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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 アリエルたちはすぐに戦闘の準備に取り掛かる。気持ちを落ち着かせるように深呼吸し、洞窟に漂う冷たい空気で肺を満たす。いくつかの護符を取り出し、身体に押し当てながら呪素(じゅそ)を流し込んでいく。〈矢避けの護符〉が青い炎に包まれながら灰に変わっていくと、身体を包み込むように、やわらかな風が吹いていくのが分かった。


 短時間だったが防御力や身体能力を強化する護符も使用し、その効果が全身に行き渡るのを待った。その静寂の中、篝火の炎が揺れて無数の人影が踊るように動くのが見えた。炎が戦士たちの顔を赤く照らし出すと、その目に宿る狂気を垣間見ることができた。〈転移門〉の前で得体の知れない呪文を唱える呪術師が影響しているのかもしれない。


 広大な空洞の中心に立つ環状遺物――〈転移門〉から溢れ出る膨大な呪素が渦を巻きながら周囲の瘴気を濃くしていくのが感じられた。その門の内側では空間の(ゆが)みが生じていて、別の〈転移門〉につながる道が開かれている。そこから次々と戦士たちが姿をあらわし、こちら側にやってきていた。


 百を超える戦士たちの重々しい足音が洞窟内に響き渡り、その音がアリエルたちの心臓の鼓動と重なる。蛮人は鋭い武器を手にし、血に飢えた目で周囲を睨んでいる。人の頭骨や動物の毛皮で着飾った野蛮な集団は、これまでの相手と異なり、戦い殺すためだけに集められた恐れを知らない狂戦士でもあった。


 アリエルたちは息を潜めながら戦いの準備を整えていく。ノノとリリは体内の呪素を練り上げながら、敵の呪術師に察知されないよう慎重に呪術を準備していく。すでに〈呪霊〉は消滅していたので、攻撃のための呪術に専念するだけで良かった。血液と一緒に全身をめぐる呪素を繊細に操作しながら、そのときがくるのを静かに待つ。


 異様な雰囲気のなか、呪術師がふたたび奇妙な呪文を(とな)えるのが聞こえた。邪悪な響きを含んだ声が洞窟内に反響し、呪力の渦がさらに強まる。アリエルたちは緊張感に包まれながら、静かに移動しながら敵部隊に接近していく。洞窟の地形を利用し、高台から一気に攻撃を仕掛けるつもりだった。


 岩陰に身を隠し、冷たい石壁を背にすると一瞬の静寂が訪れる。アリエルは仲間の位置を確認し、攻撃開始の機会を(うかが)う。すでに豹人の姉妹は攻撃の準備を終えていて、合図を待っているだけだったが、長髪の守人〝ザイド〟が連れていた数人の守人は落ち着きなく周囲を見回していた。対人戦に慣れていないのか、覚悟を決めかねているようだった。


 だが、ここでのんびりしている余裕はない。アリエルは〈収納空間〉から弓を取り出し、静かに矢をつがえた。息を整え、瞳孔を狭めて標的を見据える。視線の先には呪文を唱え続ける壮年の呪術師が立っている。かれを倒せば、敵の増援を送り込んでくる〈転移門〉を閉じることができる。


 集中力を高めながら矢を引き絞る。嫌な緊張感が走るなか、矢が放たれ、空を斬り裂きながら戦士たちの頭上を飛んでいく。ソレは鋭い音を立てながら飛行していたが、極限まで高められた集中力のなか、それはまるで時間が止まったかのように遅く感じられた。


 それは的確な一撃だったが、矢が呪術師に届く寸前、かれが全身を保護するために使用していた呪術が発動する。その所為(せい)でわずかに軌道が逸らされた矢は、呪術師の脇腹に突き刺さるものの、致命的な一撃とはならなかった。呪術師は脇腹を押さえると、苦痛に顔を歪めながらも呪文の詠唱を続ける。


 そこに豹人の姉妹が〈火球〉を撃ち込み、洞窟内を赤々と染めた。巨大な火の球が激しい勢いで飛び、戦士たちの中心に着弾する。炎の爆発が空間を震わせ、猛烈な熱波が襲いかかる。それは周囲の酸素を一気に奪い尽くしながら、数十人の戦士たちを焼き殺していく。焼けた肉と毛皮の臭いが立ちこめ、悲鳴と苦痛の叫び声が洞窟内に響き渡っていく。


 戦士たちは炎の猛威に抗うこともできず、次々と崩れ落ちていく。彼らの身体は炎に包まれ、燃え上がる火柱となって周囲を照らしていく。その光景は生存者たちの心に恐怖を刻み込んでいくが、辺境の蛮族は死に慣れ過ぎていた。かれらは仲間の死に動揺しながらも、襲撃者たちの姿を探す。


 その混乱に乗じてアリエルたちは一気に攻め立てる。青年は弓を手に立ちあがると、無防備に立ち尽くす戦士たちに向かって容赦なく矢を撃ち込んでいく。首や胸部に矢が突き刺さって血しぶきが飛び散る。苦痛の声と怒りに震える声が交錯し、洞窟内はまさに戦場の様相を呈していく。怒り狂った戦士たちの目には、これまで以上の狂気が宿っていく。


 そして苛烈な乱戦に突入する。洞窟内は瞬く間に混沌と化し、金属音と叫び声が響き渡る。蛮族の戦士たちは雄叫びをあげながら迫ってくる。彼らは獣のように本能を剥き出しにして、死を恐れずに突貫してくる。


