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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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 しんと張り詰めた空気のなか、アリエルたちは死体のそばにしゃがみ込むと、貴重な装備や道具がないか探す。本来なら任務を優先するべきだったが、貴重な装備品が再び敵の手に渡ることも阻止しなければいけないので、気持ちを切り替えて作業に集中する。


 暗い森のなかには悪意に満ちた嫌な気配が漂い、依然として蛮族による襲撃の危険を(はら)んでいたので、警戒しながら手早く回収していく必要があった。豹人のリリは、そのことを肌で感じているからなのか、目に付いた刀や槍を片端から回収していく。装備は嵩張るが、アリエルの〈収納空間〉が使えるので気にせず拾っていく。


 ノノは鼻を鳴らしながら呪術師の死体に近づくと、男が身につけていた黒いローブに手を伸ばす。そのさい、危険性がないか確かめるように、そっと指先で触れたあと生地を(こす)り合わせてみる。そして、つねに霧を帯びているような不思議な素材の秘密を解き明かそうと考えを巡らせる。


 死体からローブを剥ぎ取りながら布を(めく)ると、複雑な呪文が織り込まれているのが分かった。それは〈呪術器〉のように、高度な技術を持つ者の手で作製されたモノなのだろう。やわらかな布地は触れているだけでひんやりとした感触が伝わり、衝撃に反応して霧状の波紋が広がっていくのが見えた。


 軽く呪素(じゅそ)を流し込んでみると、森の色相と質感を取り込みながら生地の表面に変化していくのが見えた。〈隠蔽〉の呪術が付与されていると思っていたが、どうやら周囲の環境を再現することで姿を隠す〈迷彩〉の呪術効果が付与されているようだ。ローブを身につけている人間を完全に透明にすることはできないが、森で身を隠すには充分な能力だった。


 燃える投石機の近くにやってきたアリエルは、死体のそばに転がる古い書物を見つける。厚革で綴じられたその書物は、少々痛んでいて泥で汚れていたものの、古代の呪文と神話が記されていて、見た目以上の価値を秘めていることが分かった。青年はその〈古の呪術書〉を毛皮の〈収納空間〉に入れると、呪術師が身につけていた装飾品や指輪も回収する。


 その指輪の表面には細かな文字が刻みこまれていて、それらの文字からは、微かだったが呪素が滲み出しているのが分かった。なにかしらの効果を持つ〈呪術器〉として機能していることが分かったが、具体的にどのような効果を発揮するモノなのかは分からなかった。〈境界の砦〉にいる石に近きもの〈ペドゥラァシ〉なら、何か分かるかもしれない。


 暗部の死体を調べていると、呪術で強化された矢を見つける。これらの矢は部族の戦士が使うモノとは明らかに異なり、銀色の光沢を放ち、矢の尖端は異様に鋭く、一度放たれれば強固な鉄鎧も容易く貫く力があることが分かった。


 注意深く観察すると、呪術師でなくとも付与された能力が使えるように、〈神々の言葉〉が刻まれているのが確認できた。


 この矢で攻撃されていたら、〈矢避けの護符〉を使用していても致命的な攻撃になったのかもしれない。アリエルは己の幸運に感謝しながら、頭部のない死体を調べるが、雑多な護符以外の貴重なモノは見つけられなかった。それに、身元を示すものは何も所持していなかった。


 地面に転がっていた刀と手裏剣を回収すると、いつでも使えるように腰に差すことにした。もちろん貴重な矢も回収する。慎重に矢筒に収めたあと〈収納空間〉に放り込む。


 近くに転がっていた死体から斧や槍を回収していると、敵の呪術師が手にしていた宝珠を見つける。残念ながら戦いのなかで破損してしまっていたが、妙な気配を感じたので調べることにした。


 破損した宝珠を拾いあげたあと、ひび割れた球体を観察する。地面に落下したさいに割れてしまっていたが、その内部からはまだ微かな呪力が感じられ、時折、ひび割れの隙間から青白い光が漏れ出ているのが見えた。


 この宝珠が完全な形であれば、どれほどの力を発揮してくれたのかを考えながら、ソレに残る呪力を感じ取ろうと集中した。残念ながら呪術の操作はできなかったが、この宝珠の断片からでも呪素を取り込むことができるのに気がつく。体内に蓄えられる呪素を補うための〈呪術器〉だったのかもしれない。


 適当な布を取り出すと、破損した宝珠を慎重に布で包み〈収納空間〉に入れる。この力を何らかの方法で活用できるかもしれないと考えたからだったが、役に立たないかもしれない。それでも、それが敵に利用されたさいに被るかもしれない損害について考える。


