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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 化け物の群れを退(しりぞ)けたアリエルたちは、息を整えながら辺りを見回した。混沌とした戦いのあとには異様な静寂が広がっていたが、敵の呪術師が近くに潜んでいることを忘れてはいけない。アリエルは〈念話〉を使い、上空を旋回していたリンウッドに呪術師の捜索を頼むことにした。


 すると『任せておけ』と、リンウッドの落ち着いた声が頭の中に響く。彼が上空から敵を探している間、アリエルは豹人の姉妹と手分けして、化け物の死骸の処理に取り掛かった。死骸が瘴気を放つ前に焼却する必要があった。戦狼のラライアには周囲の監視と生き残っている化け物の処理を頼んだ。


 白銀のオオカミは低くうなってみせたあと、暗い森の中に駆け出していく。それを見届けたあと、アリエルは〈呪符〉を取り出しながら化け物の死骸に近づく。通常の炎では焼き尽くせないほどの異様な生命力を持つ化け物の死骸には、呪術の炎が必要だった。


 しかし敵から回収していた〈呪符〉は頼りないもので、死骸を焼き尽くすことはできないだろう。だからアリエルは自分自身の呪素(じゅそ)を流し込んで火力を調整していく。粗雑な紙なので、あまりにも多くの呪素を流し込むと紙が耐えられずに破けてしまう。そのため、慎重に呪素を制御する必要があった。


「古の神々よ、この(けが)れた邪悪な存在を浄化する力をお与えください」

 小声で祈りの言葉を口にしたあと、〈呪符〉を握り締める。すると青白い輝きを放ちながら灰に変わっていくのが見えた。手のひらを広げると、たちまち灰は霧散していく。


 それとほぼ同時に、醜い化け物の死骸が炎に包まれていくのが見えた。アリエルが炎に手をかざすと、呪術の炎は勢いを増していく。その炎は通常のモノと異なり、青白い光を放ちながら燃え広がる。化け物の肉が焼ける嫌な臭いが鼻を突き、死骸が黒く焦げながら縮こまっていく。青年はその様子を確認したあと、別の死骸を焼却しに行く。


 ノノとリリも同じように死骸を処理していたが、姉妹は〈火球〉と〈火炎〉を使い分けながら手早く死骸を焼却していく。オオカミのラライアは警戒を怠らず、周囲を見張りながら敵の襲撃に警戒する。彼らの連携は完璧で、効率よく死骸を処理することができた。


 化け物の死骸をあらかた処理し終えたころ、リンウッドの声が青年の頭に響いた。

『敵の痕跡を見つけた。どうやら北東にある大樹の根に覆われた岩場に逃げ込んだようだ』


 アリエルはその情報を仲間と共有したあと、焼却作業は中断して、すぐに敵の追跡を再開することにした。〈闇猿〉の死骸が残されていたが、瘴気を放つ心配がないので放って置いても問題ないと判断した。


 一行は警戒しながら霧深い森の中を慎重に進んでいく。足元に絡みつくツル植物や茂みをかき分けながら、できるだけ音を立てないように移動する。森が深い霧に包まれていくほどに不穏な空気になり、周囲の雑草が何かを隠すかのように揺れ動くのが見えた。


 やがてアリエルたちは大樹の根が巨石に覆い被さる奇妙な岩場にたどり着いた。地面には不自然に盛り上がった太い根が張り巡らされていて、その隙間から暗い地中へと続く細い道が見える。根の間からは冷たい風が吹いていて、腐敗した葉と泥の臭いが漂っていた。


 青年は仲間たちに目配せをしたあと、緊張した面持ちで鋸歯状の刃を持つ特徴的な剣を構える。大樹の根に覆われた道は、闇そのものにのみ込まれているかのように薄暗く、視界はほとんど効かない。


 地面は半ば凍りつき、光苔や奇妙なキノコがいたるところに生えている。立ち並ぶ巨石の表面には、長年の風雨に晒されたことで不規則なひび割れが走っていて、そこから粘度の高い液体が滴り落ちていた。その場所は、守人として〈獣の森〉で混沌の化け物と対峙してきたアリエルも知らない場所だった。


