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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 リンウッドは立ち上がると、剣を手に動き出す。影に縛られた呪術師は無防備になっていて、攻撃の機会を失うわけにはいかなかった。しかし呪術師は口元に邪悪な笑みを浮かべると、膨大な呪素を帯びていく。そして忌まわしい呪文が響き渡っていく。


 つぎの瞬間、霧の中から黒い影が伸びてくるのが見えた。実体のある無数の影が呪術師の首に絡みつくと、皮膚を通して骨を凍らせるような冷たい触感で締め付けていく。赤い頭巾を被った呪術師は抵抗し、影を取り払おうとするが、得体の知れない影は生きているかのように首を絞めつけていく。


 そして霧の中から〝影のベレグ〟があらわれ、冷徹な目で呪術師を睨む。かれの足元からは無数の影が伸びていて、〈影縫い〉の呪術を使い、さらに強く締め上げていく。呪術師の息が詰まると、周囲で渦巻いていた膨大な呪素(じゅそ)が消散していくのが確認できた。


「これで終わりだ……」

 ベレグの声は冷たく、怒りが含まれているようだった。そして呪術師の首を絞め上げる力が増し、しだいに抵抗する力も弱まっていく。


 呪術師は最後の力を振り絞り、朦朧(もうろう)とした意識で何とか呪文を完成させようとするが、その声は影の締め付けによりかすれていく。呪術師の口元は苦痛と恐怖によって歪み、やがて呪素が消え、身体から力がぬけて人形のように崩れ落ちる。


 しかし地面に崩れ落ちる瞬間、呪術師の口元に邪悪な微笑が浮かぶのが見えた。その瞳の奥には憎しみが(くす)ぶり、かすれた声で最後の呪文をつぶやいた。その声は死者の囁きのように冷たく、怨念に満ち満ちていた。


「お前たちに……地獄を……」

 その言葉とともに、呪術師の身体から血のような赤い霧が放たれた。死に際の力を振り絞った最後の呪術が、辺りの空間を歪ませながら広がっていく。ノノとリリは息を飲み、リンウッドは戦慄した表情でその光景を見つめる。


 赤い霧に含まれる邪悪な気配だけで吐き気を催し、ひどい眩暈(めまい)がする。その霧は倒れていた化け物の身体を包み込んでいき、しだいにソレは不気味に震え始めた。そして地面に横たわっていたはずの異形の死骸が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。忌まわしい〈死霊術〉が発動し、化け物は見えざる糸に引っ張られるようにして立ち上がる。


『こんなことが……』リンウッドの声は恐怖に震える。

 失われていた頭部が歪な形でつながると、化け物の目に意識が戻るのが見えた。そして血に濡れ、無数の裂傷から内臓が垂れ下がったまま、化け物はゆらりと不自然な動きで歩き始めた。腐敗した肉と骨が再度つながり、化け物の身体は、より醜悪な姿に変化していく。


 だが呪術が不完全だったのだろう。復活した化け物は、まるで飢えを満たすかのように、周囲に転がる蛮族の死体や、先ほど倒れた呪術師の死体に頭部を向ける。そして腐食動物が獲物を見つけたときのように、首を下げた不気味な姿勢で死体に近づいていく。


『まさか……死体を取り込むつもりか!』

 リンウッドは(おぞ)ましい光景に嫌悪感を滲ませる。


 化け物の腐敗した身体から無数の触手が伸びるのが見えた。それら肉の触手は死体に絡みつき、肉を貪るように体内に取り込んでいく。まさに地獄のような光景であり、アリエルたちも驚愕の表情で忌まわしい光景を見つめていた。その間も触手は次々と死体を引き寄せ、醜悪な身体に取り込んで融合していく。


『やらせんぞ……!』

 リンウッドが声をあげると、かれが手にしていた剣が呪力を帯びていくのが見えた。〈斬撃〉を繰り出すつもりなのだろう。しかし化け物は素早く反応してみせると、触手の一部をムチのようにしならせながらリンウッドに襲い掛かる。


「避けろ!」

 アリエルの声に反応してリンウッドは間一髪のところで攻撃を(かわ)したが、複数の触手が襲い掛かる。小さな亜人は止まることなく巧みに攻撃を避けていたが、その間も化け物は死体を取り込み、肉と骨でつなぎあわされていき、さらに巨大で醜悪な姿に変わっていく。


 その過程は見るに耐えないものだった。腐った死体の断片が融合し、強引につなぎ合わされた手足や頭部が動くのが見えた。化け物の醜い身体に複数の眼があらわれ、それぞれが憎しみを抱いているようにアリエルたちを睨む。そして(くちばし)めいた口器で咆哮する。その声は周囲の空気を震わせるほどの声量だった。


 もはや呪いの影響を気にしている余裕はなかった。アリエルは化け物に手のひらを向けると、呪われた力を解放した。空間に亀裂が走り、滅紫(めっし)の粘液に濡れた異形の口があらわれる。その口は醜悪な化け物に咬みつこうとするが、異形は素早く反応し、ヘビのように細長い身体を翻して素早く攻撃を避けてみせた。


 数本の手足と腫瘍のように突き出した戦士たちの胴体を咬み千切ったが、致命傷にはならなかった。それどころか化け物は己に対する敵意に反応し、凄まじい勢いで触手を伸ばしてきた。