 ふと顔をあげると、破壊された投石機から立ち昇る炎が森の暗闇に不気味な光を投げかけているのが見えた。燃え広がるのを防ぐため、すぐに消火したほうがいいだろう。


 アリエルは大気中の呪素を取り込みながら水を生成すると、炎の勢いを抑えるために大量の水を噴射していく。呪術の操作は難しくないが、技術を必要としない荒業でもあるので、それなりの呪素を消費してしまう。


 消火活動が一段落したあと、アリエルは(くす)ぶる木材と金属の残骸を前に立ち尽くすように思考する。


 すぐに戦士たちの死体を処理する必要があった。しかしソレが〈混沌の化け物〉を引き寄せる危険があることを承知で、その場に放置する決断をした。焼却する時間があれば化け物の餌になることを防げたかもしれないが、現状では任務を優先し、早急にこの場を離れたほうがいいと考えた。


 それに、標的に関する情報は得られなかったので、これ以上とどまるべきではないと感じていた。ノノとリリに声を掛けると、すぐにその場を離れ、再び暗い森に足を踏み入れる。背後には未だ煙を上げる投石機の残骸が残され、深い森は再び静寂に包まれていく。


 アリエルたちは薄暗い密林を慎重に進んでいく。腐葉土の臭いと錆びた鉄のような血の臭いが混じった空気が肺を満たすなか、枯れ枝を踏み抜く微かな音が森に響き渡っていく。〈念話〉を妨害している敵の呪術師を見つけ出し、暗殺することが任務だったが、その道のりは険しいものだった。


 しばらく進むと、戦闘の痕跡が確認できる場所に出る。至るところに刀剣で斬り裂かれた死体と、呪術で焼かれた蛮族の死体が無造作に転がっている。地面は血と泥で(にご)り、破壊された樹木が道をさえぎるように倒れていた。その惨い光景のなかに、アリエルは義兄弟たちの死体を見つける。


 足が止まり、その目は無念さで曇っていく。死んでしまった守人の顔には、戦いの緊張や恐怖がまだ残っていて、安らかな死に顔からは程遠いものだった。けれど感情に浸る時間はない。青年は軽く頭を下げ、手を合わせて短い祈りの言葉を口にしたあと、再び任務を遂行するために歩き出した。


 森の中を進むにつれ、これまでにない緊張を強いられることになった。いつ敵があらわれるか分からないという不安が絶えず付きまとい、青年の手は剣の柄を握り締めていた。そしてその緊張感のなか、彼は遠くの茂みが僅かに揺れるのを見つけた。〈気配察知〉で、人の朧気な輪郭が見えていたが、それが敵か味方なのか判別することはできなかった。


 警戒しながら近づくと、樹木の根に身を隠すように(うずくま)る少年の姿が見えた。まだ本格的な戦闘訓練も受けていない若い守人だった。幼さを残す顔は汗と泥で汚れ、目は恐怖で大きく見開かれていた。かれの身体は絶え間なく震えていて、小さな嗚咽を漏らしながら深くうなだれていた。


 すすり泣いていた少年の手には、粗末に彫られた木の像が握られていた。おそらく森の女神を象ったモノなのだろう。少年はその木像を優しく撫でながら、何度も口づけして、断片的にしか理解できない祈りの言葉を唱えていた。まるで、それがたったひとつの救いであるかのように。


 しかし実際に、その祈りの言葉は戦場の混乱の中で彼にとって唯一無二の希望であり、信仰心によって孤独と恐怖に抗うための力を得ていたのは事実に思えた。もともと口減らしに売られ、強制的に砦に送られてきた少年にとって信仰は唯一の救いだったのだ。


 アリエルは刀を鞘に収めると、少年のそばで膝をついて「大丈夫か?」と静かに声をかけた。少年は驚いて顔を上げるが、アリエルの明滅する深紅の瞳を見て、さらに身体を震わせる。北部に生息する恐ろしき獣が、己を()らいにやってきたと勘違いしたのだろう。


 アリエルは少年の態度に眉を寄せるが、落ち着いた声で言う。

「守人になる教育を受けているのなら知っていると思うが、夜になると〈混沌の化け物〉が活発に動くようになる。だから日が暮れる前に砦に戻らなければいけない」


 少年は立ち上がると、フラフラとした足取りで――(つまづ)きそうになりながらも歩いていく。途中で、ふと女神像に祈った言葉を思い出し、わずかな勇気を振り絞る。


 しかし砦で孤立していたアリエルに言葉を掛けることはなかった。それが亜人に対する差別意識によるものなのかは分からなかったが、余裕のない少年にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。


 アリエルは少年が無事に砦にたどり着くことを願いながら、任務に集中するため気持ちを切り替えた。少年が生き延びる可能性は低いかもしれないが、彼にできることはなにもなかった。やがて少年の姿は茂みの中に消えていき見えなくなった。おそらく、もう会うことはないだろう。

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