 矢を射尽くしたアリエルは鋸歯状の刃を持つ赤黒い剣を手にすると、突進してくる敵を迎えうつ。もはや奇襲や小細工は通用しない。一瞬の躊躇(ちゅうちょ)も許されない状況で、青年の剣は敵の肉を斬り裂いていく。凶悪な刃が敵の肉を抉り取り、内臓がこぼれ落ちていく。


 蛮族の戦士は苦痛に叫びながらも、なおもアリエルに組みつこうとするが、次の瞬間には無数の〈土槍〉が突き刺さるのが見えた。呪術師が味方を巻き込むようにして、アリエルを始末しようとしたのだろう。青年は後方に飛び退いて攻撃を(かわ)すと、その勢いのまま走り込んできていた戦士の首を()ねる。


 姉妹もまた、敵の混乱を最大限に利用しながら呪術で敵を蹴散らしていく。不可視の風の刃が接近する戦士たちの手足を切断し、彼らの叫び声が洞窟内に響き渡り、血が飛び散る。屈強な戦士は両足を失った仲間を引き()るようにして岩陰に身を潜めるが、そこに〈火球〉が飛んできて炎の中でのたうち回ることになる。


 洞窟内の冷たい空気は鉄と血の臭いで満たされていく。アリエルたちの周りには倒れた敵の死体が積み重なり、地面は赤黒く染まっていく。戦士たちも果敢に挑むが、そのたびに歪な刃に(ほふ)られていく。数人の戦士は姉妹に向かって遠くから矢を射るが、攻撃は護符の効果で無力化され、姉妹の枯れることのない膨大な呪素によって倒されていく。


 アリエルの剣も疲れを知らず、次々と敵を斬り倒していく。その深紅の瞳には冷徹な光が宿り、一瞬の迷いも見せない。その戦いぶりはまるで舞踏のように美しくも残酷で、恐怖を知らない戦士たちの心にさえ恐怖の欠片を植え付けていく。その無慈悲な戦場のなか、ザイドが率いる守人たちは、ただ戦いは静観していた。


 青年は決して足を止めることなく、次々と襲いかかる敵と戦っていたために、その事実を見逃してしまう。


 剣戟が鳴り響き、血しぶきが舞う。絶え間ない戦いの中で青年は疲労と痛みに苛まれながらも、その意志は揺るがない。戦いは苛烈を極め、残酷なまでの暴力が繰り広げられる。凶悪な刃が敵の身体を引き裂き、肉片まじりの大量の血が岩壁に染み込んでいく。戦士たちの死体が地面を赤く染めていく。


 ふと膨大な呪力を感じ取ると、アリエルは間髪を入れずに、その方角に向かって腰に差していた短刀を投げつけた。それは漆黒の色彩を帯び、蛇のように左右にうねる不気味な刀身を持つ刀だった。ソレは呪文を唱えようとしていた呪術師の腕に突き刺さる。


 次の瞬間、青年が予想していなかったことが起きる。アリエルが投げつけた短刀は、本来なら攻撃対象から呪力を奪い取ることができるものだったが、短刀は乱暴に投げつけられていて、その呪素を受け取る者がいなかった。その所為なのか、呪術師が準備していた膨大な呪素は傷口から溢れ出るように放出されていく。


 漏れ出した呪力は四方八方に放出され制御不能に陥る。そして行き場を失くした膨大な呪力は暴発し、呪術師を巻き込みながら爆発した。爆風と共に閃光がほとばしり、洞窟内は一瞬にして(まばゆ)い光に染まる。その爆発の衝撃波は周囲の戦士たちを吹き飛ばし、岩に衝突し骨が砕ける音や肉が裂ける音が聞こえた。


 アリエルたちも爆風に晒されながらも、素早く体勢を立て直し、さらに敵の混乱を突くように前進する。青年の剣は容赦なく振り下ろされ、目の前に立っていた蛮族の首を刎ね飛ばしていく。溢れ出る血が顔に飛び散るが、青年は構わず次の標的に向かう。


 姉妹もその混乱の中で力を発揮していく。彼女たちの〈風刃〉は無数の敵を切り裂き、鮮血が飛び散るたびに敵が崩れ落ちていく。ノノは風の刃で敵を切り裂き、リリは〈火炎〉で敵を焼き尽くしていく。燃え盛る炎の中で敵の悲鳴が響き、洞窟の奥から吹き付ける風が黒煙を散らしていく。


 呪力が暴発した呪術師の身体は焼け焦げていて、無残な姿を晒していた。黒く炭化した腕には短刀が深々と突き刺さっていた。アリエルは呪術師の手を踏みつけると、一気に短刀を引き抜く。そのさい、呪術師の呻き声が聞こえると容赦なく頭を踏み抜いて止めを刺した。すでに〈転移門〉は閉じていたが、アリエルはつぎの標的をもとめて駆け出す。


 洞窟内で絶え間ない殺戮が繰り広げられる。敵もまた必死に反撃し、攻撃を仕掛けてくるが、そのたびに屠られていく。血と肉片が飛び交い、地面は赤黒い液体で覆われていく。だが無傷というわけにはいかなかった。すでに護符の効果は消失していて、青年の黒い毛皮には無数の矢が突き刺さり、斬りつけられた手足からは血を流していた。


 戦場の狂気が頂点に達するなか、アリエルと姉妹は必死に戦い続けていた。しかしその一方で戦いに参加しない守人――ザイドの姿が目に入った。彼は岩陰に隠れ、戦いを見守るだけで何も行動を起こさなかった。その冷ややかな眼差しは、まるで別の意図を秘めているかのようだった。あるいは、ただの臆病者なのかもしれない。

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