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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 龍が飛び立ってしばらくすると、草原に低く垂れこめていた雲がゆっくり近づいてくるのが見えた。ふたりと小さな龍は、その真っ白な雲に(つつ)まれ、気がつくと村の屋敷に戻ってきていた。まるで白日夢のような奇妙な体験だった。しかしそれが現実に起きたということは、疑う余地もない事実だ。


 ノノやクラウディアの話によれば、アリエルとラナ、それに龍の子は突如(とつじょ)発生(はっせい)した炎に包まれて姿を消してしまったらしい。奇妙なことに、その炎からは熱が感じられなかったという。(まばゆ)い光を発する火炎に包まれ消えたかと思うと、また何事もなかったように戻ってきた。一部始終を目撃していた彼女たちも困惑する出来事だった。


 不思議だったのは、それが空間転移と同様の現象であるにも(かか)わらず、混沌の気配が残されることもなければ、屋敷が邪悪なモノたちの影響に(さら)された痕跡がなかったことだ。呪術については今も解明されていない部分が多く、ハッキリとしたことは言えなかったが、その空間転移には混沌の領域を通過して〝こちら側の世界〟にやってくる力が使用されなかったと考えられた。


 純粋な神々の奇跡とでも呼べる力によって、アリエルたちは別の場所に転移したことになる。あの空間転移は、たしかに奇妙で不思議な体験だったが、それによって得られた情報は想定していたよりもずっと貴重なモノになった。


 ラナと龍の幼生が一緒にいる必要があったが、天龍から(さず)けられた力〝千里眼(せんりがん)〟によって、森の外に出るための詳細な地図を手に入れることができた。


 呪術を使用するように、彼女は頭のなかで地図を思い描くだけでいい。そうすれば正確な移動経路が映像として――まるで自分自身の目で見ているかのように、森から脱出するための正確な道順が見えるようになった。それによってかれらはついに、未だ誰も成し遂げたことのなかった森からの脱出という困難に挑むことができるようになった。


 アリエルはその能力を手に入れられなかったことを残念に思った。そして照月家と協力関係にあるとはいえ、これからは龍の扱いにより注意しなければいけないと感じた。実際のところ、ラナと龍が一緒にいれば、その能力はいつでも発動することができるのだ。


 それはつまり、この計画にアリエルたち守人が必要なくなることである。もしも龍の子を奪われるようなことがあれば、アリエルの計画はふりだしに戻ってしまう。それはなんとしても避けなければいけない。


 アリエルが思いつめた表情で考え込んでいると、〈黒の戦士〉を護衛として連れたウアセル・フォレリが屋敷にやってくる。屈強な戦士たちは屋敷の入り口を見張るように無言で立ち、周囲を警戒する。


 急な来客に驚いたのか、龍の子はラナの肩を離れ、リリに飛びついて慌てながら二階に避難した。やはり人見知りする性格なのだろう。それを見てアリエルは安心して息をついた。自分だけが龍に()けられているのではないのかと心配していたので、内心では安堵していたのだ。


 龍の子に会うことを楽しみしていたウアセル・フォレリは残念そうな表情を見せたが、すぐに気を引き締めて、ふたりに龍との接触が成功したのか(たず)ねた。アリエルとラナは何が起きたのか丁寧に説明した。あの浮遊大陸で見てきたことや、そこで体験したことのすべてを隠さずに話した。


 ふたりの話に耳を傾けていた青年は、その上品な眼差しで女性たちはどぎまぎさせていたが、すぐにアリエルと同様の不安を(いだ)くことになった。このままでは守人は計画に必要なくなる。


 そのことが露見してしまえば、照月家だけでなく月隠(つきごもり)が戦士たちを派遣し、その圧倒的な戦力によって森の外につながる地域を占拠してしまう。そうなればアリエルの望みが叶わなくなるだけでなく、〈黒の人々〉も多くの利権を失うことになるだろう。