 アリエルは何とか攻撃を避けるが、樹木や岩に叩きつけられた触手の音が響き渡る。そのさい、自らの衝撃に耐えられなかった触手が裂けて、気色悪い体液や肉片を撒き散らしていく。


 しかし、それでもなお、化け物は死体を取り込みながら自らの負傷箇所を修復していく。深く裂けた肉が癒着し、失われた手足が出鱈目につなぎ合わされていく。厄介なことに、死体を取り込むたびに化け物の力は増していくようだった。


『このままじゃキリがない……!』

 リリはウンザリした声をあげると、特大の〈火球〉を撃ち込む。それは化け物の黒い体毛を焼き尽くし、皮膚が焼け(ただ)れていくのが見えたが、化け物は気色悪い体液を撒き知らしながら動き続けていた。


 しかし猛攻に対応できず、血液と瘴気を含んだ胃液を吐き出すようになる。アリエルは体内の呪素を操作し、呪われた力を手のひらの先に収束させていく。そして醜悪な化け物に向かって一気に力を解き放った。その直後、大気が破裂するような衝撃波が発生し、化け物の肉体がズタズタに破壊されていくのが見えた。


 巨体がぐらりと揺れ、無数の触手が空を切り裂くように振り回される。だが、それでも化け物は倒れない。アリエルに向かって触手が伸びると、ラライアが間に飛び込んで触手を切り裂いていく。


「まだ!」

 アリエルは力を振り絞り、右腕に宿る力を一気に解放した。化け物の周囲の空間が一瞬にして歪み、異形の口が次々とあらわれる。そしてそれぞれの口が鋭い牙をむき出しにして、一斉に化け物に襲いかかった。


 悍ましい口が化け物の胴体や手足に食い込み、咬み千切れた部分から膿のような粘液が溢れ出す。化け物は凄まじい悲鳴を上げ、姿勢を崩しながら倒れる。それでも触手と尻尾を振り回し、圧倒的な力で抗おうするが、異形の口がその巨体を次々と噛み千切っていく。


 千切れた触手が地面でのた打ち回り、無数の口が肉を引き裂いていき、血液が噴出する音が響き渡る。化け物の身体は激しく震え、肉が削ぎ落される光景は凄惨だった。それでも抵抗しようとすると、ノノとリリの呪術が炸裂してさらに傷つくことになった。


 そして化け物は力なく崩れ落ち、ドスンと地面に横たわる。そこに無数の口があらわれ、まるで死体を貪り食う甲虫のように化け物の姿を覆い隠していく。


 やがて気色悪い咀嚼音が消え、異形の口も何処かに消え去ってしまう。アリエルたちは息を切らせながら、その場に立ち尽くしていた。戦いの喧騒が消え、森に静寂が戻ってくる。その静寂は、重く、厳かに場を包み込んでいく。


『……終わったのか?』

 リンウッドは息を整えながら、誰にともなく(たず)ねる。


「ああ、終わったよ……」

 アリエルはそう答えると、その場に膝をついて呼吸を整える。


 リンウッドは上空を飛ぶリゥギルに声を掛けたあと、瘴気を噴き出していた化け物の死骸に近づいた。痛みを伴う腐敗臭が鼻を突き、気色悪い肉塊が辺り一面に転がっている。亜人は眉をひそめながらも、その中に埋もれたものを探し始めた。


『この中にあるはずだ……』

 リンウッドはつぶやきながら、慎重に肉塊を掻き分ける。ヌメリのある気色悪い感触が手に伝わり、粘りつく体液が指にまとわりつくが、彼は指先が焼けるような痛みに動じなかった。


 やがて、腐敗した肉塊の中から呪術師のものと思われる死体があらわれた。リンウッドは上半身だけになったそれを引きずり出すと、赤い外套に縫い付けられていた秘宝を見つけ出す。呪術師の手は秘宝をしっかりと握りしめたまま硬直していたが、リンウッドは小刀で指を切り落として、その手を強引に開いて秘宝を取り返す。


 一方、豹人の姉妹はアリエルのもとに駆け寄る。

『大丈夫、すぐに楽になる』

 ノノはそう言うと、〈浄化〉の呪術をとなえる。彼女の手からは、ほとんど認識できない淡い光が放たれ、その光がアリエルの黒く変質した腕を包み込んでいく。


『焦らないで、じっとして』

 リリは心配そうに声をかけたあと、瘴気に黒く染まった鱗状の皮膚を〈浄化〉していく。


 アリエルは痛みに顔をしかめながらも、静かに治療を受け入れた。ふたりの手から放たれる光が皮膚に浸透していくにつれて、黒く艶のある羽が抜け落ち瘴気が払われていく。


『もう少しだけ……』

 ノノの瞳は極彩色に輝き、その声には確かな力が込められていた。やがて腕を侵食していた瘴気は消え、変化が鎮まっていく。皮膚の色は薄れ、鱗状に硬くなっていた皮膚も徐々に正常な姿を取り戻していく。


「ありがとう、助かったよ」

 アリエルはホッと息をついたあと、感謝の言葉を口にした。まだズキズキした痛みは残っていたが、その顔には安堵の表情が浮かんでいた。

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