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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 篝火の炎が揺らめくなか、傭兵たちは蜂蜜酒を酌み交わしながら話を続けていた。話題は戦場での武勇伝や、〈古墳地帯〉に潜む幽鬼についてだった。傭兵のひとりは墓所の探索をするべきだと仲間たちに提案し、別の傭兵はソレを否定した。凍えるような冷たさのなかで死にたくないのだという。


 アリエルとシェンメイも会話に混ざりながら、傭兵たちから総帥の情報が()きだせないか考えていた。そこで、ふと彼らに質問を投げかけることにした。「どうしてこの戦に参加しているんだ?」その問いに対し、傭兵たちは一瞬互いの顔を見合わせ、やがて誰からともなく答えが返ってきた。


「金払いがいいからさ」

 ひとりの傭兵が皮肉混じりに笑いながら言った。彼の言葉に他の者たちもコクリとうなずいた。戦いに身を投じる理由として、金は確かに魅力的だったし、充分な動機になった。


 すると別の傭兵が篝火に顔をしかめながら静かに続けた。

「でも、それだけじゃないさ。全員が金目当てってわけじゃない。戦いが部族のすべてで、(いくさ)に参加することでしか日々の糧を得られない連中もいれば、部族から追放され、生きるため仕方なく戦に参加する連中もいる」


「ある部族の連中は――」と、別の傭兵が低い声で(ささや)くように話し始めた。「金以外の別の目的があるみたいだ。どうやら敵が支配する砦の地下にある遺跡を手に入れようとしているらしい。あそこには何か、とんでもない力が眠っているとか、そんな与太話を信じてるんだ」


 アリエルは思わず眉をひそめた。

「敵っていうのは、守人のことか?」


「ああ、そうだ。それで砦っていうのは、あの有名な監獄砦のことだ。あそこに送られたら最後、生きて戻ってこられるやつはいない。年寄りの呪術師連中は、部族のために立派な仕事に就くとかなんとか言うが、あれは死刑宣告に等しい」


「実際のところ」と、別の傭兵は折れた歯を見せながら笑う。

「あそこに送られるのは犯罪者どもだけだしな」


 わざわざ反論するのも馬鹿らしいと思ったのか、アリエルは何も言わなかったが、気になったことについて質問することにした。

「その地下にある遺跡っていうのは?」


「さぁな、俺たちも遺跡については詳しく知らない。ただ、その部族の連中が言うには、そこには世界を変えるとてつもない力が封印されているって話だ。何か強力な呪術か、それとも神々が遺した武器か……どうせ、現実にありもしないモノなんだろうよ」


 その言葉にアリエルは深く考え込むように沈黙した。篝火の炎が彼の顔に影を落とすと、その表情は一層険しくなったように見えた。


「いずれにせよ、あいつらは危険な集団だ」もうひとりの傭兵が言葉を足した。「あれだ、狂信者ってやつだな。やたらと遺跡に執着してる。俺たちも、できる限り連中に関わらないようにしてるのさ」


 本当に興味がないのか、傭兵たちはすぐに別の話題を口にする。女戦士を寝床に誘うにはどうすればいいのか、といったことを真剣に話し合っていたが、アリエルは心の中で警戒心を強めつつ、シェンメイと目を合わせた。


 傭兵たちの笑い声が聞こえるなか、不安の影は消えなかった。敵対する部族が追い求める遺跡、それが〈奈落の底〉に存在する都市遺跡だとすれば、事態はより深刻になるかもしれなかった。そしてその不安は徐々に確信に変わりつつあった。


 突然、重たい足音が近づいてきた。辺りがざわつき、篝火の炎が微かに揺れる。すると毛足の長い灰色の体毛に包まれた大柄な豹人が姿をあらわした。彼の片耳はなく、首筋には深い傷痕が刻まれていて、そこだけ体毛が生えていなかった。彼は獣めいた大きな眼で傭兵たちを睨んだあと、鼻をひくつかせながら険しい表情で近づいてきた。


 そして傭兵は立ち止まると、シェンメイが化けている男にじっと視線を据える。『血の臭いがする……』彼の低い唸り声が場を支配する。篝火の炎が傷痕を照らし出し、その威圧感が一層強まった。


 一瞬、嫌な緊張が走る。アリエルは冷静を装いながら、いつでも〈収納空間〉から武器を取り出せるように準備する。すると別の傭兵が面倒くさそうに口を開いた。「きっと野犬のせいだ」彼はそう言いながら、暗がりに潜んでいた野犬の群れに目を向ける。


 それから彼は手元にあった塩漬け肉を野犬たちに向かって投げつけた。肉の臭いに引き寄せられた野犬は一斉に飛びかかり、地面に落ちた一切れの肉を奪い合い始めた。喧嘩が激化し、犬たちの唸り声で騒がしくなる。


