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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 襲撃の翌日、アリエルたち守人は集落を離れ〈境界の砦〉に向かって移動を開始した。結局、偵察に出たルズィたちは襲撃者の残党を見つけることはできなかった。村の戦士たちが襲撃の数時間前に、数人の豹人が村に存在する唯一の門を通って森に入る姿は確認していたが、それ以上の足取りを追うことはできなかった。


 傭兵団が利用していた宿(やど)を調査したウアセル・フォレリも、襲撃者たちの背後にいる者の手掛かりを見つけることができなかった。そもそも豹人たちは宿に何も残さなかった。かれらの持ち物は襲撃のさいに身につけていた装備品だけだった。が、森のあちこちで起きている(いくさ)や略奪に参加するため、つねに森を移動している傭兵団が野営のための最低限の物資すら準備していないのはおかしい。


 そのことに疑問を持ったウアセル・フォレリは、傭兵が残した装備品を詳しく調べる。そこで彼は無数の腕輪があることに興味を持った。(そろ)いの模様が刻まれた細い銀の腕輪は、一見すれば、部族の人間が身につける一般的な装身具と変わらない。けれどその模様のなかに見慣れた文字が刻まれていることに気がつく。


 それは〈黒い人々〉の行商人が身につける装身具にも刻まれている神々の言葉に酷似していた。そして彼の考えが正しければ、その腕輪は〝収納庫〟としての機能を持つ〈呪術器〉だった。


 収納庫の効果を発揮する呪術器は一般的に知られていたが、それは高価な代物(しろもの)で、(おも)に商人などに重宝(ちょうほう)されていたモノだ。腕輪を介して発動する呪術によって、指定した物を異空間に収納することができる。


 呪術器に使われる素材や品質で収納庫の容量限界が決まるが、そこで重要になるのは収納するモノの大きさや長さではなく、そのモノが持つ質量だった。つまり、制限重量を越えなければ、どんなモノでも瞬時に収納することができる。


 高価な呪術器は、荷車いっぱいの荷物を収納することができるが、安いモノは、人間の子どもほどの重量のモノしか収納できない。もっとも、安いとは言っても購入できるのは裕福な商人や名家の出身者だけだろう。


 呪術によって生成される空間については謎が多く、その他の呪術同様、原理(げんり)も分かっていない。しかし呪術器を介して異空間とつながることで、そこに収納されているモノが頭に浮かぶようになるという。そして呪術器の所有者は、その異空間を思い浮かべるだけで、自由に荷物の出し入れができるようになる。


 もちろん、呪術器として機能する装身具が――この場合、腕輪が破壊されてしまえば、異空間に収納されている荷物は失われてしまう。それは〝収納庫〟の呪術によって生成される異空間について、現在でもほとんど解明されていない所為(せい)だった。聖地〈霞山(かすみやま)〉で見つけた書物のように、神々の時代の貴重な資料が発見されれば、何か分かるようになるかもしれないが。


 とにかく今は、呪術器として機能する装身具を破壊されないように注意しなければいけない。護衛を引き連れる商人と異なり、より多くの危険に直面する戦士が使用するときには、腕輪を外すか籠手(こて)を加工して腕輪が破壊されない工夫が必要になる。


 所有者が亡くなっても、呪術器さえあれば異空間に収納された荷物は自由に取り出すことができるので、収納庫として機能する呪術器を目的とした襲撃は絶えない。被害に遭った商人たちは、呪術器を取り返すまでの時間を稼ぐため、装身具が盗まれても異空間に収納した荷物を取り出せないようにするための処置をとるようになった。


 かれらが参考にしたのは扉の施錠や開錠などに使用される呪術で、特定の人物でなければ、呪術器の異空間に接続できないようにする方法だった。しかしそれが一般的になると、今度は呪術器を所有する商人が略奪者たちの標的になってしまう。


