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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
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 アリエルが照月家の娘を連れて部屋を出ていこうとしたとき、大男が彼の前に立ちふさがる。二メートルを優に超える武者を見上げる格好になったが、幼いころから大人たちを相手に訓練してきたアリエルは少しも動揺しない。それどころか、大男を無視して部屋を出ていこうとした。


 その大男がふたりのあとを追うように動くと、甲冑が(こす)れキシキシと音を立てる。

「もしも姫の身に何か起きたら、その時はお前を――」

「そいつはよくないな」と、ルズィが大男の言葉を(さえぎ)る。「俺たちは秘密を共有する同志だ。仲間を(おど)しつけて支配しようとするんじゃなくて、信頼し合わなければいけない。そうだろ。俺たちに忠誠心を示す必要はないが、せめて仲間だと思って(せっ)してくれ」


 大男はルズィを睨むが、大太刀を持った武者がやってくると、すぐに目を()せて退(しりぞ)く。

「小さき守人よ、我々は思い違いをしていたようだ。これからはお前たちを仲間として認識する努力をしよう」


 武者の言葉にルズィは肩をすくめる。

「認識ね……。まぁ武者さまに認めてもらえるように、せいぜい頑張らせてもらうよ」

 皮肉めいた物言いだったが、大男はそれを無視して娘の(そば)にのしのしと歩いていく。


 照月家のお嬢さまが大男から護身用の短刀を受け取る様子を見ていたベレグは、顔をしかめながら(たず)ねた。

「本当に連中は信用できるのか?」


(さい)は投げられた」ウアセル・フォレリは蜂蜜酒(はちみつしゅ)を口に含みながら言う。「あとは、森の神々が我々を(みちび)いてくれるのを待とうじゃないか」

「偉大な神々が卑小(ひしょう)な守人を相手にするとは思えないが、誰にだって希望を持つ権利はあるか……。神々の目に()まるように足掻(あが)くしかないみたいだな」


 ラファはすぐに卑屈(ひくつ)になる兄弟を横目に見ながら、アリエルに同行したほうがいいかルズィに(たず)ねたが、必要ないと言われた。それよりも村に来ている豹人の傭兵団にふたりが(から)まれないように、村に出て周囲の警戒を行うようにと指示された。村の戦士たちが豹人について話していたことを少年は思い出す。たしかにお姫さまと一緒にいるときに(から)まれたら大変なことになる。


 ラファが不安そうな表情を見せると、ルズィは少年の頭を乱暴に撫でて髪をくしゃくしゃにする。

「心配するな、あの武者を連れて俺たちもふたりの護衛につく。屋敷の周囲に厄介な連中が近づかないようにする必要があるからな」


「了解です」

 少年は甘い果物と太刀を手に取ると、照月家の武者を見上げるようにして部屋の外に出る。すでにアリエルとお姫さまの姿はなかったが、慌てることなく娼館の外に出る。


 すでに日は昇り、音もなく降り続いていた細かな糠雨(ぬかあめ)も止んでいた。ラファは雲間から見える青い空を(あお)ぎ見たあと、気配を消すように静かに歩いて村に溶け込んでいく。


 娼館の裏口から外に出たアリエルは、照月家のお嬢さまがついてきていることを確認しながら、念話を使い屋敷にいるノノと連絡を取る。そして客を連れていくことになったと説明するが、龍の幼生に会うことや、客の正体については話さなかった。ある程度の能力を持った呪術師が近くにいた場合、念話の内容を解析され秘密が漏洩(ろうえい)する可能性があるからだ。


 これからは、より一層の警戒をしたほうがいいのかもしれないとアリエルは考えていた。彼らが(かか)えている秘密は、境界の砦にいる守人や月隠(つきごもり)の運命を左右してしまうような重大な案件に変わっていた。ここで致命的な失敗をおかして、すべてを台無しにすることはできない。


 ノノとの会話が終わると、アリエルはお嬢さまの横顔をちらりと確認する。彼女は押し黙ったまま何も話そうとしない。そしてそれは彼も同じだった。どういうわけか彼女の顔を見ていると緊張してしまい、(なに)を話せばいいのか分からなくなる。


 明け方の人通りの少ない時間帯だったが、人の姿がちらほらと見られるようになっていた。しかしそれでも、村の住人がふたりに反応を示すことはなかった。辺境で見ることのない綺麗な女性に興味はあっても、守人に関わるとろくなことにならないと誰もが知っていたのだ。


 しばらくすると、アリエルは無理をしてまで彼女と話をする必要がないこと気がついて、いくらか気分が楽になった。それから彼は、どうして彼女の前だと緊張してしまうのか考えることにしたが、答えは見つからなかった。


