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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 醜悪な化け物は無力化できた。死体の寄せ集めは完全に崩れ落ち、地面に倒れたまま瘴気を放つ。これで呪術師の攻撃に専念できる。アリエルは脇腹の痛みを無視し、ふたたび攻撃の準備を始める。


 しかし呪術師の赤い頭巾から覗く口元には余裕の笑みが浮かんでいる。それは不敵な自信が満ちている。何か秘策があるのかもしれない、アリエルたちは警戒を強めながら攻撃に備える。


 呪術師は――まるで目の前に敵が存在しないかのように、ゆっくり手を動かしながら空中に呪文を描き始めた。膨大な呪素(じゅそ)が環境そのものに影響しているのか、冷気が渦を巻きながら放出されていくのが見えた。呪術師がとなえる忌まわしい呪文は低く響きわたり、闇そのものが(ささや)いているかのように聞こえてくる。


 ぐらぐらと地面は大きく揺れ、大樹が軋んで幹が割れる音が響いてくる。森全体が呪術の影響を受けているようだった。


『油断するな! 奴はまだ何か企んでいるぞ!』

 上空にいるリンウッドの声が〈念話〉を介して頭に響く。


 その警告の直後、邪悪な気配に反応するように豹人の姉妹は耳を立てる。すると霧の中で異様な影が動くのが見えた。しだいにその影は具体的な形を帯びていく。濃霧で視界がハッキリとしないなか、巨大な化け物が姿をあらわした。


 それはヘビにも似た細長い身体を持つ異形の生物だった。大熊よりも大きな身体は黒い体毛に覆われていて、見る者に威圧感を与える。人を飲み込めるほど太い胴体の両側面からは、腕にも似た無数の器官が生えていて、その腕が手足の代りに不気味に(うごめ)いているのが見えた。


「あれも地走りの亜種なのか……!?」

 やはり呪術師は遺物を利用して混沌の化け物を操っているのだろう。その醜い生物は冷気をまとっていて、周囲の空気を更に重くしていた。そして無数の腕が空を(つか)むかのように動き、そのひとつひとつが恐ろしい力で足元に張り巡らされた根を握り潰していく。


 頭部には鳥のくちばしにも似た器官があり、そこから涎を垂らしながら足元の根や樹木の破片を四方に()ね飛ばしながら突進してくる。地面を()うその動きは異様に滑らかで、川で泳ぐ魚のようだった。


「来るぞ!」

 アリエルの声に反応して仲間たちは動き出す。ラライアは膨大な呪素を身にまとい、身体能力を一時的に強化しながら化け物に向かって駆ける。ノノとリリは〈雷槍〉や〈火炎〉の呪術で攻撃を支援する。


 化け物は身をくねらせると、突進してくるオオカミに尻尾を叩きつけようとするが、姉妹の呪術が横腹に直撃し、その衝撃で動きが止まる。ラライアはその隙を逃さず、鋭い爪で数本の腕を切り飛ばす。が、それでも敵の勢いは止まらない。雄叫びをあげながらオオカミに激突する。あまりの衝撃にラライアの巨体が吹き飛ばされる。


『こいつは厄介な化け物だ……!』

 そのときだった、リゥギルから飛び降りたリンウッドが風の刃を放ちながら落下してくるのが見えた。そのまま胴体を切り裂こうとするが、化け物は素早く身を翻して攻撃をかわす。それでも数本の腕が吹き飛ぶのが見えた。痛みに化け物はのた打ち回り、足元の根を破壊していく。


 リンウッドは軽い身のこなしで音もなく着地すると、居合の要領で素早く剣を引き抜き、不可視の〈斬撃〉を飛ばして化け物の太い身体を切断する。ソレが剣に付与された能力なのか、それとも呪術によるものなのかは分からないが、〈斬撃〉は瘴気や冷気を払いながら化け物の身体を切り刻んでいく。


 化け物は黒い体毛を血液に濡らしながらリンウッドに襲いかかろうとするが、手足になる腕を失くし過ぎたのか、その動きは鈍くなっていた。リンウッドは冷静に状況を見極めながら突進を避けると、ふたたび〈斬撃〉を繰り出す。


 切り刻まれ切断された箇所から異様な瘴気が噴き出すようになる。呪術師が使用する呪文が影響しているのかもしれない。その瘴気は周囲の空気を汚染し、息苦しさを増していく。しかし化け物はまだ倒れない。驚異的な生命力に困惑しながらも、ネズミの亜人はリゥギルに援護(えんご)されながら容赦なく〈斬撃〉を繰り出していく。


