表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第二章 守人
37/499

17


 ウアセル・フォレリは親友と土鬼(どき)の若い女性の間に秘め事があることに気がついていたが、今は親友を揶揄(からか)うことよりも、話し合わなければいけない大切なことがあった。

「西部一帯を支配している〈月隠(つきごもり)〉と呼ばれる部族のことは知っているかい?」


「聞いたことがあるよ」と、アリエルは若い女性を見つめながら言う。「西部地域で軍事的支配権を確立しようとする首長の軍団と、月隠(つきごもり)を名乗る部族が交戦状態になっていると」

「そう。戦闘は長いこと膠着状態に(おちい)っているけど、その解釈で間違いないよ」


「それで」と、ルズィは土鬼(どき)の大男を(にら)みながら言った。「その月隠(つきごもり)は、こいつらと何の関係があるんだ。まさかその美人が月隠(つきごもり)のお姫さまとか言わないよな」

 ウアセル・フォレリは肩をすくめる。

「勘が冴えてるな。彼女は西部地域を支配する三大家紋のひとつ、〈照月家〉のお姫さまだ」


 アリエルはちらりと大男の陣羽織に視線を向けた。太陽を示す旗印だと思っていた刺繍は、どうやら血の赤に染まる月の模様だったようだ。それは勇猛な一族として知られた土鬼(どき)の武者が背負うに相応(ふさわ)しい旗印なのかもしれない。


 ルズィは大きな溜息をついた。

「てことは、そいつらは首長と対立する組織の幹部なんだな。……クソ、そいつはマズいな。ここに組織の幹部が来ていると知られたら大変なことになるぞ。いや、違うな。今は考えることが他にもある」


「たとえば?」

 ルズィは探るような目つきでウアセル・フォレリを見た。

「そいつらは俺たちを利用して、首長を攻撃しようとしているんじゃないのか?」


「たしかに僕たちの計画が上手(うま)くいけば、月隠(つきごもり)の戦力は強化されるかもしれない。でも、それが僕らと(なん)の関係があるっていうんだ?」

「なんのって――」


「いいかい」ウアセル・フォレリは彼の言葉を(さえぎ)る。「あの好戦的な首長と僕らは必ずどこかで対立することになるんだ。それならいっそのこと、僕らは戦いに備えておくべきだとは思わないか?」


「どうしてそうなる」と、ルズィは反論する。お前は物事を複雑に考え過ぎているんじゃないのか」

「それがなんであれ、僕らは真剣に考えるべきなんだよ。首長は北部や西部に手を出し、果ては南部の支配も目論んでいる。これは考え過ぎなんかじゃないさ」

「だからって守人を排除する説明にはならない。そもそも混沌の脅威から人々を守る組織を潰して首長になんの(とく)があるんだ」


「それは権力者たちが考えるべきことだ。でも……そうだな。僕だったら目障りな組織を潰して、代わりに自分の――信頼できる軍団に、混沌を監視してほしいと思うけどね」

「守人の忠誠心を疑っているのか?」

「いいや、君たちが森の全部族民に対して持っている忠誠心は疑っていないだろう。でも首長は、その忠誠心が自分ひとりに向けられるべきモノだと考えているはずだ」


「どうしてだ。お前は首長の(なに)を知っているんだ?」

 ウアセル・フォレリは肩をすくめた。「首長は、君たち〈境界の守人〉が衰退(すいたい)の一途をたどる組織だということを知っている……いや、それは誰の目にも明らかだ。でもとにかく、かつての偉大な組織を潰し、それに取って代わる機会でもある。そして部族を守護するという名誉は、かれの地位を不動のモノにするだろう」


 青年は唇を舐めて、それから続けた。

「首長という肩書は、それを手にした者に複雑で奇妙な作用を及ぼすモノなんだ。首長はこれまで守人に親切だったのかもしれない。でもその一方では、東部の各地域を支配してきた部族の人々を虐殺し、族長を(ひざまず)かせ、服従させた部族から女や子どもを奪い部下に与えてきた。それなのに、どうして守人だけには親切であり続けると思うんだい?」


