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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 中編

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02


 中途半端に焼けた化け物の醜い死骸が悪臭を放ちながら横たわっているのが見えた。〈混沌の化け物〉の多くはノノとリリの呪術で焼き殺され、生き延びた個体も煙に巻かれて息絶えていた。アリエルは足元に転がる死骸を注意深く調べたあと、闇のなかに沈み込む横穴を覗き込む。


 滑らかな質感の壁に手をつけると、ふと自分自身の手が目に入る。そこで青年は驚いたような表情を見せた。手が汚れていて、爪の間に泥や血が詰まっているのが見えた。探索やら戦闘に集中していて身だしなみに注意していなかったからなのか、ひどく汚れていることに気がついて嫌な気分になった。


 すると自分の身体からも化け物の死骸と同じような臭いがしていることに気がつく。それは鼻について離れない腐臭の所為(せい)だったのかもしれないが、汗や土埃だけでなく、錆び臭いニオイが含まれていることが感じ取れた。


「やれやれ」と、青年は溜息をついた。

 アリエルは――厳格な規則に縛られた組織に属する〈守人〉であるがゆえに――つねに身だしなみに注意を払っていたので、現在の状況に危機感を持った。ひどい感染症や重大な病気にかかる前に対処したほうがいいのかもしれない。どこかに水場があればいいのだが、この暗い横穴の先にそれがあるとは思えなかった。


 その横穴に入る前に、ノノは手のひらに小さな光球を作り出した。照明として機能する青白い呪術の光は、微かな冷気を帯びていて、ひんやりと周囲の空気から熱を奪っていく。


 ノノはその光球を中空に浮かべると、そっと横穴の中に侵入させる。光球は彼女の意思に従い、横穴の奥に向かって音も立てずに飛んでいく。光球が通るたびに、横穴の中に光が溢れ、ゴツゴツし岩肌が照らされていく。土が剥き出しの壁には、何者かによって手作業で掘られた跡が確認できた。その痕跡をじっと眺めていた青年は不安に駆られていく。


 侵入者を迷わせるように、横穴は深く、曲がりくねり複雑に入り組んでいた。だが同時に、人を引き付ける奇妙な感覚を抱いた。それは青年を呼び寄せるかのように、不吉な魅力を放っていた。光球が遠ざかるにつれて横穴はふたたび深い闇に包まれていく。その闇は、すべてを呑み込もうとするかのように重々しく、見ているだけで息苦しくなる。


 出発の準備ができると、豹人の姉妹を先頭に横穴のなかに入っていく。襲撃に対応できるように、土鬼(どき)の屈強な武者を先頭にするべきだったが、ふたりは大柄で、なにか起きたときに横穴を塞いでしまう可能性があったので、小柄な豹人の姉妹が先頭を行くことになった。


 暗い横穴を進みながら、アリエルは注意深く周囲を観察していた。この横穴は、何十年、あるいは何百年も前に、何者かによって掘られたものだと考えられた。岩が剥き出しの壁には、原始的な道具によって彫られた跡が残っている。しかし、その痕跡は長い年月の風化や崩落によって失われ、もはや自然にできたものだと言われても違和感がなかった。


 照明で浮かび上がる通路に視線を向けると、迷路のように入り組んでいて、どこまでも続いているように見えた。時々、道が分岐したり塞がっていたりしていた。それが落盤によるものなのか、侵入者を迷わせるために意図した状態なのかは分からないが、とにかく進み続けるしかなかった。


 もちろん、正しい道を選んでいる確証はなかったが、かれらには選択肢がなかった。横穴は深い静寂に包まれていて、足音や呼吸音だけが暗闇のなかで響いていた。悪意に敏感なノノは瘴気のなかに漂う嫌な気配を感じとり、危険な生物が潜んでいる可能性について考えたが、ソレが姿を見せることはなかった。


