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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 明朝、砦から派遣されてきた数人の守人と監視任務を交替したアリエルたちは、そのまま砦に帰還するのではなく、敵の増援がどこから来るのかを探るため、敵本陣から出てきた部隊のあとを追うことにした。


 豹人の姉妹は呪術を使い怪鳥と意識をつなげ、上空から敵部隊を監視しながら移動を続けた。極彩色の尾羽が特徴的な怪鳥の眼を通して見る世界は、地上とは異なる視点の広がりを持ち、霧の中でもハッキリと敵の動きを捉えることができた。本陣から離れたことで、呪力を遮断する結界に妨害されることもなくなり、安全に敵を監視することができた。


 標的は、ひとりの呪術師を中心とした戦闘部隊で、蛮族の屈強な戦士たちに護衛される形で壮年の呪術師が部隊を指揮していた。戦士たちの練度は高く、呪術師の命令に従い組織的で無駄のない動きを見せていた。わずかな光が射し込む薄暗い森のなか、かれらは迷うことなく目的地に向かって移動し続ける。


 地面には霜がおり、泥の中を踏みしめるたびにグチャリと嫌な足音を立てる。アリエルたちは追跡に気づかれないように、〈消音〉で足音を殺しながら進んだ。混沌から這い出た化け物との遭遇にも警戒する必要があり、いつも以上に注意を払うことが重要になっていた。


 その困難な移動の間も、ノノとリリは怪鳥の目を通して上空からの監視を続けていた。その鋭い眼が捉えていたのは、朝霧のなかを移動する敵部隊の姿だ。険しい森の中を進む敵の動きは速く、呪術師からの指示が絶えず行われていることも確認できた。蛮人めいた戦士ではなく、呪術師が森の移動に精通しているのは意外なことだった。


 しだいに敵部隊が進む道は岩場に変化していき、さらに険しくなっていた。周辺一帯に生えている樹木の間隔が広がったことで周囲は明るくなったが、その分、追跡の難易度も上がった。岩場の不規則な地形が足元の安定を奪い、これまで以上に慎重に進むことが求められた。


 呪術師を護衛していた蛮族の戦士たちは、重い武器を手に警戒を怠らない。かれらの緊張感が伝わってくるなか、アリエルたちは距離を保ちながら、敵部隊のあとを慎重に追跡していた。ここで発見され、戦闘になるような事態だけは避けなければいけなかった。


 岩場を超えると、霧の中にぼんやりと煙が立ち昇っているのが確認できるようになった。やはり別の拠点があったのだろう。巨大な岩壁に囲まれた野営地は、まるで要塞のような存在感を放っていた。その拠点は整然としていて、蛮族が多くを占めるにもかかわらず、規律がしっかりと守られていることが分かった。


 視界が開けた場所まで移動すると、焚き火を囲む蛮族の集団が見えた。彼らは手斧や槍の手入れをしていて、錆びついた刃を研いでいた。炎が金属の刃に反射し鋭く輝く。その周りには、革鎧や鉄の胸当ての修繕をしている者もいて、甲高い音が響いていた。


 そこから少し離れた場所では、戦士たちのための朝食の準備が進んでいた。数人の蛮人が捕まえたばかりの野生動物の首を落としている。鮮血が地面に滴り落ち、日の光に照らされて黒く見えた。肉を切り分ける音と、焚き火で肉が焼ける香りが辺りに漂っていた。


 そのさらに奥には、急場しのぎの診療所として使われている天幕があった。天幕のボロ布は血に濡れ、その中では負傷者が横たわって治療を受けている光景が垣間見えた。


 治療を担当していると思わしき呪術師が血にまみれながら呪文を(とな)えたり、水薬を用意したりしている。負傷者の呻き声は野営地の喧騒に掻き消されていたが、深刻な状況になっているのは明らかだった。


 負傷者の数が多いことが気になったが、行軍の途中、混沌の化け物と遭遇したのかもしれない。この辺りでは〈大熊〉のほかに、〈地走り〉の縄張りになっている場所が多く、土地勘のない者たちが歩き回るには非常に危険な場所になっていた。


 霧がゆっくりと漂い眼下の光景が朧気に見えるなか、アリエルたちは息を潜めながら敵拠点の観察を続けていた。この野営地の詳細を探り、敵の動きを把握することができれば戦術的にも有利になるだろう。しかしそのためには、何も見逃さず、慎重に行動する必要があった。


 だが、アリエルたちが追跡していた呪術師の最終的な目的地はここではなかったようだ。かれは岩壁に囲まれた野営地の中央に向かうと、そこで指揮を執っていたと思われる壮年の女性と会話を交わしていた。蛮族の呪術師だと追われる女性は人骨を身にまとい、顔には深い傷痕が刻まれ、乱れた長髪は肩にかかり、褐色の体躯が威圧感を漂わせていた。


