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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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24


 悲鳴や叫び声、それに衝撃音が聞こえなくなったかと思うと、クラウディアの頭のなかでアリエルの声が響く。彼女は龍の子をラナに預けると、急いで屋敷の外に飛び出す。そこで彼女が目にしたのは血塗(ちまみ)れになったアリエルの姿だった。


 あまりの衝撃にクラウディアは卒倒(そっとう)しそうになったが、どうやらその大半は彼が浴びた返り血だと言う。でもだからといって安心することはできない。彼女のこれまでの経験から、すぐに腕の治療をしなければ大変なことになると分かっていたのだ。


 彼女は革紐でアリエルの腕を縛って止血を(こころ)みたあと、ノノに手伝ってもらい清潔な水で傷口を洗いながら患部の汚れを落としていく。それが終わると、治癒士としての能力を使いながら腕の治療を行っていく。身代わり護符を使用していたからなのか、傷はそれほど深くなく、神経や(けん)は傷ついていないようだった。


 戦闘の興奮がさめたからなのか、アリエルは腕の痛みが増しているように感じていた。その痛みは患部から腕全体に広がり燃えるように熱く、苦痛は耐え難いものだった。治療が始まり、傷に触れていたクラウディアの指先が淡い光に包まれるようになると、まるで氷水のなかに腕を入れているような感覚がして、痛みを(ともな)う熱がスッと引いていくように感じられた。


 痛みが(やわ)らいで、傷ついた皮膚が修復されて傷口が閉じていくのが見えた。しかし呪術による治療は万能ではない。これから何度か治療を受ける必要があり、傷痕も残ってしまう。しかしそれは問題にならないだろう。青年が気にかけていたのは傷痕ではなく、また傷口が開いて激しい痛みが戻ってくることだった。


 ともあれ応急処置は終わった。アリエルはクラウディアに感謝したあと、彼女を屋敷内に避難させた。ノノが屋敷の上空を飛んでいたカラスを使って周囲を監視してくれていて、ある程度の安全は確保されていたが、敵対者が認識阻害(にんしきそがい)などの呪術を使用していたら対応できない場合がある。そのため、敵の姿が見えないからといって油断することはできない。


『戦闘に参加しなかった野郎が村の外に(ひそ)んでるかもしれない――』と、敵部隊を全滅させたルズィの声が念話を介してアリエルに聞こえた。『俺たちはこのまま周囲の偵察に向かう。エルはラファと一緒に屋敷で待機していてくれ』

