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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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38〈武具師〉


 無事に砦に帰還したアリエルは、戦闘を指揮していたルズィに〈獣の森〉で見てきたことを報告したあと、しばらく休息できる時間を与えてもらった。しかし身体を休める前に、武器庫として利用されていた塔に向かうことにした。帰還したばかりの青年は泥まみれで、戦闘の疲労が動きに染み付いていたが、頭は冴えていて、すぐに休めそうになかった。


 塔の中は埃っぽくて薄暗く、数少ない燭台の明かりが壁に掛けられた古びた武器の影を揺らしていた。ラライアと一緒に砦の奥に入っていくと、世話人が迎えに出てきてくれた。彼はかつて多くの戦を経験した戦士だったが、年老いた今は武器庫の管理を任されていた。


「戦利品の一部です」

 青年はそう言いながら、蛮族から回収した大量の刀剣や斧、弓や槍を机に置いていく。世話人は仰々しくうなずいて見せると、丁寧にそれらの武器を受け取っていく。彼の目は真剣そのもので、使えるモノと、そうでないモノとで()り分けていく。


「これらの装備があれば、まだまだ戦うことができるかもしれませんな」

 世話人は言葉少なにそう言うと、武器を種類別に棚に収めていく。アリエルは回収していた残りの物資も〈収納空間〉から取り出していく。護符や呪符は手元に残したが、糧食はすべて世話人に手渡した。


「正直なところ、我々に必要だったのは武器よりも食料などの必需品でした。この大量の物資は我々の助けになるでしょう」


 ふたたび世話人に感謝されたあと、アリエルは武具師がいる塔に向かうことにした。〈石に近きもの〉、あるいは〈ペドゥラァシ〉と呼ばれる種族でもある〝クルフィン・ペドゥラァシ・ベェリ〟に回収していた素材や装備品を預け、使えるモノを調整し、必要に応じて修理や強化を施してもらうつもりだった。


 薄暗い塔を出ると、冷たい空気が肌をチクチクと刺すように感じられた。無数の塔の間から射し込む陽の光が、砦に漂う嫌な雰囲気をわずかに和らげていた。


 武具師の塔に向かう途中、アリエルは砦の広場を見回して仲間の姿を探した。しかし目につくのは戦闘の悲惨さと壮絶な戦いのあとだけだった。兄弟である守人たちもまた、戦闘の疲労に苛まれていて、誰もが不安を抱えて重い足取りで歩いていた。


 防壁のそばに座り込んでいた者たちは、どこか遠くを見つめていた。戦闘の記憶がまだ鮮明に脳裏に残っているのだろう。しかしふたりが近くを通ると顔をあげて、ラライアの身体をじっと見つめる。いやらしい目つきだ。


 戦狼でもあるラライアは頻繁にオオカミの姿に変身するので、軽装で露出の多い格好を好む傾向があった。彼女の美しい容姿と戦闘で(たかぶ)っていた戦士たちの状態が相まって、彼らに余計な思いを抱かせたのかもしれない。


「気にするな」

 アリエルは彼女に声をかけたが、彼自身もその視線に対して怒りを覚えていた。精神的な結びつきを持つラライアがいやらしい目つきで見つめられるたびに、青年は殺気のこもった眼で戦士たちを睨み返した。


 かれの眸は深紅に明滅し、北部に生息する〈夜の狩人〉を彷彿とさせる。それは戦闘で感覚がマヒしていた戦士たちに恐怖を思い出させ、彼らの視線を逸らせるのに充分な効果があった。


 だが、アリエルに兄弟たちを責めることはできないのかもしれない。非常事態である今、戦狼や豹人の姉妹も砦に出入りしていたが、普段なら守人以外が立ち入ることもできない場所だった。そして兄弟たちもまた、この苛烈な戦いの中で心の安らぎを求めていたのかもしれない。


 ふたりは足早に防壁のそばを通り過ぎ、砦の奥へと進んだ。瓦礫の山を避け、点々と残る血痕を踏みしめながら。崩れた壁、血に染まった床、疲れ切った戦士たち。その光景は、守人が置かれている状況の厳しさを物語っているようでもあった。


 目的の塔が見えてくる。黒ずんだ石壁には煤が付着していて、薄汚れているような印象を受ける。両開きの重く巨大な扉は開け放たれていたので、そのまま塔に足を踏み入れる。途端に周囲は薄暗くなり、静寂が辺りを支配するようになる。どこか厳かな雰囲気すら感じられる。


