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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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04


 一行は暗闇のなか足元の泥濘(でいねい)に意識を集中させながら、ひたすら歩き続けていた。かれらの足音は底のない暗闇に響き渡り、時折、岩の隙間から湧き出る水滴の音や、獣の荒い息づかいが聞こえてきていた。やがて、水の流れる音が轟音に変わると、先頭に立っていたアリエルは立ち止まる。


 青年は紅く明滅する瞳で周囲を見回し、守人たちが残した目印を探す。それは些細な変化だったのかもしれない、しかし岩の裂け目から冷たい空気が流れ込んできていることに気がついた。慎重に裂け目に近づくと、両側が切り立った崖に挟まれた細い道が続いているのが見えた。頭上にも通れそうな横穴が見えるが、濡れた岩棚を登るのは困難だろう。


 アリエルは仲間のもとに引き返すと、道を探してくるから待っていてくれと告げた。すぐ近くで滝のように水が流れ落ちている所為(せい)か、青年の声は轟音に掻き消され、〈念話〉を使って会話する必要があった。


 それから裂け目まで戻ると、身をかがめて、穴の中に身を滑り込ませる。豹人の姉妹や照月(てるつき)來凪(らな)なら問題なく通れるかもしれないが、大柄の土鬼(どき)は通ることができないだろう。青年の手は濡れた岩壁に触れ、足元は不安定な泥の上で滑りやすくなっていた。彼が吐き出す息は白くなり、洞窟の冷たい暗闇が彼を包み込んでいく。


 孤独には慣れていたはずだったが、暗闇のなか狭い穴のなかを進んでいると、途端に不安に圧し潰されそうになる。この冷たく暗い場所では昆虫の気配すら感じられない。ここにはあるのは果てのない静寂と暗闇、そして世界に忘れられた空虚な空間だけだったのかもしれない。


 それでもひたすら前に進む。身を乗り出し腹這いになると、手を突き出して狭い穴のなかを抜けていく。その途中、岩肌から突き出た尖った岩に手足をぶつけ、黒衣が裂けて肌が傷つくのが分かった。濡れた毛皮は徐々に重くなり、狭い空間で息苦しさを感じるようになる。


 ヌルリと濡れた岩肌を手でなぞるように進んでいく。その岩壁には、光合成をせずに真っ暗な環境でも生きられる苔が生えていて、淡い燐光を放つように輝いているのが見えた。その薄明かりが岩壁を照らし、錆色の岩肌に流れる水に反射する。苔の微かな輝きが、暗闇の中に少しの安らぎを与えてくれるようだった。


 その薄明りのなかを進むにつれて頭上から水滴が落ちてくるようになる。暗闇の向こうから聞こえる水の音は生命の息吹のように感じられる。もうすぐ、反対側に出られるのだろう。暗闇に目を凝らすと、壁のない広大な空間があることが分かった。


 近くに地底湖につづく川が流れているのだろう。青年は周囲を見回しあと、来た道を引き返すように坂道になっていた岩棚を進んでいく。しばらくすると、仲間たちが待機していた空間に出る。彼は〈収納の腕輪〉から太い縄を取り出すと、しっかりと岩に縛り付け、それから足元に広がる暗闇に落とした。


 ノノと〈念話〉をつかって連絡を取り合うと、暗闇のなかで青白い光を放つ小さな発光体がゆらゆらと動きながら近づいてくるのが見えた。どうやら縄を見つけられたようだ。


 その縄を使い武者のひとりが苦労しながら横穴に登ってくると、彼と協力しながら仲間たちを引き上げていく。何とか無事に全員を引き上げることができたときには、全身が泥だらけになってしまっていた。幸いなことに、川のすぐ近くに守人たちが野営していた場所があるので、そこで身体を清めることができるだろう。


 予想通り焚き火のあとを見つけると、腕輪から必要なモノを取り出して野営の準備を進めていく。守人たちは薪やら食料といった多くの荷物を背負って任務を行っていたが、腕輪があれば苦労することなく野営できた。〈収納庫〉を備えた呪術器は、以前は誰もが所有していたであろう道具だったが、組織の衰退とともに多くのモノが失われてしまっていた。