 すると別の傭兵が瓦礫(がれき)の破片を手に取り、容赦なく野犬たちに投げつける。破片が地面で砕ける鈍い音が聞こえると、野犬の群れは一斉に散り、ふたたび暗闇の中に消えていった。豹人はその様子をじっと見つめたあと、ゆっくりと目を細めて篝火に背を向け、静かにその場を離れていった。


「陰気な毛玉野郎だ」

 傭兵は舌打ちしたあと、仲間と冗談を言い合って笑い声を上げた。場の緊張が解けていくと、アリエルはシェンメイを連れてその場から離れた。じっとしていたら、彼女の〈擬態〉が露見する可能性があった。


 篝火の暖かさと傭兵たちの喧騒をあとにして、アリエルとシェンメイはそっと立ち上がり、都市遺跡の中心部に向かって歩き出した。微かな月明りのなか、彼らの足音はぬかるんだ地面に吸い込まれ、静かな緊張感が辺りを包み込んでいた。


 茂みをかきわけながら広場に近づくと、重厚な石造りの門がふたりの視界に入ってきた。その門は通常の建築物とは明らかに異なり、鳥肌が立つような異様な気配を放っていた。


 門の表面には複雑な模様が刻まれていて、それらが微かに輝いていることに気づいた。目を凝らすと模様の隙間から薄青い光が漏れ出していて、門全体が呪力を帯びていることが感じ取れた。


 間違いない、あれは〈転移門〉だ。アリエルはすぐにそれを理解した。神々の技術によって造られたこの門は、瞬間的に別の場所へと移動する力を持つ門だった。その呪力の波動は、微かな振動となって大気を伝い肌にとどいていた。


 その〈転移門〉のそばには数人の呪術師が集まっていた。彼らは一様に疲れ果てた様子で、額には冷や汗が浮かんでいる。呪術師たちは焦燥感に満ちた表情をしていて、門のそばに立つひとりの戦士から激しく罵倒されていた。彼の声は怒りに震え、その厳しい表情からは苛立ちが見てとれた。


「お前たちは一体何をしている! なぜ前哨陣地に移動できないんだ!」

 戦士の怒号が夜の冷たい空気を切り裂くように響き渡った。呪術師たちは怯えたように縮こまりながら、何度も呪力を送り込むが、門は依然として沈黙を保ったままだった。


 アリエルが以前、別の陣地にある〈転移門〉を封鎖したことが功を奏したのだろう。そのため、門が機能不全に陥っているに違いない。呪術師たちはその原因を突き止められず、ただ無力に立ち尽くすしかなかった。


 責任者と思われる大柄な戦士は憤怒に駆られたようにその場に立ちすくんでいたが、とうとう彼の怒りは近くに立っていた年老いた呪術師に向けられた。近づいてくる戦士に対して何もできずにたじろぐ老人を目にすると、戦士は容赦なく腕を振り上げ、老人の顔に拳を叩き込んだ。


 乾いた音が広場に響くと、老人は地面に崩れ落ちた。しかしそれでも戦士の怒りは収まらず、倒れた老人の腹部を執拗に蹴り続けた。呪術師の身体がうずくまり、息も絶え絶えに呻き声を上げるが、しだいにその声もかすれ、やがて静寂が広がった。老人は意識を失い、地面に血がじわりと染み出していた。


 周囲に立っていた呪術師たちは、その光景をただ無言で見つめるだけだった。彼らの顔には恐怖が浮かんでいたが、それ以上の反応は見られなかった。彼らは戦士に立ち向かうどころか、一歩も動こうとしなかった。


 呪術師たちが力を合わせれば、あるいは戦士を殺せたのかもしれないが、他人に支配されることを受けいれるということは、そういうことなのだろう。誰もが怯えたように動こうとしなかった。思考停止し、反抗することなど考えもしない。


 シェンメイは目の前で繰り広げられている光景を冷静に見つめながら小声で言った。

「あれが結界を張っている呪術師だよ」


 アリエルは眉をひそめ、蹴られていた老人に視線を向ける。

「無抵抗で殴られているやつか?」


「違う。殴ってるほうだよ」

 筋骨隆々の大男で、動物の毛皮を身にまとっていた。その姿は典型的な蛮族の戦士に見える。だが、どうやらその野蛮な大男が呪術師のようだ。


「なら、やつを捕らえて質問するか」

 アリエルは冷静に判断を下した。総帥の居場所を聞き出すために、まずはこの男を抑える必要がある。もし運が良ければ、彼が使用している結界を張るための呪術器も破壊することができるかもしれない。だが、強力な戦士を相手にするのは容易なことではないだろう。ふたりは慎重につぎの行動について考え始めた。

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