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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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『よう、兄弟。こっちは配置についたぞ。(あや)しげな動きをする連中や、お前たちふたりを尾行している野郎の姿は確認できない。安心して屋敷に向かってくれ』

 ルズィから念話を使った連絡を受けると、アリエルは周囲を見渡して、それから村はずれにある屋敷に足を向けた。


「ラファも一緒なのか?」

 少しの沈黙のあと、ルズィの声が青年の頭のなかで響いた。

『いや、ラファには酒場に(たむろ)している豹人どもの監視を頼んだ』


「豹人……傭兵団のことだな」

『ああ、この時期にわざわざ辺境までやってくるような物好きな傭兵はいないからな。それに、村近くの森で遭遇した混沌の化け物のこともある。警戒するに越したことはないだろう』


「ひとりで行かせてよかったのか?」

 アリエルの言葉にルズィは鼻を鳴らす。


『問題ないさ。剣術の腕だけを見れば、あいつは俺よりずっと上手(うま)く戦えるんだ。傭兵風情の毛玉野郎に殺されるには、ラファはあまりにも強くてしぶとい。それになにか問題があれば、すぐに撤退するように(つた)えてある。あいつはどっかの誰かさんと違って、素直でいい子だ。ひとりで無茶なことはしないさ』


「……わかった。これから屋敷に入る。ラナが能力を使ってあの子と接触したとき、どうなるか見当もつかない。充分に注意してくれ」

『ラナ?』念話を介してルズィの感情が動くのが感じられた。『ひょっとしてそれは、あのお姫さまの名前か』


「そうだ」アリエルは溜息をつきながら答えた。

『ほう……なかなか手が早いじゃないか兄弟。もう名前で呼び合う間柄になったみたいだな。で、額のツノにはもう触らせてもらえたのか? 知ってるか、土鬼は気を許した特別な相手にしかツノを触らせないらしいぜ』


「なぁ、兄弟。それは今話さなければいけないことなのか?」

『いいや、でも可愛い弟の恋を応援したくなるのか人情ってモノなんじゃないのか?』

「兄弟の諧謔(かいぎゃく)に富んだお遊びを邪魔するのは心苦しいが、そろそろ茶化すのを止めて真剣に見張ってくれないか」

『おいおい、まさか本気で怒っているわけじゃないんだろ?』


「やれやれ」

 強引に念話を終えるとアリエルは頭を横に振り、屋敷の外で待っていてくれたノノとクラウディアに声を掛ける。ノノは土鬼(どき)の気配を感じ取ったのか、ラナの存在に驚いているようだったが、クラウディアは気がついていないのか、背が高くて綺麗な女性にやってきたという感想しか持たなかった。


 適当に挨拶を済ませると、彼女を屋敷に案内した。室内の暖かな空気に包まれると、安心して緊張が解けそうになるが、青年は気を取り直して状況の説明を行う。屋敷には女性たちが全員いて、リリも二階で龍の子と遊んでいたが、彼女たちも当事者なので隠し事をする必要はなかった。


 アリエルとラナ、それにノノとクラウディアで炉を囲むようにして話し合いが行われた。ラナは正座をして、彼女たちの目を真直ぐ見つめて話を聞いていた。その綺麗な姿勢や所作(しょさ)からは、彼女の育ちの良さが見て取れた。そして同時に、ラナが他種族を見下したりしないことも自然と感じ取ることができた。


「あの子に危険性はないのでしょうか……?」

 龍の身を案じたていたクラウディアが不安そうな表情を見せると、ラナは思いつめた顔をして、それから正直に打ち明けた。能力を使うことで龍の身にどのような影響を及ぼすのかは、彼女にも分からないのだと。しかし龍神の〝お告げ〟が土鬼(どき)を裏切ったことが一度もないことも丁寧に説明してくれた。


「あなたはそれを信じているのですか……他種族に信仰される神が、私たち森の人々を裏切らないと?」

 ラナは目を伏せたが、すぐにクラウディアの目を見つめながら言った。

「わからない……。でも、心の拠り所である神を失ったとき、私たちは歩むべき道を失ってしまう。だから今は龍神さまを信じることしかできない」


 クラウディアは否定的だったが、ほかに方法がないことも知っていた。このまま何もせずにいたら、やがて首長や他の危険な勢力の影が差すだろう。そうなる前に、龍の安全を確保しなければいけない。彼女はじっと(まぶた)を閉じて龍のことだけを考えた。これまで一緒に過ごし、なによりも大切にしてきた龍のことを。


