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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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43〈呪霊〉


 垂直にそそり立つ岩壁に築かれた古代遺跡は苔生しツル植物に覆われていたが、まるで時の流れを拒むかのように、圧倒的な存在感を放っていた。岩壁から削りだされたその構造体は、過去数世紀に(わた)って自然と人の手によって形成された芸術品のようでもあった。濃霧に覆い隠されていた遺跡は、守人にすら存在を知られていなかった。


 遺跡の入り口は、ポッカリと口を開けた怪物のように不気味な闇を湛え、その中で何かが蠢いているかのような気配を感じさせる。


 敵の呪術師が率いる部隊は、遺跡の入り口で何かを待っているかのように立ち止まっていた。彼らは用心深く、周囲のすべての動きに目を光らせ、静寂の中で時を止めたかのように動かない。しかしやがて呪術師が合図すると、一行は遺跡の暗い廊下に足を踏み入れた。野営地として利用しているのだろうか?


 身を潜めながらその様子を監視していたアリエルたちも、すぐに敵のあとを追う決断を下す。退路を確保するため、外に数人の守人を残すことにした。青年の指示に長髪の男はうなずくと、鋭い目付きで仲間たちと視線を交わし無言で誰が残るのかを決める。遺跡内に侵入する者、外に残る者、それぞれが覚悟を決める。


 氷まじりの冷たい風が肌を刺すように吹き抜け、遠くから怪鳥の鳴き声が微かに聞こえてくるなか、森はすべてを包み込むかのように暗く静まり返っていた。アリエルたちは周囲に潜んでいるかもしれない伏兵に警戒しながら遺跡に近づく。呪術師の得体の知れない能力によって周辺一帯の霧は消散していたが、緊張と不安が入り混じる。


 構造物の外壁には苔がびっしりと生え、湿った空気が肺を満たす。足元の石畳には凹凸が残り、かつてここで活動していた者たちの痕跡が確認できた。


 先頭に立っていた長髪の守人が振り返ると、やけに緊張した表情で言う。

「この先なにが待ち受けてるか分からねぇからな、てめぇら、気を抜くんじゃねぇぞ」

 その声は森の闇に吸い込まれるように消えていった。


 神殿を思わせる構造体は、長い年月の経過を物語るかのように風化しながらも、未だその威厳を保っていた。


 入り口を囲む四方の石柱は精巧に彫られた幾何学模様で覆われ、その中には、かつてこの地に生息していたと思われる野生動物の具象が刻まれている。大熊のような猛獣や、翼を広げた巨大な鳥類、そして鋭い牙を持つ未知の生物の姿が確認できた。遺跡を遺した人々の姿も刻まれていたが、それらの動物に比べて小さく、詳細はハッキリとしない。


 遺跡の入り口は暗い闇に包まれ、何が待ち受けているのか分からない不気味さが感じられる。遺跡の外壁には、さらに細かい浮き彫りが施されていて、それらの模様は複雑に絡み合い、見る者を惑わせるかのようだった。その模様の中には、まるで生きているかのような生物の彫刻があり、その鋭い視線は侵入者の心を見透かすように感じられた。


 薄暗い廊下には石畳が敷かれていたが、それは入り口だけであり、その先はすぐに自然のままの深い洞窟へと変わっていた。洞窟の奥からは冷たい風が吹きつけていて、形容しがたい嫌な空気が鼻を突く。暗闇に耳を澄ますと、滴り落ちる水の音が微かに響き渡り、深淵を思わせる静寂が広がっていた。


 石柱をくぐり抜けてアリエルたちは入り口に立つ。洞窟の壁は濡れていて、足元は滑りやすくなっている。光の届かない暗闇の中から聞こえる微かな足音は、敵の呪術師が率いる部隊のものなのだろう。


 しかし、すぐに遺跡内に足を踏み入れるのは危険だろう。姉妹の呪術によって〝こちら側〟の世界に顕現(けんげん)した小さな半透明の球体が、ゆっくりと宙に浮かび上がるのが見えた。その複数の球体は鬼火のように不規則に揺らめきながら、青白い淡い光を放ちながら廊下の先に向かう。