 時折、ひそひそと(ささや)くような声が聞こえてきた。それは誰かの名前を呼ぶ悲しげな声や、意味をなさない言葉の羅列だったが、振り返ってみても誰もいなかった。


 アリエルはその幻聴にも似た感覚を知っていた。青年はこの横穴が邪悪な力に支配されていることを感じとっていた。心臓の鼓動は速くなり、鉄紺に染まる腕は熱を持つ。混沌に連なるものが近くにいるのだろう。けれどここで引き返すようなことはしなかったし、考えもしなかった。


 やがて横穴の出口が見えてくる。暗闇の先に見えた光景に一行は息をのんだ。目の前に広がるのは、広大な地下空間に存在する都市遺跡だった。その都市がどのようにして地下に築かれたのか、どのような目的でつくられたのか、そしてどのような人々が住んでいたのか想像することもできなかったが、それは荘厳な都市だった。


 けれどアリエルだけは冷静だった。青年はその都市のことを知っていたのだ。そしてその都市が〈境界の砦〉の地下にあることも知っていた。南部の〈転移門〉に〈空間転移〉するつもりだったが、どうやら知らず知らずのうちに東部まで移動していたようだ。


「でも、どうして砦の地下に?」

 黄金に染められた都市に視線を向けると、高さや幅が異なる石造りの建造物が林立しているのが見えた。それぞれの建造物は黄金の装飾で飾られ、古代文明の栄華を物語っている。青年は、それらの装飾が神話や英雄に捧げられていたことを知っていた。そしてその装飾が古代の力や知識を秘めていることも。


 都市の上方には、人工的につくられた太陽が浮かんでいる。それは古の偉大な呪術師たちによって形作られたもので、青白い光を放ちながら都市全体を照らしている。その光が黄金の装飾に反射して、(まばゆ)いばかりの輝きを放っている。


 この壮大な景色に圧倒されて、土鬼の武者だけでなく、豹人の姉妹も足を止めてしばし見惚れていた。得体の知れない穴の底で、このような光景が見られるとは思っていなかったのだろう。照月(てるつき)來凪(らな)も感動と驚きを覚え、都市に向かって無意識に歩き出した。が、すぐにアリエルに手首を(つか)まれる。


 彼女はハッとして足元に視線を向け、そこでようやく断崖に立っていることに気がついた。どうやら都市を眼下に見る岩山につくられた横穴から出てきたようだ。アリエルは仲間たちに都市のことを話し、地上に向かうことを伝えた。かれらは守人の知られざる任務に驚きながらも、青年の指示に従いながら断崖を下り都市に入っていく。


 都市遺跡の中央に続く真直ぐな大通りを歩いていると、その都市が、どのような文化や歴史を持っていたのか、自然と興味と好奇心を抱くようになる。複雑な建築様式の建物の多くは部族のモノとは似ても似つかない。それはこの都市が、森で生きる人々の技術を超越した者たちの手によって築かれたことを示していた。


 建造物の形や壁面の模様は、土鬼や豹人が知るどの文明とも異なっていた。目に映るすべての建造物が、なにか重要な意味を持って建てられているのではないのか、と深読みするほど見事な造りだった。通りの両側には黒曜石の巨大な円柱が並んでいた。その円柱は、高さが数十メートルもあり、太さも人の胴ほどもあった。


 滑らかな円柱の天辺には、植物の根を思わせる奇妙な触手を持つ生物の彫像が立っていた。その彫像は――人に似ているが、顎下や手足に触手が生えている。その触手は円柱に絡みついていて、複雑な模様をつくりだしている。


 古代の呪術師たちの姿を表現しているのか、それともそこで崇められていた神々の姿を表しているのか、それは都市を監視してきた守人たちにも分からないことだった。アリエルはそれらの彫像に見つめられているような奇妙な感覚を抱きながら通りを歩いた。


 大通りには人気(ひとけ)がなく、かれらを襲撃した〈混沌の化け物〉の姿も見られない。都市は静かで、多くの遺跡がそうであるように、すでに死んでいた。〈混沌の領域〉と、この世界を隔てる〈結界〉が存在しなければ、守人にすら見捨てられていたのかもしれない。

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