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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 人の背丈ほどの深い茂みのなかを進むと、苔生した巨岩の先に立つ妖しげな人物が見えてくる。おそらく標的の呪術師なのだろう。その人物の周りには、不自然な霧が立ち込めていた。妙な霧は巨岩の間から噴き出るかのように発生していて、件の呪術師を取り囲むかのように漂っている。


 時折、その奇妙な霧のなかに輝く模様が浮かび上がるのが確認できた。古代の呪文だろうか、規則性のある記号が霧のなかで幻想的に踊っているようにも見える。光の加減で霧は色彩を帯び、赤みを帯びた濃い紫色や黒色に変化して不気味な影を呼び起こす。


 呪術師は赤い布地に金糸で刺繍が施されたローブを身にまとっていて、城郭都市〈影の(ふち)〉で目にした〝赤頭巾〟の姿を思い出させた。組織に所属する呪術師なのかもしれない。顔はフードで隠れていたが、目から青白く発光する霧が立ち昇っているのが見えた。


 袖から覗く腕は枯れ枝のように細く、黒々としている。まるで干からびた死体を見ているような印象を受けるが、その身にまとう呪素(じゅそ)は膨大で、並みの呪術師ではないことがひと目で分かる。多様な呪術を使いこなすアリエルでも、まともにやりあえば苦戦する相手なのかもしれない。


 その呪術師の周囲では不気味な現象が起きていて、呪術による影響が足元の植物にまで及んでいるようだった。草木は茶色に変色し、そして力なく枯れていくのが見られた。辺りに漂う奇妙な霧が影を落とし、緑や青藍に染まる花々から生命力を奪っているようだった。〈混沌の穢れ〉に侵食されている雰囲気すら感じられた。


 ゆっくり接近すると、恐ろしい光景が目に飛び込んでくる。生け贄として選ばれた美しい女性が、両膝をついた状態で辱められているのが見えた。手足を縛られた女性は無残にも裸にされ、その白い肌は傷つき、斬り裂かれた皮膚から血が滴り落ちている。鮮血に濡れた陰毛からは、ヌラヌラと粘液質の血液が滴り地面に赤い染みをつくっていた。


 アリエルたちの標的だった呪術師は、女性が感じる苦しみと痛み、そして憎しみを利用して自らの呪力を高めようとしているのかもしれない。そう感じたのは青年だけではなかった。豹人の姉妹もこの場で何が行われているのか直感的に理解した。


 通常、それは邪教の儀式によってのみ効果が得られる行為で、古代の呪術に精通した多くの呪術師と血塗られた〈呪術器〉、それに無垢な生け贄を必要とした。けれどその呪術師は、刀身が蛇の身体のように左右にうねった小刀を使い、生け贄となる女性から呪力を引き出しているようだった。


 あるいは、〈混沌の遺物〉として知られた〈呪術器〉なのかもしれない。黒い刃が女性の乳房に押し付けられると、彼女の苦痛の声が森に響き渡る。呪術師はその声を喜びとして受け入れ、刃をゆっくりと動かして彼女の肌を裂き、血を引き出していく。そうして呪術師の力はますます強まっていくように感じられた。


 リリは呪術師の蛮行を目の当たりにして、怒りに全身の体毛が逆立つのを感じていた。実際に彼女の長い尾は逆立ち、普段よりも太くなっていた。すぐにその行為を止めねばならないと感じていたが、ノノは妹を落ち着かせるように声を掛けたあと、木々の間を指差した。すると、すぐ近くを巡回していた蛮人の存在を感じ取ることができた。


 呪術師に近づくことは容易ではなかった。アリエルも〈気配察知〉の能力を使い、周辺一帯の様子を探る。どうやら蛮族の戦士たちが呪術師の護衛として、少数の部隊を展開しているようだった。一連の戦闘で多くの仲間を失ったからなのか、彼らは警戒心を強めていて、アリエルたちが近づくことを許さないだろう。


 呪術師に接近するには、まずは護衛を始末する必要があった。しかし戦士たちは複数人で行動していて、慎重に、そして呪術師に存在を察知されないように行動しなければいけなかった。アリエルは姉妹と目で合図を交わしたあと、静かに行動を開始する。