「注意して進もう」青年は小声で言った。

「なにが待ち受けているか分からない」


 ノノが呪術の照明を灯すと、一行は出口のない穴蔵に向かって進むように、その暗い道に足を踏みいれた。豹人の姉妹は耳を立て周囲の音を探り、ラライアは鼻を頼りに異変の兆候を感じ取ろうとしていた。その間、リンウッドは上空を旋回しながら呪術師の気配を探っていた。どういうわけか、ここにきて〈呪術器〉の反応が悪くなっていた。


 このままだと敵を見失いかねない。リンウッドはこれまで以上に地上の様子に注意を払う。一方、暗がりを進むアリエルたちは濃い瘴気が漂っていることに気がついた。巨石を覆い尽くす光苔が淡い燐光を放ち、未知の呪術の気配が漂っているのを感じた。ラライアが低い唸り声をあげたのは、霧のなかで大きな影が見えたときだった。


 ネチャネチャと粘液質な音を立てながら、何かがこちらに向かってゆっくり近づいてくるのが分かった。その音が耳に入るたびに、全身に鳥肌が立つような感覚が走った。


 濃い霧の中から姿を見せたのは、蛮族の死体を寄せ集めてつくった巨大な化け物だった。その(おぞ)ましい化け物は、腐敗した肉塊がひとつに固まったかのような醜悪で禍々しい姿をしていた。辺りには異様な瘴気が漂い、目を刺すような腐臭が鼻を突く。


 化け物の上半身は、蛮族の戦士と思われる五から六人ほどの死体が融合しているようだった。脂肪に覆われた胴体のあちこちから手足や指、そして頭部が飛び出していて、無数の身体を強引に混ぜ合わせたような姿をしていた。戦士たちの顔は苦痛に歪んでいて、その瞳は生命を失っているにも(かか)わらず、何かを訴えるようにこちらを見つめていた。


 下半身は重くなった胴体を支えるためか、異常に肥大化していた。脂肪が不自然に集まり、巨大な塊となって脚を形成している。無数の指や性器が垂れ下がる脚は引きずるように動き、そのたびに粘液が滴り落ちてネチャネチャと嫌な音を立てていた。


 ヌメリのある皮膚からは、黄土色の粘液が溢れ出し、地面に染みをつくっていく。腐敗した肉片が所々から垂れ下がり、まるで地獄から這い出してきたような姿をしている。化け物が一歩を踏み出すたびに、その異形の身体が揺れ、辺り一面に腐臭と恐怖を撒き散らしていく。


 周辺一帯の瘴気が濃いのは、この化け物の所為(せい)なのだろう。皮膚から滴り落ちる気色悪い体液が蒸発し瘴気に変わるのが見えた。腐敗した肉塊から滴り落ちる体液は、まるで命そのものが腐り果てたモノのように、周囲に死の臭いを撒き散らしていく。この化け物も呪術師の遺物によって操られているのだろうか?


 化け物の存在に戸惑っていると、錆びた斧を手にしていた腕のひとつが動くのが見えた。蛮族の一部だったその腕は、まるで意思を持っているかのように力強く振り上げられた。次の瞬間、アリエルに向かって斧が投げつけられた。


 青年は咄嗟に腕を持ち上げ、〈災いの獣〉を素材にした籠手で刃を(はじ)いた。金属が激しく打ち合う音が響いて、衝撃が腕から全身に伝わる。その威力は凄まじく、籠手を装備していなかったら腕が切断されていたかもしれない。青年はその威力に圧倒されながらも、冷静さを失わず次の行動に出ようとする。


 そこにリリが〈火球〉を放つのが見えた。炎は化け物の身体に直撃したが、化け物はわずかに後退しただけで、炎に包まれることなく醜悪な姿を保ったままだった。ヌメリのある粘液が影響しているのかもしれない。飛び散った炎は瘴気の所為で激しく燃え上がり、屋根のように頭上に張り巡らされた大樹の根を焼いていく。


 ラライアは低い唸り声をあげながら化け物に向かって猛然と駆け、その鋭い爪で引き裂こうとするが、異常に肥大化した脂肪は刃物のように鋭い爪を弾き返してみせた。それは驚異的な化け物だったが、戦いを諦めるには早すぎる。


 炎は激しく燃え広がり、森の暗闇を明るく照らし出していく。燃え盛る炎の音が轟き、焦げた植物の臭いが鼻を突く。そして化け物の醜悪な姿が炎の中で浮かび上がり、恐怖を煽るようになる。


