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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 敵の殲滅を確認するとベレグたちの手掛かりを得るため、呪術師たちの死体を調べようとしたが、その多くは大樹の枝から落下した所為(せい)でグチャグチャに潰れ、手足がバラバラになっていて手掛かりらしきものを見つけるのは困難になっていた。


 豹人の姉妹が相手にしていた呪術師たちの死体も確認したが、蛮人の多くが〈火炎〉で火だるまにされていたり、〈氷槍〉で貫かれ、〈風刃〉でズタズタに斬り裂かれていたりして、こちらも調べるは難しかった。禁術に指定されている〈死霊術〉の使い手がいれば、死体に直接質問することができなのかもしれないが、アリエルたちにその手段はなかった。


 アリエルがその血に宿る能力を解放し、戦士たちの残留思念らしきものに語り掛けようとしていると、若い戦狼がやってくる。そして口に咥えていた呪術師を地面にドサリと落とした。傷だらけで、大きく裂けた腹部からは内臓が飛び出ていたが、意識があり話が出来る状態だった。


 汚泥と血に濡れた毛皮を身につけていたが、上半身は裸で、呪術師らしからぬ大柄の体格をした壮年の男性だった。顔は垢と(すす)にまみれていて、濃い髭は吐血で赤黒く濡れていた。やはり辺境からやってきたのだろう。植物の繊維で織られた腰巻きには動物の皮が使われていたが、粗雑なつくりになっていた。


 青い葉であしらわれた首飾りには動物の牙や小さな琥珀が使われていて、ただの装飾品というより、呪術師としての有能さを表現するための道具として利用されていたのかもしれない。その蛮族の呪術師に話を聞こうかと思ったが、忘れられた古い神に向かって祈り続けていて、意識を失うまで質問に答えることはなかった。


「永遠なる森の女神よ、我らが戦士たちに祝福を――」


 手掛かりを得る機会を失ってしまったが、若い戦狼が何かを知っているかもしれない。アリエルたちは期待しながら質問したが、オオカミは残念そうに頭を横に振る。どうやら群れからはぐれてしまい、森を彷徨っていたところ、先ほどの呪術師と猿の化け物に襲われてしまったようだ。


 ふたたび手掛かりを得る機会が失われたように思えたが、戦狼は〈遠距離念話〉が妨害されていても、群れと連絡を取る単純な手段を持っていた。


 空気をつんざく遠吠えが密林に木霊す。しばらくすると、その遠吠えに応えるように遠くから別の戦狼の遠吠えが聞こえた。ラライアの遠吠えだ。豹人の姉妹には違いが分からなかったが、アリエルにはハッキリと彼女の声だと分かった。どうやら彼女もベレグたちを追って森の奥に向かったようだ。


 そこでアリエルたちは若い戦狼と別れて、ラライアの遠吠えが聞こえた場所に向かうことになった。オオカミは頼りになる戦力だったが、〈境界の砦〉にいるルズィが支援を必要としていたので、砦に向かわせることにした。


 それにアリエルたちが森を移動するさいには、基本的に隠密行動を心掛けていたので、戦狼の巨体では目立ってしまい一緒に行動することができなかった。戦力としては惜しいが、このまま三人だけでベレグたちの捜索を続けることになる。


 負傷していたノノとリリが〈護符〉を使って治療したあと、ふたたび行動を開始する。ふたりは軽傷だったが〈獣の森〉では超自然的に空間の歪みが発生しているので、たとえ小さな裂傷だとしても、混沌由来の得体の知れない病原体に感染する恐れがあるので充分に注意しなければいけなかった。


 治療を終えると、〈先兵の風穴〉から吹きつける冷たい風に打たれながら歩き出す。足元には大樹の根が張り巡らされ、時折、足をすくわれそうになりながらも進む。アリエルたちの周りには巨木が(そび)え立ち、陽の光は稀にしか射し込まないため、道はつねに薄闇のなかに沈み込んでいた。


