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しばらくして敵の増援がないことを確認すると、ルズィとベレグ、それに照月家の武者が相手にした傭兵たちの遺体も回収して焼却する。遺体が身につけていた装備を回収する必要もあるので面倒な作業だったが、道端に死体を放置するわけにもいかない。幸い、アリエルの屋敷は村はずれに位置しているため、死体を焼いたときに発生する煙による苦情を気にする必要がなかった。
死体の処理を終えたあと、アリエルは屋敷内に入り友人の姿を探した。
「ウアセルは?」
青年の質問に答えたのはラナだった。彼女はクラウディアたちと炉を囲み、蛇のようにとぐろを巻いて眠っていた龍の体毛をそっと撫でていた。
「ウアセル・フォレリなら、さっき屋敷の外に出ていったよ」
「ありがとう、気づかなかったよ」
彼女は肩をすくめて、それから綺麗な黒髪を揺らす。
「襲撃してきたのは、豹人の戦士だけだったの?」
「ああ、襲撃の理由は分からないけど、相手は豹人だけで構成された傭兵団だった。ノノが死体を埋めている最中だから、確かめたいことがあるなら、今がその最後の機会になると思う」
「ううん。死体には興味がないの。ただ、月隠は北部の戦士たちと敵対していないから、私たち照月が襲撃の理由になるとは考えられないの」
「そういうことか」アリエルは龍の幼生を見つめながら続ける。「連中は考え無しに攻めてきたように見せていたけど、略奪を目的とした襲撃ではなく、明らかに目的があって行動していた。そうなると、連中の目的は……」
アリエルが黙り込むと、ラナは青年の横顔をじっと見つめながら質問した。
「……ところで、遺体を焼却したのは襲撃の痕跡を消すため?」
「それもあるけど、この村は〈獣の森〉に近い位置にあるんだ。混沌の領域からやってくる危険な悪霊に死者が取り憑かれないためにも、死体を素早く処置する必要があるんだ」
「獣の森……」彼女の琥珀色の眸が揺れる。「守人が監視している森のことね」
「監視している領域の一部だ。本当に危険なのは、砦の地下にある奈落の底に続く洞窟だからな」
「砦……。ねぇ、アリエルはいつから守人の任務に参加するようになったの?」
「さあ、どうだろう」と、青年は眉を寄せる。「ハッキリとは思い出せない。物心つく頃には、もう身を守るための訓練を受けていたから」
「そっか……」
それから彼女は話題を変えるように言った。
「それで、腕の傷は大丈夫なの?」
「ああ、それほど深刻な状態じゃなかったし、クラウディアは優秀な治癒士だから」
「そう」と、彼女は頬を膨らませてみせる。
アリエルはラナの態度に疑問を持ったが、彼女のことを必要以上に意識しないで話せていることに安堵していた。彼女に抱いた気持ちの正体は今も分からなかったが、今は自分の気持ちを確かめることよりも、優先しなければいけないことがあった。
これからのことについて相談していると、ふいに彼女はアリエルを見つめる。
「境界の砦からは、いつ戻ってきてくれるの?」
アリエルは煤で真っ黒になっていた梁を見つめながら、あれこれと考えて、それから彼女の問いに答えた。
「砦で任務があるから、なんとも言えない。それに俺たちは守人だから、ウアセルが総帥に護衛を依頼してくれなければ、砦を離れることができないんだ」
「依頼……南部に向かうときに必要になる表向きの理由ね」
「ああ、ウアセルの隊商を護衛するという名目で、俺たちは南部に行く予定だ」
それから青年は照月家のお嬢さまに訊ねた。
「俺たちの準備ができるまで、ラナは……照月來凪は故郷に帰るのか?」
「帰らないわ。あなたが戻ってくるまで、この村で待っている」
「たしかに西部は遠すぎるか……それなら、この屋敷に滞在してくれないか」
「迷惑じゃないの?」
『迷惑じゃない』と、アリエルを呼びに来ていたリリが言う。
『この屋敷には怖い幽霊が住み着いてるけど、わたしが一緒に寝てあげるから安心して』