 密林がつくりだす闇に紛れるように蛮人に近づいていく。姉妹は〈影舞〉を使い、言葉のまま影に隠れ、音を立てることなく敵の背後に接近していく。その間、呪術師は自らの仕事に没頭しているのか、周囲の異変に気づいている様子はなかった。


 痛めつけられる女性の悲鳴が聞こえてくるなか、アリエルは〈無音〉と〈隠蔽〉の呪術を器用に組み合わせ、敵に気づかれることなく木々の間を進む。密林は守人の領分でもある。これまでの訓練と戦闘で培ってきた技術に裏切られることはなかった。青年は〝森のなかのオオカミのように〟慎重に進み、敵の死角に入っていく。


 そして無駄な音を立てることなく、手際よく、そして無慈悲に敵を倒していく。姉妹は蛮人たちに一瞬の隙も与えることなく、かれらの首を裂いて始末していく。屈強な戦士たちは、自らの身に何が起きていたのかも分からぬまま、喉から大量の血液を吐き出し窒息していく。


 ひとり、またひとりと戦士が(くずお)れていく。アリエルたちは瞬く間に敵の数を減らし、密林の中に静寂を取り戻していく。が、その静寂を破るように女性の叫びが聞こえてくる。すぐに彼女を助けなければいけない、リリは居ても立ってもいられなくなるが、急いでは事を仕損じる。今は耐えるしかなかった。


 周囲の蛮族を粗方処理したあと、呪術師の背後に忍び寄り、あと少しで奇襲攻撃ができるところまで接近していた。しかし予期していなかった攻撃に状況が一変する。


 突然、どこからともなく風の斬撃が放たれる。鋭い風切り音のあと、呪術の一撃によって周囲の木々が鋭利な切断面を残しながら次々と薙ぎ倒されていくのが見えた。アリエルたちはさっと身を隠すが、あわやという状況だった。おそらく〈風刃(ふうじん)〉を使った敵の攻撃だったのだろう。


 この瞬間、アリエルたちは最後の最後で接近に気づかれたことを悟った。〈気配察知〉、あるいは〈索敵〉に特化した罠が足元に仕掛けられていたのかもしれない。


 先行していたノノとリリは影のなかに入り難を逃れるが、敵の呪術によって周囲の木々が倒れていたので、アリエルは咄嗟に隠れることができなかった。そこに風の斬撃が容赦なく放たれる。青年は横に飛び退いて転がるようにして攻撃を(かわ)す。不可視の斬撃は身体のすぐ近くを通り過ぎ、さらに複数の樹木を切り倒していく。


 たしかに敵は強力な呪術師なのかもしれない。しかし接近できれば剣を手にした者が圧倒的に有利だとアリエルは確信していた。それを証明するように敵に突撃し、そして相手の肩から腰に向かって斜めに斬り下ろす。けれど青年が斬り裂いたのは、〈幻惑〉と〈欺瞞〉の呪術によって作り出された幻影だった。


 刃が空を斬り裂き、敵の姿が霧のように霧散して消え去る。そしてつぎの瞬間、横手から凄まじい衝撃波を受けてアリエルは地面を転がる。強烈な衝撃に打ちのめされ、呼吸すらできなくなる。目が回り周囲の状況が分からなかったが、呪素(じゅそ)をまとう何者かが接近するのを感じると、青年は激しい痛みに耐えながら立ち上がる。


 そして、宙に浮かび手足を動かすことなく近付いてくる呪術師が本物なのかを見極める。ここからは、より慎重に、より警戒しながら攻撃に備えなければいけない。呪術師は強大な力を持っているだけでなく、狡猾で油断できない相手だった。


 アリエルは剣を上段に構えると、両手を高くあげ切っ先を背後に向けた。その間も敵から視線を外すことなく、じっと攻撃の機会を(うかが)う。そこにノノとリリが駆けつけてくるが、呪術師は顔を動かすことなく〈火球〉を放って牽制する。彼女たちは〈影舞〉を使い草木の影に潜みながら接近していたが、呪術師には効果がないようだ。


 呪術師を護衛していた蛮族を先に始末して正解だったようだ。もしも戦士たちが生きていたら、さらに厄介な状況に追い込まれていたかもしれない。

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