 けれど過ぎたことを気に病んでいても仕方ないだろう。野営の準備ができると、川に行き透き通る水面を見つめながら、危険な生物が潜んでいないか注意深く調べていく。基本的に川は浅く、膝が浸かる程度だったので溺れる心配はない。安全が確認できると仲間たちに声を掛け、豹人の姉妹と照月來凪が身体を清める間、武者と一緒に周囲の警戒を行う。


 野営地は安全地帯に設営されていたが、この暗く深い地底では何が起きてもおかしくないので、つねに警戒を怠らないようにする。彼女たちが戻ってくると、土鬼の武者を連れて川に行き、ボロボロの黒衣を脱ぎ捨てて川のなかに入っていく。水は冷たく身体が震えるほどだったが、我慢して水を浴びて全身を綺麗にしていく。


 武者のひとりである九郎は「どうせすぐに汚れる」と言って、水浴びするのを嫌がったが、八太郎は弟から漂うひどい臭いに我慢ができなかったのだろう、無理やり水浴びをさせられることになった。たしかに彼の言ったことは正しかった。我々はすぐに泥だらけになったが、身体にこびり付いていた返り血や腐敗液を洗い流すことができた。


 野営地に戻ると、かれらは焚き火の周りに集まり、交替で見張りを行いながら身体を休めることにした。焚き火の炎が揺らめく様子を見ていると、心が安らぐのを感じた。


 どこか暗い顔をしていたノノにその理由を(たず)ねると、どうやら数時間前に見た守人と〈混沌の化け物〉の死体が気になっているようだった。


「俺も気になっていたんだ」アリエルは炎を見つめながら言う。

「都市遺跡に関する任務を行うさいには――それがどんな任務であれ、それなりの装備や荷物が必要になるけど、あそこで死んでいた兄弟たちは軽装で、背嚢(はいのう)すら背負っていなかった」


 まるで何もかもほっぽり出して、慌てて逃げてきたような軽装だった。

「どこかに荷物を置いてきたとも考えたんだけど、それらしいモノは見つからなかった」


『逃げてきた……』

 ノノは不安を感じているのか、フサフサした長い尾を抱き寄せる。

『森ではなく、混沌が支配する地底に逃げるほど状況が切迫していた、ということですね』


「まさか――」と、照月來凪が青ざめた表情で言う。

「砦が何者かに襲撃されて、逃げ場を失って地底に逃げてきた?」


 もしかしたら、〈龍の幼生〉のことを思い出して不安になったのかもしれない。しかし龍の子は南部の野営地〈白冠の塔〉で匿われていて、クラウディアたちに世話してもらっているので心配する必要はなかった。


「でも……」と、彼女は不安そうにアリエルを見つめた。

「守人の砦が攻撃されているかもしれない」


 たしかに心配だったが、〈境界の砦〉にはルズィとベレグがいる。そして彼らでも対処できないような深刻な事態になっているとしたら、それは砦が陥落している、ということでもあった。


「襲撃された可能性はある……」アリエルは考えをまとめながら口を開いた。「けどルズィたちは襲撃に備えて警備を強化していたし、ラライアも一族を率いて協力してくれていた。それでも襲撃が――」


 そこでアリエルは口を閉じた。それでも襲撃が行われたとなると、それは大軍勢による大規模な攻撃の可能性がある。そして東部地域でそれだけの軍を動かせる人間は、〈影の淵〉の名で知られた城郭都市を治めていた首長だけだろう。だが、首長が守人を排除しようとしている理由が分からなかった。


「やれやれ……」

 青年は溜息をつくと、武者たちと見張りを交替することにした。まだ休める時間があったが、嫌なことばかり考えて眠れそうになかった。


 ノノが用意してくれた照明を頼りに川の近くを歩いていると、光に反射して無数の眼が輝くのが見えた。川の音に紛れるようにして〈混沌の化け物〉が近くまで来ていたのだろう。

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