 それはノノとリリの呪素によって呼び出された〈呪霊(じゅれい)〉であり、それぞれに瞳のような器官がついていて、瞼を閉じたり開いたりしながら周囲を観察する様子が見て取れる。その瞳は呪力を帯びていて、まるで生きているかのようにアリエルたちを見つめていた。実際のところ、それは別の領域――あるいは別の世界から呼び出された存在だった。


 呪素によって形作られる〝分身〟あるいは〝幻影〟とでもいうものが一時的に〝こちら側〟の次元に呼び出されているに過ぎないので、死ぬこともなければ老いることもない。しかしその存在を維持し続けるには絶えず膨大な呪素が必要になるため、この次元に存在し続けることは極めて困難だった。


 ノノとリリは意識を集中させながら、その小さな〈呪霊〉に指示を出して、廊下の先を偵察してもらう。姉妹の大きな瞳は、〈呪霊〉たちがまとう微かな呪素に同調するかのように極彩色に明滅していた。彼女たちがいつも以上に気を張っているのは、敵の呪術師に呪素を察知されないために細心の操作が求められるからなのだろう。


 洞窟内の狭い通路には泥の臭いと冷たい空気が漂い、時折、水滴が岩肌から滴り落ちる音が静寂の中に響く。


 小さな瞳のような〈呪霊〉たちは、その暗闇の中を静かに滑るように進んでいく。姉妹はその視界を通じて、洞窟の様子を注意深く観察していく。苔生した岩壁や、崩れた石像の断片、そして不気味に広がる暗闇が〈呪霊〉の目を通して鮮明に映し出される。


『何か動くものが見える』と、リリは喉を小さく鳴らす。

 その音は洞窟の壁に反響し、薄い木霊となって返ってくる。〈呪霊〉たちが進む先には、闇の中で微かに揺れる影があった。


 しかしそれは篝火によって闇の中に浮かび上がる彫像だった。首のないソレは、多腕の亜人を精巧に象った立像で、その影は不気味な舞踏のように揺れ続けていた。


 やがて彼らは広大な空間を有する空洞に出た。そこはまるで、邪神に祈りを捧げる秘密めいた遺跡の様相を呈していた。無数の篝火がたかれ、その炎が揺れるたびに洞窟の壁に映る無数の人影が踊るように揺れ動いていた。


 その空間の中心には石造りの巨大な〝環状遺物〟が鎮座していた。それはおそらく古代の〈転移門〉で、今まさに敵の呪術師が門を開くための呪文を口にしているのが見えた。篝火の炎が呪術師の顔を赤く照らし出し、その表情に狂気と奇妙な使命感が浮かび上がっている。呪術師の低い声が洞窟内に反響し、呪文によって瘴気が濃くなるのが分かった。


 その呪文が進むにつれ、門の内側で空間が異様に揺らめいているのが見えた。しだいにその揺らぎは激しくなり、やがて空間に亀裂が生じた。それは瞬く間に広がり、まるで鏡面のように別の場所へと続く道があらわれた。


「見ろ、首長の兵士だ」

 長髪の男が低くつぶやいた。その声には驚きが入り混じっているようだった。


 門の向こう側から百を超える戦士がこちらに渡ってくるのが見えた。かれらの姿は篝火の光に照らされ、薄暗い洞窟のなかで亡霊のように浮かび上がっていた。戦士たちの多くは辺境の蛮族だったが、重装備に身を包み、その目には戦場で磨かれた凶暴な光が宿っていた。


「やはり〈転移門〉の鍵を持っているのは、俺たちだけじゃなかったみたいだな」

 その光景を目の当たりにして、アリエルたちの緊張感は増していく。襲撃者たちの増援は、この〈転移門〉から派遣されていたのだろう。


 篝火の揺れる炎と、〈転移門〉から溢れ出る瘴気の影響で洞窟内の空気はますます重くなり、つぎの瞬間に何かが爆発するかのような張り詰めた緊張感が漂っていく。


「どうする、赤眼の兄弟?」

 長髪の男がつぶやく。

「撤退するなら、今だぜ」


「いや」アリエルは低い声で答える。

「すぐにあの転移門を塞ぐ必要がある」


 青年の声は落ち着いていたが、その深紅の瞳には確固たる決意が見て取れた。転移門を塞ぐためには呪術師に対処しなければいけない。しかし蛮族の戦士がそれを許すわけもなく、壮絶な戦いの中に身を置くことになるのは疑いようのない事実だった。

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