 悪臭に満ちた黒煙が立ち込めるなか、風を切る翼の音が響く。視線を上げると、煙のなかにリゥギルに乗ったリンウッドの姿が見えた。


 亜人は鋭い眼で敵を捉え、目に見えない風の刃を放った。風の刃は音もなく化け物の身体を切り裂き、脂肪にまみれた肉塊と手足を傷つけていく。化け物は痛みを感じているのか、複数の声が重なり合ったような奇妙な呻き声を上げる。


 化け物の注意が逸れると、アリエルたちも動き出した。煙に巻かれないように素早く位置を変える必要があったのだ。焼け落ちた根の隙間に向かって飛び上がり、屋根状に張り巡らされた根の上に出る。そして高い位置から敵を見下ろすと、化け物の巨体が炎の中で揺れ動いているのが見えた。


 煙が立ち込め視界が悪化するなか、化け物の腹部から突き出た無数の頭部がアリエルたちに向けられる。しかし豹人の姉妹は怯むことなく〈風刃(ふうじん)〉を放つ。身体を切り刻まれた化け物は苦痛にのたうち回り、周囲の岩に身体を叩きつける。


 そこにリンウッドの風の刃が襲い掛かり、化け物の手足を切り裂いていく。悍ましい肉片が飛び散り、瘴気を含んだ体液が撒き散らされる。彼らの連携は完璧だった。リンウッドが風の刃で敵を混乱させる間に、ノノとリリが次々と呪術を繰り出しながら敵を圧倒していく。


 だが、そこで敵に異変が起きた。まるで内側から何かが破裂するかのように、化け物の身体が膨れ上がった。次の瞬間、膨張した身体が変形し、ムチのような触手が四方八方に伸びるのが見えた。その触手は異様な速さと力で周囲にあるものすべてを攻撃する。


 肉の触手が地面を叩き、樹木の根を引き裂き、岩に叩きつけられる。空気を切り裂く音と共に触手がアリエルたちに襲いかかる。青年は根の上で姿勢を崩さないように巧みに避けたが、触手の勢いは凄まじく、一瞬の遅れも命取りになる状況だった。


 ラライアも触手を避けながら、逆に触手を引き裂こうとするが、次々と新たな触手が襲いかかる。ノノとリリも〈火炎〉を使い触手を焼き払おうとするが、ヌメリのある触手に炎は無力化されていく。


 リンウッドはリゥギルの背から風の刃を放ちながら触手を切り裂いていく。しかしその数は圧倒的で、いくら切り落としても次から次へと新たな触手が伸びてくる。


 アリエルは触手の猛攻を避けつつ、冷静に状況を見極める。何か決定的な一撃を与えなければ、この戦いを終わらせることはできない。彼は鉄紺に染まった右腕を見つめ、その呪われた力を再び使う覚悟を決める。


「リンウッド、もっと高く舞え!」

 アリエルは声を張り上げ、リゥギルの背に乗った亜人に声を掛けた。鳥のリゥギルは簡単な言葉を理解しているのか、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく上空に舞い上がる。すると化け物の注意がリンウッドに向けられる。青年はその隙を逃さず、右腕に力を集中させた。


 鉄紺に染まる右腕を突き出したあと、化け物に向かって手のひらを向けた。その腕は瘴気に侵食されていくように黒く染まっていくが、青年は恐れることなく力を解放する。


 異様な気配に周囲の空気が緊張で張り詰める。鉄紺の腕からは冷気が漏れ、周囲の気温が下がったかのように感じられる。次の瞬間、青年の手から不可視の衝撃波が放出された。それは爆発的な力となり、周囲の空気を震わせながら化け物に襲い掛かった。


 脂肪に覆われた醜い化け物の身体が激しく揺れ動き、触手が断ち切られ、そして飛び散っていく。破壊力は凄まじく、化け物の上半身が裂け、脂肪と体液が破裂するように周囲に飛び散った。瘴気を帯びた黒い体液は蒸発し、毒々しい霧をさらに濃くする。


 化け物は苦痛の咆哮を上げ、その声は周辺一帯に響き渡った。振り回していた触手が力なく垂れ下がり、化け物の巨体は崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。


 アリエルは荒い息をつきながらも、右腕の感覚を確かめた。能力の所為で腕はさらに黒く染まり、瘴気が深く染み込んでいるようだった。しかしその強大な力を(もっ)てしても、化け物を完全に殺すことはできなかったようだ。

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