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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 敵本陣の偵察を行ってから数日、アリエルたちは未だ厳しい状況のなかにいた。連日の戦闘で守人たちは疲弊し、砦は重苦しい緊張感に包まれていた。朝日が昇るとともに薄暗い砦の中にわずかな光が射し込むと、戦闘に駆り出された守人たちの疲れ切った姿が浮かび上がる。


 各部隊を指揮していたルズィの采配によって、守人たちは休む間もなく敵本陣に対して襲撃を仕掛けていた。アリエルも夜襲に参加し、そのたびに命を削りながら戦線を支えた。かれに与えられた役割は、味方部隊が襲撃を行うさいの陽動部隊を指揮することだった。


 ラライアが率いる戦狼の群れと共に何度も戦場に立った青年は、敵の注意を引きつけるために暗い森を奔走することになった。


「前方に呪術師の部隊を確認、この場から全速で離脱する!」

 アリエルの声が薄暗い森の中に響くと、オオカミの群れは疾風のように木々の間を駆け抜ける。


 かれらの背後からは殺意のこもった呪術の矢や〈火球〉が飛び交い、あちこちで炎が立ち昇っていく。しかし大規模な森林火災になることはなかった。つめたい雨や瘴気に満ちた異質な環境が影響していたのかは分からないが、気がつくと火災は鎮火していた。あるいは、冷気を帯びた幽鬼が徘徊している所為(せい)なのかもしれしない。


 襲撃者たちも何度か大規模な攻勢をかけてきたが、そのたびに守人たちの襲撃に遭い撃退されていた。それは守人が戦術的に優位だったこともあるが、戦闘の初期段階において投石部隊や〝赤頭巾〟に所属する呪術師たちを排除できたことが関係していのかもしれない。しかし度重なる戦闘の代償は大きかった。


 戦場には兄弟たちの血が多く流れ、鮮血に染まった大地が戦いの壮絶さを物語っていた。砦には負傷者が溢れ、薄暗い廊下に悲痛な叫びが響いていた。


 幸いなことに古参の守人と〝影のベレグ〟による襲撃作戦は功を奏していた。夜陰に紛れて行われる奇襲は敵陣に混乱をもたらし、多くの戦士を討ち取ることに成功していた。しかし敵はどこからともなく増援を送り込んできていて、状況に大きな変化はなく、戦局は依然として膠着状態にあった。


 詰め所になっていた塔では守人たちが傷ついた身体を休めながら、つぎの戦いに備えていた。アリエルもまた、疲れ切った身体を引きずるようにして仲間たちと共に作戦会議に参加していた。青年の顔には疲労の色が濃く浮かんでいて、月白色(げっぱくいろ)の長髪と相まって、どこか死人めいた顔色になっていた。


 自らも襲撃に参加していたルズィは、返り血に濡れた頬を拭きながら言う。

「敵の増援がどこから来ているか調べる必要がありそうだ」


「その通りだ」と、古参の守人が声を上げる。

「だが、それにはさらに多くの犠牲が必要になるかもしれん」


 かれの言葉を軽んじる者はひとりもいなかった。年配の守人は白髪の混じる濃い顎髭を撫でたあと、地図を指し示しながら言う。

「まずは〈巨頭の丘〉を確保しよう。少々危険だが、敵本陣を見渡せる場所を手に入れられる」


 ソレは古代の巨石人頭像が残る高台だった。〈獣の森〉が混沌の領域に侵食されるよりも昔、この地に栄えた部族が神々を祀るために築いた神殿がある場所だと伝えられている。神々の祝福を受けたとされるその丘は、かつては巡礼者や祭祀を行う者たちで賑わっていたのかもしれないが、今では荒廃と忘却の中に沈み込んでいる。


 丘を覆う樹木の根が、人の背丈を優に越える巨石像に絡みついているような場所だ。風雨にさらされた石像は緑に苔むし、ひび割れて風化が進んでいるが、神々しい威厳は失われていない。


 人々の信仰が途絶えたあとも、遺跡には聖域めいた力が残っているのか、森の生物や混沌の化け物すら滅多に近寄らない場所になっていた。巨大な人頭像の眼窩は空虚に森を見下ろし、無言の視線で訪れる者の心に奇妙な不安を抱かせた。アリエルも何度か遺跡に足を踏み入れたことがあったが、たしかに鳥肌が立つような場所だと感じていた。