 異性と話をすることが難しいと感じたことはこれまで一度もなかった。砦には同性の兄弟しかいなかったが、村にやってくれば世話人の家族や、兄弟たちの本当の姉や妹にも会えたし、彼女たちと話をする機会はいくらでもあった。そこでふと考えが(よぎ)る。その女性たちのなかにも、緊張して上手(うま)く話ができなくなるような人がいたのかもしれない。


 今日まで、その人に会う機会に恵まれなかったのだと思うと、彼は少し悲しくなった。つまり、とアリエルは自分の気持ちを整理しようとする。今まで戦いや任務に追われる生活をしてきた所為(せい)で、普通の人々の暮らしというものを知らずに、この年齢まで生きてきたことになる。表現としてはおかしいかもしれないが、彼は突然、(そん)をしている気分になったのだ。


「ねぇ」

 彼女の声が聞こえたとき、青年は思考に(ふけ)っていて返事が遅れてしまう。

「ごめん、今は話しかけないほうが()かったのかな?」


 彼女が不安そうな表情で言うと、アリエルはすぐに返事をした。

「すまない……いや、えっと、申し訳ないです、お嬢さま」

「普通に話してくれてもいいんだよ」

「いえ、礼儀は心得ていますので、お嬢さま」


 彼女は顔をしかめると、肩の上で綺麗に切り揃えられた黒髪を揺らした。見事なおかっぱ頭だったので、眉が隠れて見えなかったが、きっと不快感を示すように眉を寄せていたのだろう。


「そうね……なら、こうしましょう。お嬢さまと呼ばれるのは好きじゃないの。だから、お互いのことを名前で呼び合うことにしよう。あなたの名前を教えてくれる?」

 彼女が立ち止まると、アリエルも立ち止まって胸に手をあて頭を下げた。

「仰せのままに、お嬢さま」


 彼女が不快そうな表情を見せると、青年は彼女が本気で嫌がっていることに気がつく。

「えっと……分かった。普通に話をするよ」

「よかった」と、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべる。

 しばらく見惚れたあと、彼は思い出したように歩き始めた。


「俺はアリエル」

「アリエル……?」彼女は首をかしげる。「エルは〝唯一なる御方〟の意ね」

「神々の古い言葉を知っているのか?」


「ええ、こう見えても〝お嬢さま〟だから、〝(いにしえ)の言葉〟の教育を受けているの」

 彼女の悪戯(いたずら)っぽい笑みを見ながら、アリエルは言う。

「俺は森で拾われた子なんだ。だから本来は仕来(しきた)りに従い〝エルヒニ〟の名を与えられるはずだったんだ。今はもう(すた)れた風習で、捨て子には適当な名前が与えられてる。でも父親代わりの守人は厳格な人だったから」


「エルヒニ……神々の忘れ子のことね」それから彼女は暗い表情で言う。

「ごめんなさい、今の発言は無神経だったかも」


「気にする必要はありませんよ、お嬢さま」と、アリエルは微笑(ほほえ)む。「それに土地柄、捨て子は珍しい存在じゃないんだ。森に捨てられる子どもはいくらでもいる」

「そう……でも、どうしてアリエルと呼ばれるようになったの?」


「ほら、俺の髪は色々と目立つだろ?」

 そう言って青年は毛皮のフードで隠していた月白色(げっぱくいろ)の長髪を彼女に見せた。

「森で俺を見つけたとき、この髪が日の光を浴びて、まるで輝いているように見えたんだ」


「だからアリエル……〝輝ける神々の子〟の名を与えられたのね」

「ああ、大層な名前だけど、古い言葉を知っている兄弟は砦にはいないから、みんなにエルって気安く呼ばれている。だから君も好きに呼んでくれ。アリエルでも、エルでも」


「アリエル……素敵な名前ね」

「どういたしまして。それで、お嬢さまのお名前は?」


 彼女は青年を睨んで、それから優しい表情で言った。

「私は照月來凪(らな)。お嬢さまも姫もダメ、あなたはラナって呼んでね。それで真名は――」


 青年は考えるよりも早く彼女の口を押さえ、そして驚いたように手を放し、胸に手を当てながら無礼を謝罪した。しかし彼女もひどく困惑していて、青年の行動に注意を向けていなかった。


 そもそもどうして神々に与えられた(まこと)()を、今日初めて会った人に教えようとしたのか自分でも理解していなかった。それは母親や父親にも教えたことない大切な名前だったのだ。彼女はひどく混乱したが、すぐに気持ちを切り替える。これから龍の子に会うのだ。気持ちを落ち着かせなければいけない。

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