 ふたりの影は焚き火の光に長く引き伸ばされ、霧のなかに大きく浮かび上がる。呪術師と壮年の女性との間で行われた短い会話のあと、呪術師は拠点をあとにして森の奥に足を踏み入れた。彼女はその背中を見送ると、ふたたび部隊の指揮に戻った。


 別の場所にも敵拠点があるのかもしれない。アリエルたちは慎重に岩場から離れ、呪術師のあとを追うことにした。岩場の急斜面を下り、ふたたび密集した樹木の間を進む。朝日が木々の間に射し込むなか、霜に覆われていた足元の葉が白く輝くのが見えた。


 敵拠点の喧騒から遠く離れると、森は冷たく静かな雰囲気を取り戻していく。風が木々の間を抜ける音が、(ささや)き声のように聞こえてくる。彼らの上空を優雅に飛ぶ怪鳥の鳴き声が、その厳かな静寂を一瞬だけ破る。霧が濃くなり視界がぼやけるなか、何度か敵部隊の姿を見失いそうになる。


 かれらの足取りは確かで、部隊が進む方角に明確な目的地があることは疑いようがなかった。しかし霧のなかに漂う瘴気は依然として濃くなっていて、森全体が彼らの進行を阻むかのように反応していた。まるで霧の中に潜む何かが、かれらを森の奥深くに誘っているかのようだ。


 アリエルたちは適切な距離を保ちつつ、敵部隊を見失わないように注意を払う。密林の地形は複雑で、巨岩や太い根が行く手を阻んでいたが、三人は黙々とその障害を乗り越えていく。呪術師が進む方向には、何か重要なものが待ち受けているに違いなかった。ここで引き返すわけにはいかなかった。


 やがて呪術師が立ち止まり、濃霧に向かって何か呪文を唱え始めるのが見えた。彼の手が空中に奇妙な軌跡を描くと、その動きに応じて周囲の霧が渦を巻いていく。すると霧の中から古代遺跡の入り口が姿をあらわす。


 この遺跡が呪術師たちの真の目的地だったのだろう。アリエルは洞窟めいた遺跡の入り口をじっと見据えたあと、つぎの行動を決めるため姉妹たちのもとに向かう。


 怪鳥を使って上空から敵を監視していたリリが、すぐ近くに別の部隊が潜んでいることに気がついた。彼女の目は鋭く、木々の間に隠れている人影を見逃さなかった。青年も〈気配察知〉を使いその存在を確認すると、すぐに行動に出ることにした。


 居場所を悟られないように、密林の薄闇に紛れるように身を低くして慎重に進む。枯葉を踏みしめる音さえも聞こえないほどの静寂のなかで、姉妹は〈影舞〉を巧みに使い接近していく。枝葉の隙間から射し込む日の光が霧のなかに淡い影を描き、風が囁くように葉を揺らし、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 やがて人影が見えてくるが、そこにいたのは敵ではなく、砦から派遣されていた守人の部隊だった。黒衣を身につけた戦士たちもまた、敵の拠点を探していたのかもしれない。アリエルは呪術師に存在を悟られないように、慎重に呪素(じゅそ)を操作して〈念話〉を行う。


 守人たちは驚いた様子だったが、すぐにアリエルが近くにいることを理解し、青年の指示に従って合流することにした。彼らは互いの位置を確認し合いながら、遺跡の入り口で待機している敵に気づかれないように距離を縮めていく。張り詰めた弦のような緊張感が漂う。


 やがて深い霧の中で守人たちと合流した。守人のひとりは見知った顔の男で、世話人に対する失礼な態度を見かねて口論になった男でもあった。


「よぅ、赤眼の兄弟」

 かれらは顔を合わせ、短い会話で情報を共有していく。守人たちも岩場に築かれた敵の拠点を見ていたのだろう。かれらの表情には、厳しい状況に対する不安があらわれているようだった。


「それで、ルズィに報告したのか?」

 アリエルの言葉に長髪の守人は顔をしかめる。かれの顔は垢にまみれ、伸び放題の髭には白髪も目立つ。返り血に染まった黒衣からは鼻を突く悪臭が漂っていた。そんな身形で、どうやって敵に気づかれずに尾行できたのだろうかと青年は(いぶか)しんだ。


「いや、まだだ」彼はそう言うと、真剣な面持ちで遺跡を睨む。

「やつらがあの遺跡のなかで何をやっているのか調べるのが先だ」


 兄弟の言葉にアリエルは疑問を抱くが、たしかに敵の近くで〈遠距離念話〉を使うのは止めておいた方がいいだろうと考え、報告は偵察を済ませたあとにすることにした。

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