 その大樹の根元には、光を必要としない苔が繁茂している。緑の絨毯は大地を覆い、ぼんやりとした燐光を帯びている。光の加減でその苔がぼんやりと輝きを放ち、周囲に幻想的な雰囲気をつくりだしていく。それらの苔に混じるように、不思議なキノコが群生しているのが確認できた。そのキノコは大小さまざまで、青白い光を放っている。


 密林はますます深くなり、ノノとリリの耳には奇妙な音が聞こえてくる。木々のざわめきの中に〈食屍鬼(グール)〉の呻き声のようなものが漏れ聞こえ、彼女たちの背筋を凍りつかせていく。しかし、それ以外の音は聞こえず森は静寂に支配されている。時折、木々の間から枝を踏み抜くような乾いた音が聞こえてくるが、生物の気配は感じられなかった。


 樹木の根が絡まる巨石や土砂によって道を見失い、移動できる安全な場所を見つけるためにしばしば立ち往生を余儀なくされた。地面は不規則な凹凸で覆われていて、地の底に続くような深い谷間に出ることもあった。しかし彼らは立ち止まることなく、ひたすら前に進みつづけた。


 大樹の枝からは苔に似た地衣類が垂れ下がり、森に射し込む僅かな光を遮っていた。その影響なのか周囲は暗く、足元がほとんど見えなくなっていく。隠密行動なので呪術の照明も使えず、ますます困難な道のりになる。


 そこに光が射し込むと、風に揺れ動く地衣類の影を浮かび上がらせる。それは夢幻の世界からやってきたか生物のようでもあり、ひどく不気味な光景だった。


 周辺一帯の大樹の根元には動物の骨が散乱している。地中に埋もれたそれらの骨の多くは、肉食性の小動物の棲み処になっているようだった。それらの動物の姿は見かけなかったが、棲み処に近づくと、どこからともなく唸り声が聞こえた。


 守人すら立ち入らない手付かずの自然が残る原始の森は、ますます険しく、そして荘厳になっていく。森は自然の摂理に従い、ゆっくりとした時間の流れのなかにある。ここは弱肉強食の世界でもあり、生き残るのは環境に適応した生物だけで、侵入者は異物として排除される運命にある。


 大樹に囲まれた谷間で戦闘の痕跡を見つける。地面には血溜まりが残されていて、周囲には折れた枝や呪術によって隆起した地面が見られた。荒れ果てた場所には、数人の死体が横たわっている。身形から蛮族の戦士だと分かった。


 それらの死体には腐食性の軟体動物が群がっていて、死体のなかには呪術師だと思われる人物の姿も確認できた。


 ヌメリのある粘液に覆われた死体の損傷はひどく、表情は恐怖に歪んでいるように見えた。混沌から這い出た化け物に襲われたのかもしれない。その呪術師は〈赤頭巾〉のローブらしきものを身につけていた。


『エル』

 リリに手招きされて巨石のそばに向かうと、大熊に似た獣が横たわっているのが見えた。ノノとリリを合わせても足りないほどの背丈があり、がっしりとした胸部を持っていた。しかし熊に似ているのは体格だけで、体毛は生えておらず、頭部には蠅の複眼を思わせる大きな眼がついていた。


「混沌の化け物か……」

 呪術師の攻撃が致命傷になったのかもしれない、周囲の地面が陥没しているのが確認できた。それでも生きている可能性があるので、長弓を取り出し、適当な矢を撃ち込んで反応を確かめる。大きな複眼に矢が突き刺さると、グシャリと気色悪い体液が飛び散るのが見えた。


「死んでるみたいだな」

 青年の言葉にリリは小刻みに耳を揺らす。

『この化け物に襲われて、みんな殺されちゃったのかな?』


 アリエルは周囲を見回して、それから大樹の根に寄り掛かるようにして息絶えていた呪術師に視線を合わせる。


「首長が統べる城郭都市で暮らす人々の多くは、部族の脅威になるような〈混沌の化け物〉が存在しないと思い込んでいるんだ。その存在しない化け物に襲撃されて、混乱しているうちに殺されたのかもしれない」


 念のため、呪術師と化け物の死体を焼却することにした。得体の知れない呪術で復活されても困るし、死骸になってから瘴気を撒き散らすようになる異形の化け物もいるので、そこに死体を放置することはできなかった。

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