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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編
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 石柱に触れていると、アリエルは自らの呪素(じゅそ)がゆっくり吸い込まれていく奇妙な感覚を覚えた。青年の周囲には、まるで古代の呪術が目覚めるように、石柱の表面に刻まれた模様が淡い光を放ちながら浮かび上がるのが見えた。それらの模様は空中で変化していき、光で形作られた地図を表示する。


 立体的に投影される地図には複数の点が瞬いていて、〈空間転移〉が可能な地点を示していた。青年はその中から、拠点でもある〈境界の砦〉の近くにある〈転移門〉に意識を集中した。


 すると地図は拡大表示されながら、目標地点に向かって移動していく。しかし砦の近くにある〈転移門〉は沈黙していて、転移可能なのかを示す点は黒く染まっていた。


 アリエルは意識を集中させながら、神々の時代の遺構でもある〈転移門〉と意識をつなげていく。それは、青年が〈死者の影〉を捕えている暗く淀んだ暗黒――あるいは〝幽界〟とも呼べる世界とつながる感覚に似ていた。


 その真っ暗な世界で、支流が本流に合流するように、複数に分かれていた呪素の流れをつなげていくと、地図上の点が徐々に白く染まっていく。それは石柱が彼の呪力に反応している証拠でもあった。遠く離れた〈転移門〉とのつながりが形成されると、直感的に〈空間転移〉が可能になったことが分かった。


 空中に投影された光の地図に見入る職人たちの不安げな視線を背後に感じながら、アリエルは無言で〈転移門〉を操作していく。すると突然、大気を引き裂くような甲高い音が辺りに響き渡り、その音とともに門の内側に異様な(ゆが)みが生じていく。静寂を引き裂く音に、その場にいた全員が驚いて嫌な緊張感が広がる。


 空間に生じた亀裂からは、膨大な瘴気が渦巻くように溢れ出す。濃密な瘴気は大気そのものを揺らし、周辺一帯に不気味な圧力をもたらした。しかし、その不穏な気配もすぐに鎮まり、門の内側に鏡面のような薄い膜が形成されていく。その膜の表面には、〈獣の森〉にある遺跡の光景が映し出されていた。


 あちら側の門が設置されている遺跡が見えているのだろう。その薄い膜を通して、現実と幻想の境界が曖昧になっていくような不思議な感覚を抱く。


 沈黙していた〈転移門〉が再び機能するようになると、その場にいた職人たちから驚きと戸惑いの声が漏れた。誰もがその門が動くことを期待していなかったのだろう。しかし、目の前で起こった不可思議な現象は疑いようもなく現実だった。


 門から溢れ出す瘴気は、これまでに経験したことのないほどの不吉なものだった。荷車を引いていたヤァカたちは、その異様な気配に敏感に反応し、怯えたように耳を伏せて蹄で地面を踏み鳴らす。労働者たちも〈古墳地帯〉に連れてこられたときに、すでに〈空間転移〉を経験していたが、それでも瘴気に満ちた〈転移門〉が恐ろしかったのだろう。


 しかし呪われた都市遺跡に留まることはできない。時間が経てば経つほど、都市を徘徊する怨霊や屍食鬼(グール)に襲われるかもしれない。職人たちの不安を感じ取ったアリエルは、門の安全性を証明するため、自らが最初に門を通るべきだと考えたが、ヤシマ総帥とザリがその役割を進んで引き受けてくれた。


 ふたりの足が膜に触れると、まるで水面に石を投げ入れるように、膜の表面が微かに波打つのが見えた。そのままふたりは膜の向こう側に消えていく。職人たちは息を詰めて見守る。そして次の瞬間、門の向こう側に立つ総帥とザリの姿が見えた。職人たちは安堵の息を漏らし、〈転移門〉を通過する準備を進める。


 呪素を消失させる金属の棒が積み込まれていた荷車を引くリワポォルタは、門の呪力が消え去るかもしれないと考えて、門に近づくことを躊躇していた。しかしアリエルと視線を合わせたあと、ポォルタは勇気を振り絞って門に近づいた。