 それからというもの、商人たちは呪術器を目的とした誘拐を警戒し、収納庫として機能する呪術器を慎重に扱うようになる。その所為(せい)だろう、呪術器の需要はあるが、収納庫として機能するモノは市場に出回ることのない貴重な代物になってしまった。


 傭兵たちの遺体から回収できた腕輪の数は多く、アリエルたち守人と豹人の姉妹、それに照月家の三人に行き渡るだけの数を確保することができた。実際のところ、これだけの数の呪術器が揃っているのは奇妙だった。それなりの大物が傭兵団を支援している。最早(もはや)それは疑いようのない事実だったが、その大物につながる手掛かりは一切得られなかった。


 屋敷にいる女性たちの手で籠手を加工してもらい、いつでも腕輪を装着できるようにすると、アリエルたちは呪術器を使い腕輪の容量限界を確認することにした。その結果、大人の体重ほどの荷物が収納できることが判明した。欲を言えば、水牛ほどの質量が収納できる容量がほしかったが、これ以上は望み過ぎなのかもしれない。


 神々の言葉を腕輪に刻むために使用される特殊な〝(すみ)〟の劣化は確認されなかった。通常、呪術器は使用すればするほど墨が剥がれ消失していく。これは大気中に漂う呪素(じゅそ)を取り込み、呪術を発動するさいに発生する(かす)かな熱などの影響とされているが、ハッキリとした原因は分かっていない。


 しかしその腕輪は優秀な〈ペドゥラァシ〉によって作成されているのか、効率良く呪素を取り込むことが可能で、すぐに文字が劣化してしまうような心配もなく、言葉を書き直す必要もなかった。


 ちなみに豹人たちの腕輪に収納されていたのは、携行食や薬品、野営に必要な道具や鍋、油の瓶や酒、毛皮や予備の矢、そして衣類や刃物だけで、やはり傭兵団の背後にいる者につながる手掛かりはなかった。それらの物資の大半はウアセル・フォレリの手によって、村の商人たちとの取引に使われ、ノノたちの生活費に変わることになった。


 ほかにも興味深い呪術器を確保することができたが、それらの貴重な代物は取引せず、屋敷で保管されることになる。そして南部に向かう遠征のときに持ち出すことになる。


 余った収納庫の腕輪は、クラウディアたちが管理することになった。もしも村近くの混沌の領域で異変が起きて、屋敷から逃げ出さなければいけない事態になったとき――そのような事態に(おちい)ることは想定したくないが、そのときにはすぐに逃げ出せるように、食料などを収納しておくことになった。


 しかし収納できるのは、すぐに腐ってしまう心配のないモノだけだ。異空間に収納される食料品の時間が止まるわけではないので、つねに管理が必要になるのだ。それでも腕輪が破格の性能を持っていて、便利であることに変わりないのだか。


 要塞集落を出発するとき、アリエルはウアセル・フォレリから砦の総帥に宛てた手紙を預かることになった。その手紙には、南部に向かう〈黒い人々〉の隊商を護衛するため、数か月の間、数人の守人を派遣してもらいたいこと、そしてその御礼として〈境界の守人〉に提供されることになる大量の物資の品目が書かれているのだろう。


 護衛として派遣してもらう守人も指定していたが、砦にいる総帥がウアセル・フォレリの要求に応じてくれるのかは、まだ誰にも分からなかった。守人の派遣を断られた場合に備えて、彼は代案を準備しているようだったが、アリエルは少しも心配していなかった。


 首長の要求に(こた)えて、十数人の守人を危険な戦場に送り出せるのだ。数人の守人を商人の護衛として派遣するだけで大量の物資が手に入るのなら、その機会をみすみす逃すような真似(まね)はしないだろう。


 護衛となる対象や、移動経路が限定される荷車がないことも関係していたのかもしれない。荷物になる背嚢や装備品を腕輪に収納していた四人は順調に進み、気がつけば〈獣の森〉にたどり着こうとしていた。


 守人たちの前にオオカミが姿を見せたのは、かれらが野営の準備をしているときだった。

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