 それから彼女は決心したのか、おもむろに立ち上がり二階にあがる梯子(はしご)に手を掛ける。

「あの子を連れてきます」


 ノノも立ち上がると、長い尾を揺らしながら壁際の棚まで歩いていく。

『混沌の影響を弱める護符を使います』と、彼女は牙を見せながら鳴く。『高い効果は得られないと思いますが、もしものときに備えたほうがいいでしょう』


「手伝うよ」

 アリエルが立ち上がると、ノノは原始的な刃物を持って青年に近づく。

『エルはこれを身につけておいてください』


 差し出された小型の刃物は、大型肉食動物の牙のようにも見えたし、黒曜石を鋭く研いだ石器にも見えた。持ち手には蝋引(ろうび)きされた革紐が使用されていて、しっかりと握り込めるように加工されていた。


「ノノ、これは?」

 彼女は極彩色に色合いを変化させる綺麗な眸でアリエルを見つめながら、ゴロゴロと喉を鳴らした。


『わたしたちの故郷、北部に存在する〝イアーラの涙〟と呼ばれる湖を守護する聖獣の骨を加工してつくられた伝統的な刃物です。邪悪な悪霊や混沌の影響を遠ざけるための守り刀だと思ってください。ここで何が行われるにせよ、それを絶対に手放してはいけません』

「なにか悪いことが起きると考えているのか?」


『いいえ……でも、私たちはつねに備えておく必要があります』

 アリエルは手元の刃物に視線を落としたあと、彼女の大きな瞳を見つめた。

「ありがとう、ノノ。大切に預かっておく」

『どういたしまして』彼女は視線を落として、それから青年を見つめる。『すぐに護符を用意します。あなたたちも手伝ってください』


 それぞれの寝床で毛布に(くる)まり、(こと)の成り行きを見守っていた女性たちはすぐに立ち上がると、ノノに指示された場所にお札を貼り付けていった。儀式めいた様相(ようそう)(てい)してきたが、始祖の能力が使用されるのだから、それなりの準備が必要になってくるのだろう。それにアリエルは、優秀な呪術師であるノノの判断を信用していた。彼女が必要だと思ったのなら、それはすぐに行われるべきことだった。


 龍の幼生を連れてクラウディアとリリが炉の(そば)にやってくるのが見えた。リリの肩に乗った小さな龍は、蛇のように細長い胴体を持っているが、小さな四肢を使いリリにしっかり(つか)まっていた。


 やや灰色がかった白菫色(しろすみれいろ)(うろこ)は、健康的なフサフサとした白い体毛に覆われている。相変わらず〈天龍〉の特徴である立派なツノと(たてがみ)は確認できなかったが、それが龍であることは火を見るより明らかだった。


 その龍の子は黄金色(こがねいろ)に輝く眸をラナに向けて、ちょこんと首をかしげて見せた。アリエルの姿を見ただけで、猫のように牙を剥き出しにしながら威嚇していた龍とは思えないほど落ち着いた態度を見せていた。これも龍と土鬼(どき)の親和性が高いことに関係しているのかもしれない。


 いや、そもそも親和性ってなんだ。魂のつながりのようなモノが関係するのだろうか?


 青年が質問しようとしてラナに視線を向けると、涙が頬を伝うのが見えた。ラナは龍の姿を見て、ほぼ無意識に涙を流していた。しかしそれは無理もないことだろう。土鬼は(はる)か昔から龍神を信仰する一族だが、その龍神の眷属である天竜は森を去り、その姿を見ることはできなくなっていた。実在する個体を、それも龍の幼生が目の前にいるのだ。感激して涙を流してもおかしくない。


 彼女は自分自身の心の動きに動揺しているのか、慌てた様子で涙を拭く。そんな彼女の姿を、龍の子は鼻孔から湯気を立ち昇らせながら見つめていた。

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