 けれど千里眼によって(しめ)された移動経路が森の南部だということが分かると、すぐにその不安は解消されることになった。どのような大軍を(もっ)てしても、南部の沼地を安全に通過する方法はない。凶悪な亜人や混沌の脅威に対処したことのない戦士では、魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する南部で生き残ることはできない。


 それは数多くの行商人を――〈黒の戦士〉の精鋭に守られた隊商を失ってきた〈黒い人々〉だからこそ分かることだった。南部という地域は、森の部族が考えるほど生易しい土地ではない。数世紀もの間、混沌の脅威に対処してきた戦闘集団〈境界の守人〉の助けがなければ、それは果たせない旅になるだろう。


 南部に多くの武者を派遣して、それでもなお、あの地域を征服できなかった過去を持つ照月家も承知していることだった。暗く深い沼地は多くの軍団を容赦なく呑み込んできた。詳細な移動経路が判明しているからといって、大軍を引き連れて〈枯木人(かれきびと)〉が監視する遺跡や沼地を安全に通過することはできない。


 南部の沼地を攻略するには少数精鋭の部隊が必要になる。シカのように我慢強く、オオカミのように群れを守り、大熊のように残忍に戦える部隊が。


 すでにウアセル・フォレリは守人の総帥と会談していて、大量の物資と引き換えに数人の守人を護衛につけてくれるように頼んでいたが、あらためて交渉する必要があると考えた。南部に向かうのであれば、より多くの時間をかけて準備しなければいけない。


 もちろん、月隠(つきごもり)の密使として派遣されてきた照月家のラナとも相談しなければいけないことがある。彼女と龍が一緒にいなければ千里眼は発動せず、彼らは森で迷子になり、森を脱出するどころか二度と東部に帰ってこられなくなるのだから。


 話し合いが行われている最中、ノノが耳をピクピクと動かしながら、おもむろに立ち上がるのが見えた。アリエルがその理由を(たず)ねようとしたとき、屋敷の周囲を監視していたルズィから念話による連絡を受ける。どうやら酒場に(たむろ)していた傭兵団が動き出したとのことだった。そしてかれらの行き先は、アリエルたちがいる屋敷だった。


 けれど傭兵団の動きは最初から想定していたことだった。村の中心区画を離れ、村はずれに続く通りで豹人たちを迎え撃つことになった。傭兵団の目的は判明していないが、話し合いの場を設ける必要はないだろう。完全武装した豹人の接近を許すわけにはいかない。


 ラナに傭兵団の情報を伝えると、彼女はルズィたちと一緒に行動していた護衛の武者に指示を出し、守人と手を組み敵対者を排除するように命令した。戦うことを目的に生まれてきた冷酷な戦士らしく、的確で容赦のない指示だった。


 ウアセル・フォレリも村の有力者と連絡を取り、これから小競り合いが起きるかもしれないということを事前に伝えた。村はずれで衝突すると思われたので、村の住人に被害が出ないこと、そして戦士を派遣する必要がないことも話した。


 もとより無法者の傭兵団は住人にとって厄介な存在になっていたので、守人が排除してくれるというのなら、それは村の利益になると有力者は考えた。それに豹人は後ろ盾を持たない集団でもある。傭兵団を潰すことで(こうむ)弊害(へいがい)がないのであれば、村は守人の邪魔立てはしない。


 村の有力者から言質(げんち)を取ると、所定の位置で待ち伏せをしていたルズィたちは攻撃の準備を行う。アリエルはウアセル・フォレリに女性たちの護衛を任せると、ノノとリリを連れて屋敷の外に出た。リリから無理に引き離された龍の子は、炎を吐き出す勢いで威嚇して怒っていたが、クラウディアがやってくるとすぐに機嫌を良くした。


 とにかくアリエルたちも豹人を迎え撃つための準備を行う。酒場で傭兵団を監視していたラファの話によると、豹人の部隊は二手に分かれていて、わざわざ遠回りして川から屋敷に近づいてくる集団がいるようだった。アリエルたちはその小集団と対峙することになる。

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