 その古代遺跡は〈境界の砦〉が築かれる遥か以前から放棄されていたという。鬱蒼と茂る木々が陽光を遮っている所為か、つねに薄暗い霧が立ち込めている。地面は湿っていて、歩くたびに足元が沈み、腐葉土の臭いが鼻をつく。古代の人々が残した石畳も、太い根やツル植物に覆われ、今ではどこに通じているのか判別するのが難しいほどだった。


 遺跡は荒廃し植物に埋もれていたが、それでも考古学的価値があったのかもしれない。しかし調査のため〈獣の森〉にやってくるような物好きな学者はいないため、長らく放置されていた。


 しかし戦略的な価値を見出す者たちにとっては重要な場所だった。〈巨頭の丘〉は、その立地と視界の広さゆえに、敵の動きを監視し、敵本陣の状況を理解するための要所となる可能性があった。敵に動きを悟られないように、この丘を確保する必要があるだろう。


 敵の増援の出所を突き止め襲撃者たちの計画を崩すため、〈巨頭の丘〉を確保する計画が立てられた。かつての信仰の地が、ふたたび重要な役割を果たそうとしていた。しかし守人が動けば、こちらの様子を監視している敵もまた、すぐに遺跡の重要性を理解するだろう。丘に築かれた陣地を維持するための戦いは熾烈を極めるに違いなかった。


 その〈巨頭の丘〉を確保するために、少数精鋭の部隊が編成されることになった。目立たず敵に動きを悟られないためには、オオカミのように素早く動ける部隊が必要だったが、白銀の体毛に覆われた戦狼は目立ち過ぎるので作戦には不向きだった。敵本陣に対する襲撃も止めるわけにはいかないので、戦い慣れした古参の守人も動かせなかった。


 塔の薄暗い部屋で緊急の話し合いが行われる。羊皮紙の古めかしい地図が広げられ、ルズィは遺跡の状況を説明する。けれど守人も滅多に近寄らない場所なので情報は極めて少ない。


「たしかに敵の動きを見極めるための戦略的要所になるかもしれない。でも、俺たちの動きを察知されるわけにはいかない」


 そこで選ばれたのはアリエルと豹人の姉妹だった。ノノとリリは、その身体能力の高さと〈影舞〉の能力を使うことで、森の中で目立たずに動くことができた。それにアリエルは腕輪と毛皮に備わる〈収納空間〉を使えるため、簡易的な陣地構築に必要な物資を運び込むのに最適な人物だった。


 ラライアは一緒に行動できなくて残念がっていたが、群れを率いて陽動を続ける必要があったので諦めてもらう。同様に、照月來凪(てるつきらな)も砦に残ることになった。彼女を護衛する八元(やもと)の武者は大柄で目立ち過ぎるし、〈獣の森〉での戦いに慣れていない。そのため、彼女は〈千里眼〉の能力を活かして、戦闘を指揮するルズィの支援を続けることになる。


 出発前の準備は念入りに行われた。予備の武器や糧食、天幕や防御用の柵に使われる木材など、必要な物資を〈収納空間〉に収納する。ノノとリリも戦いに備えて護符を作成し、予備の小刀や弓矢の手入れをしていく。


 出発の時間が迫るころ、武具師の塔から世話人がやってくる。若い男性は大切そうに抱えていた包みを解いて、その中から見事な革鎧を取り出した。


「クルフィンさまが急遽用意してくれたモノです」

 かれはそう言うと、〈幻翅百足(げんしむかで)〉の外殻が使われた異様な革鎧を机にのせた。黒光りする硬い殻が重なり合い、まるで生きた装甲のように見えた。急所がしっかりと保護されていて、鋭い刃や矢をも弾き返すことも可能になっていた。


「防御力は非常に高いです」と世話人が説明を続ける。

「それに軽量で、動きを妨げることもありません」


 アリエルは革鎧を手に取り、キチン質の外骨格をしげしげと眺めたあと、革の状態を確認する。硬い殻に合わせて黒く染められていて、黒衣に馴染んでいた。夜の森で敵の目から逃れるのに最適な装備なのかもしれない。


 ノノは妹のために用意された鎧を手に取ると、どこか感心しながら言う。

『これなら私たちも身につけられそうです』

 三人は鎧を身につけて出発の準備を整えると、砦を出て夜の森に足を踏み入れる。

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