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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 戦狼のラライアと王国騎士リンウッドを仲間に加えた一行は、呪術師を追うべく行動を開始した。リンウッドは白い鳥の背に軽やかに飛び乗り、上空から遺物を捜索することになった。ちなみに、つぶらな瞳にモフモフの鳥は「リゥギル」という名で呼ばれていた。古い言葉で冬の星を意味するという。


 リゥギルはその名に恥じない白く美しい翼を広げると、空高く舞い上がって見せた。リンウッドは特殊な〈呪術器(メガネ)〉を装着し、地上を見下ろしながら呪術師の姿を探す。


 彼が装着していた眼鏡は視力を補うモノというより、革の留め具を使い顔に密着させて目を保護する役割を持つ防護具(ゴーグル)に見えた。しかしもちろん、遠くにいるモノを見つけるための補助的な能力も備わっているのだろう。でなければ、鬱蒼とした密林でアリエルたちの姿を見つけることはできなかったはずだ。


 地上ではラライアが巨大なオオカミに姿を変え、森の中を素早く駆け抜けながらベレグたちの痕跡を探していた。彼女の銀白の体毛が風に揺れ、力強い脚で地面を蹴り上げるたびに、大樹の根元に群生している光苔が淡い光を放つのが見えた。ラライアは鼻を利かせ、風の流れに乗ってやってくる微かなニオイまで逃さない。


 大樹の間を悠々と飛行するリンウッドと連絡を取る手段がないと思われたが、かれらは地上にいる仲間と連携するため〈念話〉を強化する〈呪術器〉を常時携帯していたので、ある程度の距離までなら呪術師に妨害されずに会話することができた。


 アリエルはリンウッドに状況を(たず)ねることにした。上空からの視点は、カラスなどの手助けが得られない状況では大きな助けになっていた。リンウッドは鳥の背から地上の混沌とした様子を眺める。すると広範囲にわたって死骸が残されているのが見えた。それは部族のモノでもあり、混沌から這い出た化け物の死骸でもあった。戦闘の痕跡だろう。


 大樹の間から見える森は暗く鬱蒼としていて、視界を遮る霧が発生していた。アリエルは深く息を吸い込み、つめたく不穏な気配を感じ取りながら、〈念話〉を使いネズミの亜人に問いかけた。


「上空から何か見えるか、リンウッド?」

 即座に返ってきた答えは、緊迫感を帯びていた。


『北東の方角に異様な動きが確認できた。あの辺りは濃い瘴気に覆われていて、敵の呪術師が潜んでいる可能性が極めて高い。慎重に移動するべきだ』


 リンウッドは強風に顔をしかめたあと、手にしていた〈呪術器〉が指し示していた方角に鋭い視線を向けた。大樹を覆う瘴気は濃く、霧と混じり合いながら広がっていることが確認できた。


 北東の方向からラライアの遠吠えが聞こえると、アリエルたちは手早く装備の確認を行い戦闘に備える。彼女の声は薄闇の中に脅威が潜んでいることを知らせてくれていた。


 リンウッドはゆっくりと高度を落としながら、アリエルたちを先導するように霧深い森の奥に飛んでいく。リゥギルが霧のなかに入っていくと、羽ばたきに反応して霧が渦を巻いていくのが見えた。


 しばらくすると、眼下に猿にも似た化け物の群れが(うごめ)いているのが見えてきた。恐ろしいほどの数だ。リンウッドが上空から接近すると、大樹の枝に潜んでいた〈闇猿〉たちが威嚇の声を上げ始めた。騒がしくて不快な声は周辺一帯に響き渡っていく。


『守人殿、サルの群れが我らの行く手を阻んでいる。しかし迂回できそうな道もない。どうやらこれを乗り越えなければならぬようだ』


 近くまで戻ってきていたラライアも低く唸り声で反応する。敵が待ち伏せしていることを肌で感じ取っているのかもしれない。アリエルはラライアを落ち着かせるように、白銀の体毛を撫でる。


「ここからは、より慎重に進もう。敵の数は多いが、障害になる敵を確実に倒すことができれば、俺たちにも勝機はある」


 霧深い密林のなか、徐々に敵の姿が見えてくる。〈闇猿〉の名で知られた化け物たちは、薄汚れた黒い毛皮に覆われた不気味な姿で暗がりに潜んでいて、その赤い眼だけが暗闇の中で瞬いているのが見えた。


 しかし奇妙なことに、その群れのなかに蠅の頭部を持つ大熊に似た生物の姿を見つける。気色悪い生物は巨体を振るわせながら低い唸り声をあげ、周囲の動きに警戒していた。


 本来ならば敵対し殺し合う生物たちが一緒に行動している。このことから、呪術師が何らかの秘術を使っていることは明白だった。やはり、リンウッドの王国から奪われた〈神々の遺物〉が関係しているのだろう。砦を襲撃した〈地走り〉や他の混沌の生物も、ひょっとしたらその遺物によって操られていたのかもしれない。


 アリエルたちは〈闇猿〉との戦闘準備を整えていく。そして空中からの監視を続けていたリンウッドから届く情報を頼りに、有利に戦える場所まで移動する。ラライアも霧の中に潜みながら敵に接近し、攻撃の合図を待っていた。彼女の白銀の体毛は霧の中で微かに輝き、その姿を幽鬼のように浮かび上がらせる。