 ルズィは顔をしかめた。

「お前の言いたいことは分かるよ。でも――少なくとも今は、首長の標的は守人じゃないはずだ。それなのに、俺たちが月隠(つきごもり)と手を組んでいると知ったらどうなると思う? 問題はより複雑になるんじゃないのか。首長は軍を(よう)しているんだ。それも今まで東部では見られなかった大規模な軍だ」


「だからこそ話し合いの場を(もう)けたんだ。僕が彼女たちに秘密を打ち明けるのかは、君たちが判断することだからね。でもこれだけは忘れないでくれ、首長は残酷な人だ。そうでなければ、東部の全部族を支配するなんてことはできなかったんだから」


「こいつは俺たちの手に負える問題じゃない。砦にいる大将とも話し合うべきだ」

 ルズィの言葉にウアセル・フォレリは頭を横に振る。

「残念だけど、君たちの総帥はすでに首長の傀儡(かいらい)に成り下がった」


 それまで押し黙って話を聞いていたアリエルも、さすがに親友の物言いに反応して頭に血がのぼるのを感じた。けれど同時に、頭の冷静な部分では親友の言葉がある意味では正しいと理解していた。


 父親代わりでもあり、かつての偉大な戦士は、日々の任務と重責で疲れ切っていた。そして自分が尽くしてきた組織と、砦で過ごしてきた日々を――それがたとえ嘘だと知っていても、これまでの戦いに何らかの意味があるのだと信じる必要があった。その日々を無意味なモノにしないためにも、彼は守人を支援してきた首長との関係を優先するだろう。


 そしてその関係は、首長にとって〝守人が必要であるかぎり〟続いていくのだろう。でも、そのあとは? 首長が我々を必要としなくなったとき、かれはどう動くのだろうか。


 アリエルの感情の揺らぎによって無意識に放出された力の影響で、空間が(かす)かに震え、天井を支える(はり)(きし)む音が聞こえた。土鬼(どき)の大男は混沌の気配と共に全身の鳥肌が立つのを感じると、戦闘に備え腰を落とした。その大男からの攻撃に対処するため、ルズィとベレグは椅子を蹴って立ち上がる。


 その間、ウアセル・フォレリはピタリと口を閉じ、どこか悲しげな表情で親友を見つめていた。結局のところ、彼にとって大切なのは親友のアリエルで、守人という組織の行く末にはこれっぽっちも興味がなかった。人々が混沌の脅威に(さら)され、(おび)えながら生活していたのは過去の話だ。首長が守人に取って代わろうとするのなら、勝手にすればいい。


 不意に混沌の気配が消えると、土鬼(どき)の戦士は困惑の表情を浮かべる。

「彼女は――」と、アリエルは照月家の美しい女性を見ながら静かな声で言う。「月隠(つきごもり)は俺たちにどんな助力ができるんだ?」


 ウアセル・フォレリは土鬼(どき)の顔色を(うかが)いながら言った。

「古来〈龍神〉を信仰し、武家としても名高い照月家のお姫さまは〝始祖〟と呼ばれる能力者のひとりだ。神々の奇跡に近い能力を使い、この状況を打開する。でもそれには、君の支持が必要だ」


 青年の深紅(しんく)に輝く眸を見た土鬼(どき)の大男は警戒する。かれはアリエルの身に宿る恐怖の根源とも呼べる得体の知れない存在に気がつき、言い知れない不安を感じていた。すぐ(そば)で不可視の存在に――己を容易く殺せる存在に見つめられているような、そんな奇妙な感覚が残っていて、それが不快でたまらなかった。


 そうとは知らず、アリエルは照月家の武者たちを見つめ、それから美しい女性に視線を戻した。彼女と目を合わせない選択肢も存在していたが、どこを見ていたにせよ、すでに彼女の(とりこ)になっていた。それなら我慢する必要はないだろう。


 それから青年はじっと思考する。自分が森の外に(いだ)いていた希望や目的を思い出していた。それが容易なものではないことも分かっていた。でもだからといって(あゆ)みを止めるわけにはいかない。青年は義兄弟(きょうだい)たちと顔を合わせ、それから決心したようにウアセル・フォレリの顔を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