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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 深い原生林は闇に包まれ不気味な静けさに沈み込んでいたが、豹人の姉妹はその闇の中で蠢く不穏な気配を感じ取る。それは微かな異変だったが、彼女の瞳は闇を貫くように極彩色に輝き、つんと立った耳は枝葉が揺れる音を捉えていた。小さな鼻は森の中に漂う微細な匂いを嗅ぎ分け、敵の存在を明らかにしていく。


 ノノとリリは身を低くし、大樹の根に身を隠しながら慎重に進んでいく。足元に散らばる落ち葉や枯れ枝に気をつけながら、その存在を察知されないようにして異変が感じられた場所に近づいていく。不安と緊張が彼女たちの心を支配していくが、一瞬たりとも油断することはなかった。


 姉妹は呼吸を止めて耳を澄ませる。すでに〈気配察知〉の能力で敵の気配を感じ取っていたが、ある程度の距離まで近づくと、その能力に頼る必要もなくなる。先ほど目にした猿に似た化け物が争っているのだろう。敵対者に対して吠える声と、獣の嫌な臭いが空気中に漂っている。やがてただの威嚇ではなく、激しい争いに発展していくのが分かった。


 現場に近づくと、〈闇猿〉の群れに囲まれている戦狼(いくさおおかみ)の巨体が見えた。鬱蒼とした枝の間から射し込む微かな光が森の闇を照らし、若いオオカミの毛皮が銀色に輝くのが見えた。光芒は獣たちの影を地面に落とし、深い森のなかでその姿を幻想的に見せた。


 しかしその美しい風景とは対照的に、血腥(ちなまぐさ)い戦いが繰り広げられていた。人よりも大きな身体を持つ猿の化け物は、低い(うな)り声を上げながら跳躍し、牙を剥き出しにしながら戦狼にしがみ付くと、鋭い爪で白い毛皮を引き裂いてく。オオカミはすぐに反応すると、巨大な体躯を生かし、大樹の幹に向かって飛び、その背にしがみついていた猿を叩きつける。


 鈍い衝突音のあと、猿の頭部がグシャリと潰れ、力を失くした身体が地面に落下していくのが見えた。そこに無数の影が闇の中を横切り、木々の枝を利用し素早く移動しながらオオカミに接近するのが見えた。そして血に濡れた牙と鋭い爪で襲い掛かるが、オオカミの遠吠えが空気を引き裂き、凄まじい衝撃波を発生させて猿の化け物を吹き飛ばしていく。


 オオカミと猿の群れが恐るべき力で激突し、激しい打撃音が聞こえてくる。混沌とした緊迫感が辺りの空気を支配し、戦いの熱気と飛び散る血液の臭いが森の中に充満していく。狡猾な猿の群れは、数を活かしながら徐々にオオカミを追い詰めていくが、決定的な一撃を加えることができず、逆に数を減らしていく。


 そこに豹人の姉妹が掩護に入ると、状況は更に変化していく。彼女たちは〈影舞〉を使い、影の中に溶け込むように身を隠しながら接近すると、猿の化け物に向かって〈火球〉を撃ち込んでいく。炎は瞬く間に化け物の身体を包み込み、汚物にまみれた毛皮を燃やし尽くしていく。


 猿の化け物は悲鳴を上げ、ドロリと焼け落ちていく皮膚の痛みに苦しみながら汚泥のなかを転がり回るが、呪術の炎は簡単に消えることなく泥の中で燃え続けていた。そして苦悶の声は聞こえなくなり、燃え続ける肉体だけが残されることになった。


 数体の〈闇猿〉は火だるまになりながらも、ノノとリリに襲い掛かろうとするが、炎に包まれているからなのか、その動きは鈍く、〈風刃〉の呪術によって簡単に首を()ね飛ばされていく。


 ノノとリリの呪術によって敵は駆逐され、一度は群れを排除することができたが、どこからともなく騒がしい声が聞こえるようになると、木々の間から別の群れが接近してくるのが見えた。呪術の使用によって立ち込めた混沌の気配に反応したのかもしれない。その群れのなかには、蛮族の死体から奪った槍や斧を手にする個体の姿も確認できた。