 アリエルは弓を手に取り矢をつがえると、息を殺して敵に狙いを定めた。リゥギルの鋭い鳴き声が上空から響き渡ると、〈闇猿〉たちの動きが一瞬止まる。ラライアも低い唸り声で応えた。


「いくぞ、今だ!」

 合図の声と共にラライアは群れのなかに向かって猛然と突進し、鋭い爪と牙で敵に襲いかかる。戦闘が開始されると同時に森は騒然となった。〈闇猿〉たちは甲高い叫び声を上げ、蠅の頭部を持つ醜い化け物も咆哮を響かせる。が、アリエルたちは怯むことなく目の前の敵を確実に倒していく。


 ノノとリリが放った〈火球〉が猿の化け物に直撃し、瞬く間にその毛むくじゃらの身体を包み込み火だるまにしていく。体毛と肉が()ける嫌な臭いが立ち込め、霧と黒煙が混じり合って視界をさらに悪化させる。


 リゥギルは高空から急降下し、巨大な翼で風を巻き起こして〈闇猿〉たちを撹乱させる。驚くことに〈風槍〉の呪術も使えるのか、巻き起こされた風が鋭利な刃となり猿の化け物を切り刻んでいく。群れの若いオスは恐怖の悲鳴を上げ、四方に逃げ惑うが、次々と斬り裂かれ倒れていく。


 アリエルも次々と矢を放ち、容赦なく敵を射殺していく。その腕前は見事で、巨体を持つ熊めいた化け物の複眼を狙い撃つことで動きを封じることに成功していた。眼を潰された化け物が怯むと、ラライアは隙を見逃さず、猛然と突進し鋭い爪で喉元を引き裂いていく。


 突然の襲撃に敵は大いに混乱していた。〈闇猿〉たちは何が起きたのか理解できないまま、混乱のなかで次々と倒れていく。彼らは恐怖に駆られながらも、必死に反撃しようとする。数体の化け物は錆びついた武器を手にしていて、斧や槍を力任せに投げつけてくる。


 錆びた刃が空を切り裂き、鋭い音を立てながら飛んでくるが豹人の姉妹は冷静だった。ノノは大きな瞳で槍の軌道を見極めて避けると、素早く〈風刃(ふうじん)〉の呪術を発動させる。風の刃は〈闇猿〉たちの手足を斬り飛ばし、武器を投げつけようとした化け物も倒れる。彼らの断末魔の叫びが森に響き渡るが、姉妹の表情は冷静そのものだった。


 無数の風の刃は、まるで目に見えない鞭のように、猿たちの身体を斬り裂いて次々と無力化していく。その間もアリエルは弓を手に次々と敵を射殺(いころ)していた。


 彼の腕は疲れを知らず、矢はまるで生き物のように正確に敵の急所を捉えていた。〈闇猿〉の中でも特に大きな個体が彼に向かって突進するが、彼は慎重に狙いを定め、そして喉元を貫いた。猿は走っていた勢いのまま地面に倒れ込んで、そのまま転がっていく。


 そのすぐ横をラライアが駆け抜けていく。彼女の動きは一陣の風のようであり、敵に気づかれる前にその鋭い爪で傷つけていく。上空からアリエルたちの戦いを見ていたリンウッドは感心し、頼もしい仲間を得たことに喜んでいたが、すぐに己の仕事に戻る。


 敵は更に混乱し、群れの中から逃げ出す〈闇猿〉もあらわれる。彼らは恐怖に駆られ、命を惜しんで四方八方に散らばっていく。しかし、すべての化け物が戦意を失ったわけではない。蠅の頭部を持つ気色悪い化け物は、依然として健在だった。


 アリエルは手持ちの矢が尽きたことを確認すると、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)も見せずに、大熊の化け物に向かって駆ける。〈収納空間〉から矢を補充する時間すら無駄に感じていたのかもしれない。その動きに迷いはなく、これまでの戦闘経験が彼の身体に染み付いているかのようだった。


 化け物の複眼がギロリとアリエルに向けられる。その眼はグリグリと回転し、奇妙な角度で左右に揺れながら青年を鋭く睨みつける。その姿は異様で、見つめられているだけで皮膚の下に寒気が走るような不快な感覚を抱かせた。気色悪い複眼の表面はまるで油膜が張ったかのように光り、時折微かな虹色の輝きを放つ。


 それは化け物自身の邪悪な魂によって形作られているかのようであり、恐怖を煽るには充分な迫力があった。けれどアリエルはその視線に怯むことなく、鉄紺に染まる右腕を持ち上げ、化け物に手のひらを向ける。


 その腕は呪われた力を象徴するかのように黒く染まっていく。そして瘴気に侵食されていくように、さらに黒く、さらに深く染み込んでいく。しかしアリエルは腕の状態に構うことなく、意識を大気中に漂う呪素(じゅそ)に向ける。


 呪素は目に見えない力として森を満たしていたが、アリエルの紅い眼にはそれが感じ取れる。彼はその呪素を圧縮し、破裂させるように一気に放つ。つぎの瞬間、彼の手から不可視の衝撃波が放出され、周囲の空気を震わせた。それは爆発的な力となって化け物に襲い掛かる。


 やはり混沌の化け物を(ほふ)るための力なのだろう。右腕に宿る呪われた能力によって放出された衝撃は凄まじく、化け物の身体を内側から破壊するように炸裂し、周辺一帯に轟音が響き渡る。大熊の化け物が倒れると、その場に残っていた〈闇猿〉も完全に戦意を失ったのか、全力で逃げ出すようになった。

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