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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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76〈蜥蜴人・水豚〉


 廃墟の薄暗い出入り口に視線を向けたあと、アリエルは牢に収監されていたヤシマ総帥に視線を戻した。そして不安を押し込めるように、青年はゆっくり深呼吸する。総帥をこのまま置き去りにするのは気が引けたが、牢につながれていたのでどうすることもできなかった。


 建設隊の野営地を教えてくれた蜥蜴人も、ひどく寒いと言ってその場に留まることを選択した。蜥蜴人にしてはめずらしく、戦闘訓練を受けていないと言っていたので無理に連れて行くことはしなかった。


 廃墟を出る前に蜥蜴人から茶色に染色された部隊章を手渡された。手触りはやや粗く、白銀の糸で建設途中の塔が精密に刺繍されていた。蜥蜴人が言うには、その部隊章は〈建設隊〉の一員である証であり、偽造できないように職人の呪素(じゅそ)が織り込まれているのだと説明してくれた。


 その部隊章を野営地にいる彼の仲間に見せることで、我々が敵ではないと信用してもらえるのだという。


「これを見せるだけでいいのか?」

 疑問が浮かぶ。死体から奪っても建設隊の人間を簡単に騙せるのではないのか?


 アリエルの質問に彼は欠伸を噛み殺しながら答えてくれた。どうやらその部隊章には、彼自身の呪素が込められているのだという。そして本人でなければ呪素を流し込むことができない特殊な仕様になっているので、たとえ部隊章を奪われたとしても、それが悪用される心配はないのだという。


「ぞれに――」と亜人は毛皮に包まりながら言う。

「もう〈念話〉を使っで職人仲間ど連絡を取っだんだ。だがら、君だちが迎えに行くごとも知っでいる。その部隊章は、僕が君だちを信頼しているどいう証でもあるんだ」


 彼が〈念話〉を使えるのに、わざわざ声を発して苦手な共通語で話す理由は分からなかったが、もしかしたら建設隊のなかに〈念話〉を使えない人間がいるのかもしれない。だから誰とでも意思疎通ができるように、声を発して話せるようにしているのかもしれない。


「ぼ、僕の名前は『リワポォルタ』古い言葉で水豚を意味するんだ」と彼は名乗った。その言葉を聞いたアリエルは、川のほとりや湿地帯でのんびりと草を食む大人しい動物の姿を思い浮かべた。水豚はネズミの一種に分類される大型の草食動物で、数が多く手軽に狩りができ、味も豚肉に似ているため古くから部族の間で食用にされてきた生物でもある。


「仲間だちは、親しみを込めで『ポォルタ』っで呼でくれるんだ。君だちも、ぎっど僕の友達だちだがら『ポォルタ』っで呼んでいいよ」


 本当に親しみを込めてそう呼ばれていたのかは分からなかったが、ポォルタから受け取っていた小さな部隊章を見つめたあと、青年は頭を下げて感謝する。そのさい、小さな声で祈りの言葉を口にする。


「森の神々がいつでもあなたのことを気遣い、見守っていてくださるように――」

 それからシェンメイを連れて建設隊の野営地に向かうことにした。


 いろいろと不安だったが、この都市遺跡から脱出するためにも建設隊の助けがどうしても必要だった。青年はヤシマ総帥に向かって軽く頭を下げてから、彼女を連れて廃墟をあとにした。


 ちなみに、ヤシマ総帥の牢獄として利用されていた廃墟には戦士長の結界は張りめぐらされていなかった。しかし呪力を封じる特殊な黒鉄を嫌うのか、怨霊が廃墟に侵入することはなかった。それは興味深い現象だったが、ゆっくり検証している時間はなかった。砦にある書物を読めば、なにか分かるかもしれない。


 いずれにせよ、目指すべきは都市の北西にある建設隊の野営地だった。彼らが無事でいてくれることを祈りながら、ふたりは慎重に廃墟が連なる通りに足を踏み入れた。


 薄暗い通りに出ると冷たい風が荒廃した通りに吹き抜けていき、何かが焦げた臭いと、腐食した金属にも似た臭いを運んできた。突風は陰鬱な(うな)り声のように響き渡っていた。路地に立ち込める暗闇からは、怨霊の呻き声が聞こえてくる。それはまるで、都市遺跡を支配する怨霊が自分たちの存在を誇示しているかのようだった。


「行こう」と、アリエルはシェンメイに声をかけた。

 不安そうに暗闇を見つめていた彼女はうなずくと、言葉を交わすことなく、黙々と青年の後に続いた。


 ふたりの足音はほとんど無音に近かった。冷え切った空気は肌を刺すように冷たく、多くの人々で賑わっていたであろう通りは静寂に包まれ、かつての面影は微塵も残されていなかった。