 姉妹は敵の襲撃に備えて身構える。枝をつたって移動する群れの動きは素早く、気が付くとすぐ近くまで迫っていた。が、戦狼は敵の接近を許さなかった。空気をつんざく遠吠えのあと、放射状に広がる衝撃波を受けた猿は次々と枝から落下していく。その多くは姉妹の標的にされ、無防備になっていたところを容赦なく攻撃され倒れていく。


 炎が猿の毛皮を焼き尽くし、汚物の臭いと黒煙が立ち込めていく。悲痛な叫び声が森に響き渡るが、それでも猿の群れは抵抗を続ける。茂みの中から斧を手にした猿があらわれたかと思うと、戦狼に向かって斧を投げつける。錆びついて使い物にならない斧だったが、猿たちの筋力によって投げつけられるソレは凶器に変わりない。


 ノノは風を操って突風を発生させると、勢いよく飛んでくる斧の軌道を逸らすが、そこに両刃の斧を手にした猿が飛び込んでくる。ノノは、ふいに全身の体毛がゾワっと逆立つのを感じた。まるで首筋に刃を当てられているような感覚だ。猿よりも凶悪な何かが攻撃を仕掛けようとしている。


 彼女は反射的に後方に飛び退くと、間髪を入れずに〈石壁〉を形成する。それは〈硬化〉の呪術をつかい、足元の泥濘を瞬時に硬化させた厚みのある壁だったが、凄まじい炸裂音とともに破壊されてしまう。不運なことに、彼女を攻撃しようとしていた〈闇猿〉は攻撃の巻き添えになり、破裂するように爆発四散してしまう。


 そのさい、砕けて飛び散った無数の石の破片や骨片によってノノは負傷してしまう。致命傷にはならなかったが猿の体液や骨が混じっていたので、得体のしれない病原体に感染しないように、すぐに浄化と治療の護符を使用する必要があった。が、治療している余裕はなかった。


 アリエルは飛び掛かってきた猿の攻撃を(かわ)し、すれ違いざまにその首を刎ね飛ばすと、ノノを支援するため急いで駆け寄る。が、鳥肌が立つような嫌な感覚に襲われ、思わず大樹の陰に飛び込む。その直後、けたたましい炸裂音が轟いて、青年の背後から飛び掛かろうとしていた猿の化け物が破裂して周囲に内臓やら体液を撒き散らす。


『気をつけろ』若い戦狼が唸る。『忌々しい呪術師が近くにいる』

 たしかに殺気に満ちた気配を感じ取ることができたが、誰も――鼻が利くオオカミでさえ、どこにその気配の元凶がいるのかを察することができなかった。


 間を置かずに強力な呪術を連続で撃ち込めるほどの呪術師の出現に、アリエルたちは戸惑い、必死に気配を探る。すでに〈赤頭巾〉らしき呪術師と遭遇し戦っていたので、警戒するに越したことはないだろう。


 地の底から殺気が膨れ上がってくるような感覚に思わず飛び退くと、太い根の隙間から先の尖った杭のようなモノが何本も突き出るのが見えた。敵の呪術師が放った〈土槍〉の呪術だ。もう少し反応が遅れていたら、串刺しにされていたのかもしれない。そう思うとアリエルは冷たい汗をかいた。


 岩のように硬化した無数の杭に串刺しにされた猿たちは、絶望の叫びを上げながらも、必死に抜け出そうとしていた。哀れな獣の苦悶の声が森の静寂を切り裂いていく。しかし鋭い杭が腹部を貫通していて、猿たちは大量の血液を吐き出しながら次第に力尽きていく。気が付くと周囲にはアリエルたちと戦狼しか立っていなかった。


 ノノとリリは〈気配察知〉を使い敵の姿を見つけようとするが、〈隠蔽〉を使い闇のなかに潜んでいるのか、その姿を見つけるはことができなかった。その間も敵の容赦のない攻撃にさらされることになった。すでに戦狼だけでなく、豹人の姉妹も負傷していて治療を必要としていた。


 すぐに敵に対処する必要があった。アリエルはそれ相応の代償を覚悟して、右腕に宿る獣の力を解放しようとした。が、呪われた能力が発動することはなかった。その兆候すら見られなかったのだ。そこで青年は気がつくことになる。あの強大な力は〈混沌の化け物〉を根絶するためのものであり、それ以外のものには能力が発揮されないのだと。

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