 蜥蜴人の心配を余所に、〈転移門〉が金属の影響を受けることはなかった。その様子を眺めていた職人たちも驚きを隠せなかった。あの忌まわしい金属ですら、〈転移門〉の膨大な呪力の前では無力だったのだ。


 それから職人たちは〈転移門〉に近づくと、鏡面めいた薄膜のなかに次々と飛び込んでいく。広場に静寂が戻る。職人たちや労働者たちの姿はなく、そこに残されていたのはアリエルとシェンメイだけだった。ふたりは広場の隅々まで目を凝らし、誰一人として取り残されていないことを確認していく。


 それが終わると、アリエルは再び石柱の前に立ち、操作盤に手を伸ばした。冷たく硬い石柱に触れると、彼は集中して呪素を流し込んでいく。〈転移門〉の機能を制限し、再び起動する際には自分の呪素にしか反応しないように操作していく。それは、都市遺跡の〈転移門〉が再び危険な勢力に利用されないための予防措置でもあった。


 石柱の表面に刻まれた古代文字や模様が淡い光を放ち始めた。それはまるでアリエルの意図を理解し、彼の意思に応じているかのように明滅する。青年のそばにはシェンメイが立っていて、周囲に目を配り、しっかりと護衛の役目を果たしていた。いつ何時、化け物が襲いかかってくるのか分からない状況で、彼女の存在は心強かった。


 やがて操作が完了すると、アリエルは最後の仕上げに取りかかった。ふたりが通過した後に門の機能が完全に停止するように操作していく。これにより、〈古墳地帯〉から危険な骸骨兵や屍食鬼が門を通ってくる心配もなくなる。


「やっと準備が整った……」

 青年の言葉には自らの責任を果たした安堵感と、少しばかりの疲労が滲んでいた。


「なら、私たちもさっさと移動しよう」

 シェンメイも安堵しているようだったが、それと同時に、この都市から早く離れたいという焦燥感も抱いているようだった。


 空間の歪みの前に立つと、アリエルはそっと背後を振り返った。この都市遺跡での戦い、苦難、そして犠牲――すべてが頭の中を駆け巡った。しかし、それも今や過去のことだ。彼は決然とした表情で前を向き、臆することなく一歩を踏み出した。


 薄膜が青年の身体を包み込み、一瞬の無重力感のなかに放り込まれる。視界が歪み、音が遠のいていく感覚に包まれながら、彼は深い闇を抜けていった。


 つぎに青年が目を開けたとき、彼は砦近くの遺跡に立っていた。周囲にはすでに転移を終えた建設隊の職人やヤシマ総帥の姿が見られた。彼は無事に転移できたことを確認すると、こちら側に設置されていた石柱に近づき、〈転移門〉を完全に停止させた。


 危険な〈古墳地帯〉から脱出できたことに安堵していたが、その気持ちは長続きしなかった。この場所にも別の脅威が潜んでいることを、青年は本能的に感じ取っていた。無闇に歩き回ることは命取りになるだろう。


 ヤシマ総帥もこの状況を理解していて、すでに〈念話〉を使い砦にいるルズィと連絡を取り合い、現在の状況を確認していた。アリエルは総帥の表情を読み取りながら、彼から指示が下されるのを待っていた。会話の詳細までは分からなかったが、総帥の穏やかな表情から、ひとまず周囲に敵はいないと判断した。


「砦に向かうぞ」

 ヤシマ総帥が静かに命じると、職人たちは素早く動き始めた。


 枝葉を揺らす風は冷たく、何か不吉なものを運んできそうだった。建設隊の面々は不安そうに周囲を見回しながらも、混沌の化け物が徘徊する〈獣の森〉に足を踏み入れていく。荷車を引いているので移動経路は限られていたが、それでも数時間ほどで砦にたどり着けるだろう。


 砦の近くまでやってきていた敵部隊の多くが、すでに兄弟たちの手で壊滅していたことに気づいていたが、それでもアリエルは警戒心を解くことができなかった。危険な〈古墳地帯〉を離れたばかりで、まだ気持ちが(たかぶ)っていた所為なのかもしれないが、ここまで来て油断するわけにはいかなかった。

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