 その通りの両側には倒壊した建物の瓦礫(がれき)が積み重なり、荒れ果てた石畳は雑草に埋め尽くされていた。傾いた柱や倒壊した壁の向こうには、漆黒の影をまとった怨霊が潜んでいて、まるで監視者のようにふたりの様子を(うかが)っていた。


 ある通りでは、幼い弟の手を握る少女の怨霊の姿を目にした。狭い路地の入り口に立っていた少女の半身は焼け(ただ)れていて、頭部は禿げあがっていた。彼女の手を握る幼い子どもの両目はくりぬかれていて、暗い眼窩(がんか)から涙のように血が滴り落ちていた。


 その少女の怨霊に襲われたであろう戦士たちの死体がそこかしこに横たわっていたが、奇妙なことに、都市に潜む怨霊たちは死体にまるで興味を示していなかった。やはり〈古墳地帯〉で見られる幽鬼や亡霊と異なる存在なのかもしれない。


 アリエルたちは〈屍食鬼(グール)の遺灰〉のおかげで怨霊に襲われることはなかったが、それでも油断はできなかった。ふたりと同じように、怨霊の攻撃を避けるために何らかの道具を使って襲撃を生き延びた者たちがいるかもしれない。ふたりは周囲に警戒しながら、足音を殺して進んだ。


 暗がりから鋭い矢が飛んできたのは、赤子を抱いた女性の像が立つ十字路に差し掛かったときだった。音もなく放たれたその矢は、アリエルのすぐ横をかすめて、廃墟から突き出していた樹木に突き刺さった。瞬間的に〈矢避けの護符〉の効果が発動し、暗がりから射られた矢を無力化したのだろう。


 アリエルとシェンメイは素早く彫像の陰に身を隠すと、〈気配察知〉を使い、目に見えない射手の居場所を探った。薄暗い廃墟の通りに目を凝らすと、遠くに微かな動きが見えた。射手が潜んでいるのは、通りの反対側に面した倒壊しかけた建物の上階だった。


 敵の位置が分かると、ふたりは視線だけで合図を交わし、〈(つぶて)〉の呪術で射手を牽制しながら建物に接近する。そして暗闇に紛れるようにして姿を隠し、息を潜めながら廃墟の中に潜り込む。そして敵に気付かれる前に一気に接近し、背後から無防備な射手を襲撃した。弓を手にしていた蛮人は反撃する間もなく地面に倒れた。


 シェンメイも階下に潜んでいた戦士を排除することに成功していた。どうやら彼らは建物のあちこちに〈浄化の護符〉を貼り付けることで、怨霊の攻撃を(しの)いでいたようだ。


 そのまま隠れていれば良かったが、半裸の女性が歩いてくるのを見て、つい手を出してしまったようだ。アリエルさえ排除できれば、シェンメイをモノにできると考えていたのだろう。残念なことに、シェンメイは彼らよりも遥かに優れた戦士であり、アリエルに対する奇襲が成功していたとしても、彼らの望みが叶うことはなかった。


 厄介な射手を始末して、矢や護符などの消耗品を手早く回収したあと、ふたりは移動を再開した。霧が立ち込め、薄暗く陰鬱な雰囲気が漂う迷宮じみた廃墟の通りを歩いていると、ふたりの前に建設隊の野営地らしきものが見えてきた。


 遠くからでも感じとれる結界の存在が、周辺一帯から怨霊を遠ざけていたのだろう。焚き火の暖かな光が広場の中心でちらちらと揺れ、その周囲では緊張した面持ちで焚き火を囲む人々の姿が見られた。


 建設隊の大部分を占めるのは、粗末な作業服を身にまとった人間と豹人の職人たちだった。それぞれが刃物を身につけていたが、それは戦闘のための武器というよりは、作業のための道具に見えた。


 木箱が積まれている場所には、槌や鋸、それに鉤縄など大量の道具が置かれていた。周囲には警備を担う人間もいたが、戦闘に不慣れな者たちであり、その手に握られた武器は身を守るための最低限のものでしかなかった


 焚き火のすぐ近くにうずくまる蜥蜴人の姿も確認できた。彼らは寒さをしのぐために、毛皮や毛布に包まり身体を暖めていた。その焚き火を囲むように、いくつかの簡素な天幕が張られていて、そこからも篝火の光が漏れ出していた。


 ポォルタが話していた建設隊の野営地で間違いないだろう。アリエルとシェンメイは職人たちを刺激しないように武器を収めると、ゆっくりと野営地に近づいた。

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