 ラライアたちの支援もあり、あと少しで化け物を倒す寸前まで追い込むことができた。しかし突如として呪術師が放った特大の〈火球〉が、闇を貫いて飛来する。衝突の瞬間、時間が止まったかのように感じられ、景色がゆっくりと動くような感覚があった。火球が爆発し、衝撃波と熱波が広がる様子すら見ることができた。


 そして爆発の轟音が響き渡った。周囲の空気は凄まじい熱気で満たされ、炎が薄闇を照らし出す。なんとか直撃からは逃れられたが、衝撃波によってラライアたちは吹き飛ばされてしまい、そのまま地面に倒れ伏してしまう。


 足元の根の間にある溝に飛び込むことで被害を逃れたアリエルは、そこから反撃を試みるが、呪術師は次々と攻撃を繰り出してくる。頭上に〈火球〉が降り注ぎ、屋根のように張り巡らされた大樹の根を焼き、狭い溝のなかを燃やし尽くしていく。青年は空気を求めるように地上に飛び上がるが、そこに衝撃波が襲い掛かる。


 攻撃を受けたアリエルは吹き飛び、地面を転がっていく。身体中の節々が痛み、心臓が激しく鼓動する。熱気によって手足が焼かれていて、まるで全身が炎に包まれるような感覚がしていた。それにも(かか)わらず脇腹の傷口は冷たく、ひどい吐き気と寒気がしていた。


 周囲の景色も変化し、〈火球〉が着弾するたびに大樹の根が焼かれ、焦げ臭い煙に覆われていく。森の静けさが炎の燃え広がりと共に失われ、その代わりに混沌とした熱気と爆発音が広がっていく。


 アリエルが顔を上げると、異形の化け物が呪術師の攻撃で倒れ伏していた仲間に向かって突進しているのが見えた。青年は咄嗟に手のひらを向けると、呪われた力を解放する。つぎの瞬間、空間に亀裂が生じて、暗い歪みの中から滅紫(めっし)の粘液にまみれた異形の口があらわれて化け物の頭部を喰い千切るのが見えた。


 強引に千切れた切断面から、粘液質の体液がドロリと溢れ出る。その場に残された胴体はドサリと倒れ、暗い溝のなかに落ちていく。飛び散った体液からは腐臭と共に瘴気が立ちのぼり、周囲の空気が一層重くなっていく。


 仲間を助けるためとはいえ、咄嗟に能力を解放したのがいけなかったのかもしれない。アリエルの腕は変質し、鱗状の皮膚から黒く艶のある羽が生えていた。焦っていて加減することなく能力を使ってしまった所為(せい)だろう。


 アリエルは何とか身体を起こすと、すぐに〈浄化の護符〉を腕に押し当てた。しかし瘴気は腕全体に広がっていて、浄化の効果は薄かった。鉄紺に染まる鱗は異常な熱を帯びていて、痛みに嫌な汗をかく。焦燥感に苛まれながらも、手持ちの護符を次々と腕に押し当てていく。


「止まれ……止まれ……」

 祈るような声が漏れ、額には汗が滲む。腕を蝕む瘴気を止めなければ、腕だけではなく、全身がこの異形の力に飲み込まれてしまうかもしれない。そうなってしまえば、もはや獣と変わらない姿になってしまう。


 数枚の護符を使うことで、ようやく侵食が止まった。黒く艶のある羽は抜け落ち、すでに灰に変わっていた。心臓が早鐘のように鳴るなか、青年は深く息を吐いた。死霊術、あるいはそれに似た能力を使うべきだったのかもしれないと後悔したが、過ぎたことを気にしても仕方ないだろう。


「それに、まだ終わってない……」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいたあと、仲間たちに視線を向ける。負傷していたが、まだ戦えるようだった。しかしそこに呪術師が容赦なく攻撃しようとしているのが見えた。


 呪術師の手のひらに呪素が集まり、破滅的な力が解き放たれようとしていた。アリエルは攻撃を食い止めるため、即座に判断を下した。呪術師に手のひらを向けて力を解放しようとするが、やはり混沌に属していないからなのか、能力は発動しなかった。


 そのときだった。深い霧の中から黒い影が伸びて呪術師の身体に絡みつくのが見えた。それは〝影のベレグ〟が得意とする能力でもあった。

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