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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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05


 地底に流れる暗く冷たい川の音が聞こえるなか、異形の存在が接近してきたのを察知したアリエルは足を止め、紅く明滅する眸で暗闇を凝視する。濡れた岩肌の間に冷たい風が微かな音を立てて吹き抜け、青年の頬を撫でていく。すると彼が羽織っていた黒い毛皮のマントが、半ば生きているかのように背中ではためいた。


 異形の化け物の足跡は水音に掻き消されてしまっていたのだろう、野営地のすぐ近くに来るまで敵の接近に気づけなかった。しかし化け物の姿を目にしたことで青年の感覚は地底の闇を貫くように研ぎ澄まされ、異形の存在をハッキリと認識できるようになっていた。彼は静かに呼吸を整えると、毛皮の〈収納空間〉から両刃の剣を取り出した。


 その剣は見るからに古びていて、錆びついて刃こぼれしているように見えた。それに刀身には奇妙な亀裂が入っているのが見えた。この亀裂は刃を鋸歯状(きょしじょう)に変化させていて、刀身に付着した血液と鋼が混ざり合っているかのような、不気味な模様を描いている。


 アリエルが呪素(じゅそ)を流し込むと、その亀裂が微かに脈動し光を放つのが見えた。青年の呪力が刀身に力を与え活性化させ、剣に生命が吹き込まれたかのようにも感じられた。剣は暗闇の中で微かに赤く明滅し、剣が呪力に満ちていることを示していた。


 青年が手にする剣は、最早ただの武器ではなく、混沌を打ち破るための力そのものだった。


 そこに異形の化け物が姿を迫る。その姿は悪夢そのものだ。体表は半透明の乳白色で、身体の内部が透けて見えるほどだった。脈動し(うごめ)く血管や脂肪、内臓が透き通り、子どもを思わせる華奢な胴体には醜い頭部がのっていた。その頭部は無機的で無表情で、ただただ空しく虚ろに見える。


 しかし口は異様に大きく、不揃いの牙が覗いていた。その口は化膿した傷口のように、ねちゃねちゃと耳まで広がり、深く裂けているように見えた。長く尖った耳は、花に集まる小妖精の耳にも似ていたが、その姿は可憐さや美しさとは無縁だった。むしろ、異形の醜さと残酷さを誇張しているようにも見える。


 体表はヌメリのある粘液で覆われ、その粘液に青白い照明の光が反射して、生物の姿をますます不気味にさせる。ちなみに全身に体毛は一切生えていなかった。衣類の類は身につけず、気色悪い性器をゆらゆらと揺らしながら近づいてくる。


 地底で見慣れていた〈混沌の化け物〉に似ていたが、この新種の化け物は闇の中で発光する眼を持っていて、敵の存在をより正確に捉えることができるようになっていた。


 両刃の剣を手にしたアリエルは、川の浅瀬に立ち足場を慣らすと、こちらに猛進してくる化け物を見据える。青年が手にする剣は火花を散らすように荒々しい光を放ち、空気中に緊迫感を漂わせていた。


 水面が揺れるなか、バシャバシャと水しぶきを立てながら化け物が接近してくる。アリエルの右腕は〈混沌の化け物〉に反応し、敵の血を求めるように呪素を帯びていき、彼の精神を乱していく。けれど青年は集中し、敵に向けた鋭い剣尖(けんせん)にのみ意識を向けていた。


 敵が間合いに入った瞬間、アリエルは剣を横薙ぎに振り抜く。空気が斬り裂かれる鋭い音が聞こえ、刃が化け物の身体に食い込む。そしてその醜い胴体を斬り裂き、血しぶきが舞う。刃が骨に触れる感触がするが、青年は気にせず剣を一気に振り抜いて、その一刀で化け物を両断してみせた。


 化け物は倒れるが、息つく暇もなく別の個体が飛び掛かってくる。アリエルは瞬間的に反応し、横に飛び退いて攻撃を(かわ)す。彼の動きは素早く、化け物は驚きにも似た表情を浮かべるが、その動作と同時に振り抜かれた刃を目にして死を悟る。


 剣を振り抜いて化け物の頭部を()ね飛ばす。刃は空気を斬り裂き、鋭い音を立てながら化け物の首を飛ばす。頭部を失った化け物は大量の血液を噴き出しながら一歩、二歩、その場で歩いて見せたが、すぐに崩れ落ちた。そして暗い水面に沈み込むようにして消えていく。


