルズィは悪態をつくが、すぐに戦闘に必要なモノを用意する。野営地はこのままにして、背嚢(はいのう)やら毛布、それに食料品を腕輪の異空間に放り込んでいく。獣の森に野盗の(たぐい)はいないが、森を徘徊する大熊は守人が食料を持ち歩いていることを知っている。食料を放置したら、においにつられてやってきた個体に野営地を荒らされるかもしれない。


 毛布に(くる)まっていたラファは寝床から出てくると、アリエルの(そば)から離れようとしない戦狼に(たず)ねる。

「現在の状況を確認してもいいですか?」


 暗い森を闇雲に移動するわけにはいかなかった。危険なのは、なにも混沌の怪物だけでない、獣の森には夜行性の肉食動物が多数生息していて、つねに獲物をさがして徘徊しているのだ。


 彼女は紅い眸で少年を見つめながら、低い(うな)り声を発した。

家族(むれ)が狩りに適した地形に化け物を追い込むことになっている。私たちはそこで化け物を待ち伏せする』


「ヴィルマが来ているんですね」と、少年は何処(どこ)かぎこちない()みを浮かべる。

『そう、だからすぐに助けに行きたいんだ。さっさと準備しろ』

「わかりました」


 ラファは身の回りの道具を腕輪に収納すると、肩当てを装着し位置を調整して、毛皮のマントが動きの邪魔にならないように金具で固定する。それから長弓を手に取る。豹人の傭兵から手に入れていた状態のいい弓も腕輪に収納していたが、混沌の化け物を相手にするなら、射程が長く威力に優れている長弓が良いだろうという判断だった。


 ベレグは兄弟たちが戦闘の準備をしている様子を見ながら、その血に宿る力を解放するため体内の呪素(じゅそ)()()げていく。力を体外に放出する用意ができると、音を立てずに歩いて、焚き火の明かりが(かす)かに(とど)く暗闇にひとり立つ。使用する呪術は偵察に適したものを選択した。鼻が利く戦狼との共闘になるが、周囲を監視する目はいくらあっても足りないだろう。


 炎の明かりで揺れる影が足元で大きくなったかと思うと、それは無数の人影に分かれ、音もなく夜の闇に溶け込んでいった。それら無数の影はベレグとつながり、まるで他人と視界や聴覚を共有するように、離れた場所にいる影が見聞きする情報を手に入れることができるようになる。


 しかしそれはあくまでも実体のない影であり、攻撃の手段として利用することはできない。移動範囲も限られているので、どのような状況でも役に立つ呪術というわけではない。けれど隠密性に優れた能力は、危険な森で生き抜くために必要不可欠のものとなっている。そしてそれは辺境の森で戦う守人にとって、とくに重宝される能力でもあった。


「エル」と、焚き火の(そば)に戻ったベレグが言う。「彼女と先に行くんだろ、俺の影を一緒に連れて行ってくれ。その影が俺たちを導いてくれる」


「了解」アリエルはオオカミの首筋を撫でたあと、その背中にひょいと飛び乗る。「ラライア、ベレグの影を連れていく。問題ないか」

 ラライアと呼ばれた白銀のオオカミは、遠くから聞こえる遠吠えに耳を澄ませて、それから小さな声で(うな)る。

『構わない。一緒につれていく』


「よし、出発する」準備を終えたルズィが言う。「ラライア=イルヴァ、森を走るときには化け物に見つからないようにするんだ。お前の背には兄弟が乗っているんだ。そのことを忘れるなよ」


『わかっている』

 ラライアは不機嫌に言うと、守人たちを残して駆け出す。

『なにが〝忘れるな〟だ。言われなくたって分かっている!』


 戦狼の巨体が見えなくなると、ベレグたちは〈暗視の護符〉を使用して視界を確保してから、鬱蒼(うっそう)とした樹木(じゅもく)が連なる獣の森に足を踏み入れる。自身の影を追うようにして走るベレグを先頭にして、ラファとルズィがあとに続く。それなりの速度で走っていたが、誰かが脱落することもなく、適切な距離を保って移動することができていた。


 それは危険性を(はら)んだ移動だったが、護符の効果は高く、暗視によって木々の太い根が浮き上がる足場の悪い地形も(なん)なく移動することができた。さすがに昼間のように色を識別するのは難しいが、淡い光を放つ植物や、樹洞(じゅどう)に潜む生物の存在はハッキリと認識することができた。


 暗がりのなかを進む守人たちの頭上を(おお)っていた叢雲(むらくも)に裂け目ができ、そこから月光が森に()し込んできた。青白い光は樹木(じゅもく)の枝や葉に(さえぎ)られるが、無数の光芒(こうぼう)に変わり森を淡い青紫色に染めていく。それは足を止めたくなるほど幻想的で美しい景色だったが、彼らは恐ろしい化け物が徘徊する獣の森にいるので、悠長(ゆうちょう)に構えることはできない。


 ベレグはアリエルの影に潜ませていた呪術の影から情報を取得しながら、目的地に接近する。ラライアと先行していたアリエルはすでに現場に到着しているようだったが、目立った動きが確認できなかったので、まだ化け物と会敵していないと思われた。しかし無数の獣の(うな)り声と、次々と樹木(じゅもく)が倒される音や激しい打撃音は、影を使わなくても認識できる距離まで近づいてきていた。


 念話を使いアリエルと連絡を取り、化け物の出現予想地点を確認したベレグたちは適切な位置に移動して待機する。戦狼のラライアと一緒にいるアリエルの姿は確認できていなかったが、戦いが始まればすぐに合流できるだろう。ベレグがそう考え息を整えているときだった。


 視線の先に月光を浴びて白銀に輝くオオカミが見えた。戦狼は次々と姿を見せ、そのあとを追うように(みにく)い化け物が姿をあらわした。

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