「ベレグとふたりだけで大丈夫なのか?」

『なあに、お姫さまの護衛も連れていくから問題ないさ』


 アリエルは眉を寄せ、それから不愛想な武者たちの顔を思い浮かべながら兄弟に(たず)ねた。

「あのふたりは了承してくれたのか?」

『ああ、まだ殺し()りないみたいだ』

「戦闘を好む部族か……砦にいるツナヨシとは大違いだな」

連中(どき)は殺しが好きなのさ。でもとにかく、照月のお嬢ちゃんの護衛はエルに任せる』


「了解、村の外に行くつもりなら気をつけてくれよ」

『そっちもな』それからルズィは真剣な声で言った。

『連中を生かしたまま()らえられなかったのは失敗だったのかもしれないな……』


「そうだな。傭兵たちの標的は屋敷内にある〝何か〟だった。あれが照月家を狙った襲撃じゃなくて、あの子を目的とした襲撃だったら――」

『ああ、この襲撃は()り出したばかりの(くそ)みたいに臭う。考えたくもないが、砦に裏切り者がいるかもしれない。とにかく警戒を続ける必要がある』


 ルズィとの会話を終えると、アリエルは腕を気にしながら歩いて、豹人の死体を一箇所に集めていたラファの(そば)まで行く。

「もういいのですか?」と、少年は驚いたように言う。

「ああ、砦にいる治癒士と違って、クラウディアの治療は見事だった」

「こんなに早く傷が治るなんて、さすがですね……」


『うん、彼女たちは優秀な治癒士だよ』と、リリが傭兵の死体を引き()りながらやってくる。『でも、完全に治ってないから、無理しちゃダメだよ』

「ああ、分かってる。それより、さっきは危ないところを助けてもらった」

『気にしないで、呪術は得意なの』と、彼女は得意げに胸を張る。


「得意というより、あれは達人(たつじん)(いき)(たっ)してますよ」ラファは感心しながら言う。「部族の呪術師だって、あそこまで大きな火球はつくりだせないです」

 黒く(つや)のある綺麗な体毛を持つリリは長い尾を立てて小刻みに震わせる。

『そうかな、エルもわたしが達人だと思う?』


 アリエルが口を開こうとすると、カラスを肩に乗せたノノがやってくる。

(リリ)のことを(おだ)てても何も出ませんよ。それに体毛のない人々にとって達人でも、私たちには普通のことです。ところで、集めた死体は埋めずに焼却するのですか?』

「ああ、どこかに放置した死体に悪霊(あくりょう)が取り()いたら大変なことになるからな。でも、その前にやることがある」


『死体を(あさ)って戦利品を回収するのですか?』と、ノノが首をかしげる。

「それもあるけど、俺の能力を使って死者の魂を束縛する」

『魂……もしかして死霊術(しりょうじゅつ)を使うのですか?』


「ああ」アリエルはうなずいて、それから地面に横たわる無数の死体を見ながら言う。

「死霊術は道徳的な観点から死体の利用が問題視されて、族長たちによって制限されて(すた)れてしまったけど、俺は部族の(おきて)(したが)う必要がないからな。死霊術は北部でも問題になっているのか?」


『いえ』ノノは頭を横に振って、それから喉を鳴らす。『使用者は少ないですが、常識の範囲内で今も使われています』

「常識?」

『たとえば犯罪者の死体を操作して、鉱山労働者として危険な仕事に()かせたり、狩人たちが部族の脅威になる獣を誘き寄せるための餌として使ったり……』

「そいつは俺たちの常識とは少しばかり違うみたいだな」


『そうでしょうか?』と、彼女は肩をすくめる。

『それに死体は糸で吊るした操り人形のように扱うのが難しく、また繊細で壊れやすいものです。動きも鈍く、重要な仕事は任せられません。死体が腐らないように処置する必要もありますし、手間に見合うような効果は得られない』


「北部で死霊術が規制されていないにも(かか)わらず、使用者が少ない理由が分かったよ」

 アリエルの言葉にノノはコクリと小さくうなずいた。

『呪術の体系として全容が解明されていないこともあって、呪術師たちからも好まれていないのです。だから北部では優れた死霊術師は育ちません。ましてや魂を束縛するなんてことは、書物でしか読んだことがありませんでした』


「その書物をぜひ読ませてもらいたいね」

 アリエルは死体の(そば)にしゃがみ込むと、そっと手を合わせて、それからまだ使えそうな装備や甲冑を外していく。治療してもらったばかりの腕を(かば)いながらやったので、なかなか思うようにいかない。

「手伝います」

 ラファもしゃがみ込むと、死体に向かって手を合わせたあと装備を回収していく。


『どうして悪者なのに、手を合わせるの?』

 リリの質問にラファは一旦手を止めて考えたあと、考えを口にした。

「悪い連中は、もう神々のもとに連れていかれました。ここにあるのは、その悪者の抜け殻で、肉体に罪はありません」

『だからだよ、ただの肉に手を合わせても意味ないでしょ?』


「豹人は狩りの獲物を殺すときに、森の神々に祈りを(ささ)げると聞いたことがあります」

『うん、祈るよ。(めぐ)みを与えてくれるのは森の神さまだから』

「僕たちも戦士たちに敬意(けいい)(しめ)しているんだよ。よき戦いに、そして戦利品に」

『ふぅん……でもやっぱり理解できないな。それは悪い(やつ)らの(うつわ)だったんだよ』


『種族としての習慣や文化の違いですね』と、カラスが肩から飛び立っていくのを見守っていたノノが言う。『体毛のない人々は(いくさ)を好む傾向があるのに、死体を丁寧に扱おうとする特異な文化を持っている。だから死霊術を忌避(きひ)するのでしょう。でも私たちとって死はもっと身近なモノで、それを自然の一部として受け入れている。森の恵みによって生かされた人々の肉体は、いつか森に還す(うつわ)でしかないのだと』


 装備の回収が終わると、ノノの呪術によって地面が掘り返され、その穴のなかに死体が放り込まれていく。リリの呪術によって焼かれた死体は全身の体毛がなくなり、赤くひび割れた皮膚からは気色悪い体液が染み出していて、運ぶのも一苦労だった。


「さてと……」

 アリエルは死体が焼却される前に、その肉体に残る魂の残滓(ざんし)――彼は死者の恨みや怒りに満ちた思念のようなモノだと理解していたが、それを回収することにした。

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