 アリエルはその戦いのさなか、いつも以上に頭が冴えた状態にあることに気がついた。妖しく明滅する眸は闇を貫き、その耳は最小の音まで拾い上げる。暗闇のなかで精神が研ぎ澄まされていたからなのかもしれない。接近してくる化け物の足音だけでなく、荒々しい息遣いや、クチャクチャと唾液を垂らす音までもが彼の耳にハッキリと届いていた。


 あるいは、それは死が迫り来る音であったのかもしれない。心臓の鼓動と共に緊張感が全身を駆け巡る。しかし青年は迫りくる死から逃れるように息を潜め、剣を握りしめる手に力を入れる。そして衝突の瞬間に備え、彼は精神を集中させていく。


 どれほど仲間が殺されようとも化け物は死を恐れず、獣のような雄叫びを上げながらアリエルに襲い掛かる。かれらは子どものように背が低いが、凶暴な姿勢で武器を振り回していて油断できない。その武器は、どこかの遺跡で手に入れた錆びついた鈍刀だったり、それを加工した石斧だったりしたが、危険なものに変わりない。


 アリエルは決して恐れず、剣を巧みに操りながら敵を(ほふ)り適切な距離を保ちながら戦う。足場の悪い川のなかで獣のような化け物の攻撃を(かわ)すのは困難だったが、的確で無駄のない一撃で敵を撃退していく。


 風切り音が聞こえたかと思うと、アリエルの周囲に奇妙な突風が吹いて、何かが彼のすぐ近くを(かす)めるように飛んで行くのが見えた。どうやら〈矢避けの護符〉の効果が発動したようだ。


 そこに弓を手にした化け物が姿をあらわす。アリエルは目の前の敵を斬り伏せながら体内の呪素を練り上げていく。そして化け物が弓弦を引くのが見えると、手のひらを敵に向けて一気に呪力を放出する。矢を放つ寸前だったが、化け物は邪悪な気配に気づいたのかもしれない、弓を引くのを止めて眼を大きく見開く。


 つぎの瞬間、甲高い音ともに空間に裂け目が発生し、暗い歪みの中から滅紫(めっし)の粘液に濡れた異形の口があらわれる。膨大な呪素によって顕現(けんげん)した異形の口は、化け物の上半身にパクリと咬みつき、その一撃で小さな肉体を引き裂いてみせた。


 千切れた切断面からは内臓がこぼれ落ち、血液が噴き出す、そしてその(おぞ)ましい血液で川を(けが)していく。化け物の肉体は異形の口に咀嚼され、食い千切られ、血液が飛び散っていく。残された下半身は川の中に沈み、異臭だけを漂わせる。


 そして青年は〈混沌喰らい〉の異能で敵を殺したことにより、言い知れない高揚感に包まれていくのを感じた。


 アリエルはその力を使うたびに、身体の内側から得体の知れない力が湧き上がるのを感じていた。しかしその力には代償がある。それは肉体を変化させ、精神を侵食していく。己を悍ましい獣に変えても混沌を喰らい尽くす。それがこの力が求めていることなのだろう。


 だが、異能に呑み込まれるわけにはいかなかった。青年は突進してきた化け物の槍を(つか)み、無理やり引き寄せて首を()ねてみせると、川向こうに姿を見せた化け物に向かって錆びついた槍を投げつけた。化け物の胸部に槍が突き刺さり、そのまま後方に吹き飛ばされていくと、アリエルは息を整えながら周囲を見回して他に敵がいないか探る。


 暗闇に敵の気配はなく、化け物の死体だけが残されている。それは小さな集団による襲撃だったが、以前ならもっと苦戦し、死を覚悟して戦っていたのかもしれない。けれど今回は苦労することなく敵を殲滅することができた。


 アリエルは鉄紺(てつこん)に染まる右手を見つめ、そして自らの肉体の変化を感じ取る。明らかに以前よりも力が増し、俊敏になっていた。過去の戦闘で積み重ねてきた経験が、戦士としての能力を飛躍的に向上させたのかもしれない。もちろん戦いによる疲労感が残っていたが、身のうちに新たな力が息づいていることを感じていた。

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