 暗い通路の先に微かに揺れる炉の炎が見えた。鍛冶場の入り口にかけられた太いしめ縄の影が壁や床で揺れる。天井は高く広い空間が確保されていたが、雑多な物で溢れている。その鍛冶場の様子は、一言で言えば混沌としていた。


 壁際には蜘蛛の巣や埃が目立ち、鎧棚がいくつか置かれている。その周囲には大量の木炭や砂鉄、そして鉄鉱石が詰まった木箱が無雑作に積まれている。作業台に並べられた鍛冶道具だけは整然としていた。大槌や火かき棒、それに火箸などが使いやすいようにきちんと配置されている。


 そこには巨大な炉があり、赤々と燃える炭が熱を放っている。鉄の匂いと煙が混ざり合い、独特のニオイが漂っていた。炉のとなりには大きな金床と数本の小槌が置かれている。金床の表面には無数の打痕があり、数え切れないほどの武器や防具がここで生み出されたことが分かる。


 アリエルはその場に立ち止まって周囲を見回す。ここで作られる武器や防具が、混沌の化け物を(ほふ)るために使われてきた。鍛冶場の片隅には未完成の刀や手斧、修理待ちの革鎧が山積みにされている。それらの武具は、今後の襲撃に備えて用意されたモノなのかもしれない。


 通路の奥から大きな影がゴリゴリと音を立てながら、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。それは遠目に見れば緑青色の薄汚れた岩にしか見えなかったが、炎のように明滅する瞳を持ち、言葉を発することのできる大きな口を持っていた。石に近きものであり、武具師でもある〝クルフィン・ペドゥラァシ・ベェリ〟だった。


『久しいな、塵の子よ』

 石に近きものは口を開いたが、言葉ではなく煙が吐き出される。かれは頭部と肩が一体化したような奇妙な胴体を持っていて、大きな四つの眼は落ち窪んでいて、鍛冶場の炎のように明滅していた。


「ご無沙汰しております」

 青年は軽く頭を下げて挨拶をする。ラライアも青年を真似て、ぎこちない動作で頭をさげてみせた。クルフィンは『ふむ』とうなずいてみせたあと、彼女の手をそっと握る。かれの大きな手はひび割れた岩のように硬いが、思いのほか温かく、嫌な感じはしなかった。


『〝ラゲルサの娘たち〟を目にするのは久しぶりだが、相変わらず美しい種族だ』

 それからクルフィンは、四つの眼でじっとラライアの姿を見つめた。瞳はメラメラと燃えていて、微かに煙が漏れていた。かれは自らの手で彼女のために用意していた伸縮自在の装身具を確かめていた。


『問題ないようだな。それで、話があるのだろう?』

 クルフィンが作業台に用意されていた腰掛石に座ると、アリエルは森で回収していた化け物の素材を〈収納空間〉から取り出していく。巨大な〈幻翅百足(げんしむかで)〉の外殻、大顎の牙、そして半透明の美しい翅を次々と作業台に並べていく。いくつかの大きな殻は床に慎重に置いていった。


 クルフィンはゆっくりと長い腕を伸ばし、六つの指で素材のひとつひとつを確かめていく。とくに半透明の翅には興味深そうに視線を注いでいた。


『これは珍しい……すべて〈幻翅百足〉の素材だな』彼は煙を吐き出しながら言った。『昔は多くの守人がこれを狩っていたが、今ではほとんど見られなくなった貴重な素材だ』


 アリエルはうなずくと、岩のような身体を持つ武具師の反応を観察しながら言う。

「襲撃者たちの呪術師が使役しようとしていた個体です。かれらは結局、その化け物に殺されてしまいましたが……これらの素材を使って、強力な装備を造れるでしょうか?」


『ふむ』

 クルフィンは考え込むように別の殻を手に取り、質感や硬さを確認する。


『この外殻は頑丈で普通の武器では到底壊せない。加工には時間がかかるだろうが、良い防具や武器が作れるだろう。それに、この美しい翅だ。これは単なる飾りではないぞ。並みの呪術師では抗えぬほどの力を秘めている」


「翅は狩りのさいに、幻影や精神操作に使われることがあると聞きました」

 青年の言葉にクルフィンはうなずく。


『ああ、その通りだ。この翅をうまく使えば、呪術を付与した防具や武器以上のものが造れるかもしれない』彼の言葉には、素材の可能性に対する興奮と期待が見え隠れしていた。


 アリエルが頭を下げて加工を頼むと、岩のような武具師はうなずいて、ふたたび素材に視線を戻した。

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