「一緒に寝る……?」ラナは首をかしげて、それからリリのフサフサの体毛を見つめる。「あなたと一緒に寝るのは暖かそうね」
『うん、決まりだね』リリはゴロゴロと喉を鳴らす。
「あっ、でも――」と、ラナは連れの武者たちのことを思い出す。
彼女が心配していたのは屋敷に女性しかいないということだった。けれどあの大柄の武者たちが屋敷に滞在してくれたら、アリエルたちが砦にいる間に、村でなにか問題が発生しても彼女たちの身を守ってもらえる。
つまり、あのふたりの武者は護衛として期待することができた。この村に土鬼の戦士が警備している屋敷を襲うような人間はさすがにいないが、豹人たちのように襲撃を企てる組織があらわれるかもしれない。だから照月家が滞在してくれることは都合が良かった。それに忠誠心の高い照月家の武者が、護衛対象でもある主の目の前で女性たちに手を出し乱暴を働くとも思えなかった。
リリが屋敷を案内すると言ってラナの手を取り何処かに行ってしまうと、アリエルは屋敷に滞在する人が増えてしまうことをクラウディアに説明した。けれど三人増えたところで何も変わらないので、気にする必要はないと彼女は笑顔をみせた。だが彼女たちの生活に負担をかけるような真似はできない。
砦で生活するアリエルは現金を必要としないため、金銭感覚に疎く、彼女たちの生活にどれだけの金銭が必要になるか分からなかった。そこで青年はウアセル・フォレリを探していたことを思い出し、屋敷の外に出た。アリエルたちが話をしていた間も、龍の幼生は炉の近くで寝息を立てていた。クラウディアたちが側にいるからなのか、警戒心が薄れているように見えた。
ウアセル・フォレリは〈黒の戦士〉の護衛に従え、アリエルたちが豹人から回収していた装備を確認していた。
「さあ、親友。こっちに来てこいつを見てくれ」と、彼はいつもの調子で言う。「まだ背嚢の中身は確認していないけど、あの豹人たちは〝それなりの装備〟を持ち歩いていたみたいだ」
「それなり?」
アリエルは顔をしかめたあと、友人のとなりにしゃがみ込む。
「ああ、太刀と剣が数本、弓が二、三張。それに、この剣を見てくれ」と、彼は綺麗な手で両刃の剣を拾い上げる。「つねに戦に備えているような砦で働く鍛冶師の手で、戦場に向かう戦士のために鍛造されたばかりの品に見える」
「簡単に手に入る代物じゃないってことか」
ウアセル・フォレリはうなずいて、それから甲冑に視線を向ける。
「上等な装備を自力で手に入れられるような凄腕の傭兵団なら、こんな無茶な襲撃はしてこなかったはずだ」
「この襲撃のために支給された装備品ってことか」
「断言することはできないけど、北部から追放された無法者が身につける装備にしては、やや上等に過ぎると思うんだよね。傭兵団が使っていた宿を調べれば、もっと情報が手に入るかもしれない」
「俺たちも協力できればよかったんだけど、そろそろ砦に戻らなければいけない」
アリエルの言葉に上品な身形の青年はうなずく。
「わかっているさ、あとのことは僕に任せてくれ」
「助かる」
思案に暮れる親友を安心させるため、ウアセル・フォレリはワザと笑みを浮かべる。
「なにも心配することはないさ。その時が来るまで、君は砦で任務を全うしてくれたらいい。……ところで、この戦利品の山はどうするんだい?」
アリエルは手斧を拾い上げると、その重さを確かめるように持ち手を握ってみせた。
「これからの戦いに必要になりそうなモノ以外は商人に引き取ってもらって、ノノたちの生活費にしようと考えてる」
「それも僕に任せてくれないか。呪術器の類が雑ざっている可能性もあるから、ちゃんと調べてから、この村の商人のところに持っていくよ」
「何から何まで世話になるな」
「そうじゃないよ」と、ウアセル・フォレリは言う。「君がすべてを背負う必要はないんだ。君には、君にしかできないことがある。それと同じように、僕にしかできないことがあるんだ。忘れたのかい、僕らは同志なんだ」
「そうだな」と、アリエルは友人の優しさに感謝しながら言った。