18〈大家〉
ラファは行儀よく椅子に座り、甘い果物を咀嚼しながら、落ち着いた雰囲気で話し合が行われる様子を眺めていた。部族において最も重要とされ秘匿される〝始祖〟が、自ら正体を明かし、協力してくれることの意味を理解した守人たちは、聖地〈霞山〉の神殿で見てきたことや、そこで保護した龍の幼生について打ち明けることになった。
土鬼のお姫さまは驚愕し言葉を失い、強面の武者たちも動揺を隠せない様子だった。やはり龍神を信仰してきた種族にとって、龍は特別な意味を持っているのだろう。ラファは三人の様子を眺めながら、西部について知っていることを思い出そうとした。
名家の出身だったラファは叔母から森の各部族に関する教育を受けていて、西部で暮らす種族についても教えてもらっていたのだ。
土鬼の大部族からなる〈月隠〉には、組織の重要な役割を担い、西部地域を実質的に支配する三大家紋が存在すると言われている。それぞれの家が古代の偉大な氏族に由来していて、かつて森で繁栄した〈最初の人々〉と〈古の妖魔〉を起源とし、その血を色濃く残す家系とされていた。
御三家としても知られる大家は守人の敵ではなかった。東部と西部の戦でも、守人はどちら側にも与せず、西部地域に存在する守人の砦で任務を果たしてきた。でも裏を返せば、大家は守人の良き友人でもないということだ。大規模な援助を受けているという話も聞かないし、西部には混沌の脅威に対処する専門の部隊があると言われていた。
ラファは武者たちの甲冑や大太刀を観察しながら、切り分けられた果実を口に放り込む。とても甘く、このまま砦に持って帰りたいと思うほどだった。それから少年は、大家について知っていることを思いだそうとして顔をしかめる。
現在、最も勢いのある大家は、政治的な側面を重要視する商家であり、その経済力によって月隠で絶大な権力を誇る〈望月家〉だ。東部との戦や領土拡大には否定的だが、戦そのものには反対せず、戦場で得た捕虜を各部族に商品として提供する奴隷交易でも知られていた。月隠に大量の物資や武器を提供していたが、直接戦闘に参加することなく利益を得ている唯一の大家だった。
対照的に戦による支配領域の拡大を狙っているのが、武家として名高い〈照月家〉だ。土鬼という種族に誇りを持ち、部族に忠誠を尽くし、戦場で死ぬことを美徳とする家系で、東部との戦に派遣される戦士たちの多くが照月家の誇り高い武者だった。しかし厳格で従順な一族は名誉を重んじるあまり、計略に長けている望月家の台頭を許してしまい月隠において権力や決定権を失いつつある。
そして望月家のように政治や権力に興味があるわけでも、照月家のように、義、名誉、忠義を重んじるわけでもなく、まるで世捨て人のように古の厳格な仕来りに従い生きている一族が〈朧月家〉だ。
呪術や神々の遺物についての研究、また知識と技術の探求を続ける家系でもある。排他的で他の種族を嫌う傾向があり、東部との戦には協力的だった。偉大な呪術師を多く輩出している一族だが、それらの能力者が戦に参加するのは稀で、戦では呪術器や物資の提供を行うに留まっている。
時折、研究成果を確認するため、気狂いのような呪術師を戦地に派遣することがあるが、同族を巻き込むような危険な呪術を使用するため、仲間からの反発も強い。
照月家のお姫さまが立ち上がるのを見てラファは思考を中断して、彼女が話すことに耳を傾ける。けれど緊張しているのか、綺麗な顔を微かに赤らめ、硬い表情で守人たちのことを見ている。厳密にはアリエルのことを見つめていたのだが、ラファは気づかなかった。
黙り込んでしまったお姫さまの代りに、ウアセル・フォレリが照月家の目的について話をしてくれた。途中、政治的に難しい話もあったが、どうやら朧月家の巫女が龍神の〝お告げ〟なるものを受けたあと、聖地〈霞山〉で行われている戦について知り、〈黒い人々〉の行商人を介して接触してきたという。
その龍神のお告げの内容は秘匿され、部族の一部の者だけが知ることが許されていたので、ハッキリとしたことは分からないが、部族の運命を決定づけるような極めて重要な出来事に関係しているという。月隠においても、そのお告げの内容について議論が交わされたが、朧月家の巫女からもたらされた情報を無下にすることはできない。
そこで密使が派遣されることになったのだが、どういうわけか照月家のお姫さまがやってきた。それがお告げの内容に関係しているのかは分からなかったが、事態を重く見たウアセル・フォレリは、聖地で重要な手掛かりを得た守人を彼女に紹介することにした。
もちろん、アリエルが保護していた龍の秘密は打ち明けてはいなかったが、お告げでは守人のことが語られていたのか、照月家の密使は守人との会合に参加すること、そしてかれらの信頼を得るために、彼女が始祖であるという事実を公表することを了承してくれた。
ウアセル・フォレリの話に耳を傾けていたアリエルは、ノノから似たような話を聞いていたことを思い出していた。女神からお告げがあり、それは豹人の運命を左右するような出来事だと聞かされていたと。土鬼も神からのお告げを受けていた。なにか差し迫った事態が起きているのかもしれない、それも神々だけが知り得ることのできる大きな問題が。
ルズィは照月家の始祖が持つ能力について訊ねたが、それは要領を得ない回答だった。始祖として当然の説明だった。他人に能力をひけらかすのは愚か者のすることだ。しかしそれでは話が前に進まない。
「それなら――」と、ルズィは武者からの鋭い視線に物怖じせずに訊ねた。
「お姫さまはその力を使って、どうやって俺たちに協力するつもりなんだ」
彼女は冷たい眼差しでルズィを睨みながら、氏族と龍の親和性について簡単な説明をしてくれたが、やはり血筋が大きく関係しているようだった。そして彼女の能力の一端を使うことで、龍と会話ができるかもしれないと教えてくれた。
「あの小さな龍が、人の言葉を理解できるとは思えないけど」
彼の疑問に答えたのはウアセル・フォレリだった。どうやら龍の幼生と話をするのではなく、あの龍を探している別の個体と直接会話ができるかもしれないとのことだった。
アリエルはすべての龍が〈神々の奇跡〉に匹敵する呪術によって、精神的な深い繋がりを持つことは知っていた。その真偽は別にして、龍との会話ができると言うのなら、それは試す価値のあることなのかもしれない。龍は森の外に生息している。もしかしたら、森の外に出るための手掛かりを掴めるかもしれない。
そして龍神を信仰する一族がついていれば、龍の逆鱗に触れることもないだろう。
「その能力は、ここでも使えるのか?」
ルズィの質問に答えたのは大太刀を手にした大男だった。
「龍に触れる必要がある」
「触れる? いったいどうしてそんなことを知ってるんだ?」
大男は質問に答えなかった。
「舌を失くしたらしいな。けどちょうどいい。あんたはここで留守番だ。龍の子に会えるのは、そこのお姫さまだけだ」
「我々は姫の側を離れない」
「いいや、離れるんだ。お前たちは目立ち過ぎる。土鬼の武者を連れてぞろぞろ歩くつもりはない。でも安心しろ。お姫さまの護衛には守人をつける」
大男は彼のことをギロリと睨み、それからウアセル・フォレリに視線を向けた。
「ご安心を」と、青年はいつものやわらかい笑みを浮かべる。
「この村で彼女に――というより、守人に手を出す者はいない」