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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編

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 宴席の中心で繰り広げられる異様な光景に身を置きながら、アリエルは集落の外、暗い森に潜む異様な気配を感じ取っていた。その所為(せい)なのかもしれない、宴に用意された様々な料理に囲まれながらも一切手をつけようとしなかった。得体の知れない危うさを感じ取り、料理や酒を飲むことを避けていた。


 その理由は、この宴が何かしらの儀式的意味合いを持ち、ただの祝宴ではないことを示唆していたからなのだろう。青年はこの宴が混沌に連なるものたちに――あるいは邪神を崇める教義と関連していると考えていた。この場で行われる凄惨な殺戮、そして血肉を求める人々の残虐性のなかに、森の神々と相対する思惑が潜んでいると肌で感じていた。


 生きながら切り刻まれる人々が邪悪なるものたちの生け贄だと言われても納得できる。それだけ異様な光景が繰り広げられていたのだ。今も腹を切り裂かれた女性が人々に貪り食われている。


 アリエルたちは〝血の惨劇〟が繰り広げられている広場から離れると、持参していた携行食で腹を満たしながら狩りの報酬として手に入れていた装備を確かめる。八元(やもと)の武者は〈骨刀〉の鋭さに驚いているようだったが、それよりもあの場所で何が起きていたのか気になっているようだった。しかし残念ながら誰も答えを持ち合わせていなかった。


 ふたりは小屋の外で見張りをしていたが、気がつくと〈災いの獣〉が徘徊する森にいたという。そして獣との戦いで負傷し気を失ったかと思うと、また小屋の外に立っていた。それは夢を見ていたかのように、すべて彼らの意識の外で行われた。


 それが事実だと証明する術はなかったが、おそらくあの戦いでふたりは死んでいた。そのことを告げると、大柄の武者は言葉を失い沈黙する。篝火の灯りが彼らの表情に暗い影を落としていく。が、やがて納得したようにうなずく。あの絶望的な戦いを生き延びられるとは考えていなかったのだろう。


「ふたりの身代わりになったのは、小屋の中にいた部族の呪術師だった」

 アリエルの言葉のあと、かれらの表情に驚きと困惑が浮かび上がる。ふたりは呪術師が身代わりになってくれたことに感謝しつつも、その呪術がどれほど困難で冒涜的ものだったのかを理解した。


 しかし照月家の精鋭である八元の武者も、命を消費し誰かの身代わりになる呪術について知らなかった。それは禁術の領域に触れる危険な行為であり、彼らには知る術のないモノだった。呪術に長けた朧月家(おぼろづき)なら何か知っているのかもしれない。しかし大家の呪術師が禁術に関する情報を教えてくれるとも思えなかった。


 とにかく、ふたりは〈骨刀〉を受け取ってくれた。それからアリエルは、黒毛皮のマントを身につけた豹人の姉妹が〈影舞〉の呪術を披露し、影の中を移動する様子を眺めながらこれからのことについて考える。


 この集落に長く留まることはできない。日が昇ったら、すぐに出ていったほうがいいだろう。族長の言葉に偽りがなければ、彼らは罪の代償として部族のために尽力し、与えられた役目を果たしたはずだった。そうであるなら、集落の人々に危害を加えられることなく〈転移門〉がある遺跡まで移動できるはずだ。


 そこに悲鳴が響き渡る。酩酊状態だった生け贄のひとりが意識を取り戻したのだろう。なにも身につけていない裸の男性はよろよろと走り出すが、黒曜石じみた眼を持つ不気味な人々は笑みを浮かべながら男性のあとを追う。焦りは感じられない。男性が逃げられないことを知っているのだろう。


 足がもつれて地面に倒れると、小刀を手にした子どもたちが集まってきて倒れた男性の身体(からだ)を滅多刺しにしていく。何度も刃を突き立て、無邪気な笑い声をあげながら男性を刺殺する。そこに躊躇(ためら)いは感じられない。逃げ出した者は生け贄としての価値を失くすのかもしれない、血まみれの遺体は食べられることなく焚き火のなかに放り込まれる。


 そして何事もなかったかのように別の生け贄が用意され、そして惨劇が繰り返される。咀嚼音と滴り落ちる血液の音、そして口のまわりを血で汚した子どもたちの笑み。ここでは何もかも狂っているように見えた。


 無人の小屋を見つけると、そこで身体を休めることにした。襲われるような心配はしていなかったが、それでも交替で見張りに立ちながら仮眠を取る。


 夜が深まり宴も終わりつつあった。アリエルは静かに小屋を出ると、集落の外に足を進める。背後を振り返ると、まだ宴が続く広場から狂人たちの笑い声が聞こえ、焚き火の明かりが暗闇を照らしているのが見えた。集落の外れに小道を見つけると、ラガルゲが残していた足跡を追うように〈転移門〉に続く道を探した。


 森は暗く、不明瞭で、青年は慎重に足を進めながら周囲を探る。夜風が冷たく、そのなかに微かな血の臭いが感じられた。暗闇のなかで()いずるモノの音で立ち止まる。森は水底のように蒼く、ほの(ぐら)い。蒼黒(そうこく)に染まる森を見つめていると、自分自身の存在すら曖昧になるような奇妙な感覚を抱く。


 と、暗く濃い蒼の世界が目の前で微かに揺らぐのが見えた。そしてゆっくりと、そこに潜むひとつの形象(けいしょう)が、わだかまる霧のように近付いてくる。それは分厚い皮膜に包まり、あらゆる現象から保護された状態で影のなかに収まり、実体を持つ者たちと対する存在になっていた。


 幽鬼の類だろうか、触れようとすると花にも似た誘惑的な甘い匂いが漂っていることに気がつく。それは枯れていく花々の死を思い起こさせた。


 視線を上げると、ずっと遠くに月明りを浴びて輝く〈イアエー〉の木々が見えた。生命と癒しを司り、月の女神と結び付けられる大樹だ。今日は満月なのだろうか、夜空を仰ぎ見るが、そこには漆黒の暗闇だけが広がっていた。


 誰かに名を呼ばれると、アリエルは微睡(まどろ)みから覚め、覚醒していく意識の中で周囲を見回す。そこには倒れた木々と荒廃した光景が広がり、集落の痕跡はどこにも見当たらなかった。またどこか別の場所に転移したのではないかと考えたが、地中に半ば埋まる小屋の残骸や広場に敷かれた石畳に見覚えがあった。


 奇妙な静寂が漂い、鳥の(さえず)りや風の音も聞こえてこない。近くにいたノノとリリに状況を(たず)ねたが、彼女たちもいつの間にか眠っていて、気がつくと森の中にいたという。すぐに装備を確認するが、持ち物に異常は見られなかった。


 紅い落ち葉のなかで気持ちよさそうに眠っていた照月(てるつき)來凪(らな)を起こし、ふたりの武者と合流すると、その奇妙な場所から離れるように森のなかを歩いた。


 見覚えのある光景を探しながら歩いていると、凄まじく巨大な骨が横たわっているのが見えてきた。それは大蛇のものであり、地中に半ば埋まっているような状態だった。


 神話の中から飛び出したような異様な光景だったが、実際にそれは神々の時代のモノなのだろう。地中から突き出した骨の表面には年月の経過を感じさせるひび割れや苔が生い茂り、日の光を受けると煌めくように光を反射するのが見えた。


 たしかにその光景は幻想的だったが、なにか得体の知れない力が渦巻いているような嫌な緊張感が漂っていて、その場に留まるには勇気が必要だった。しかしどこもかしも似たような景色が広がる森では、現在地を把握するための貴重な場所になってくれた。


 アリエルたちは骨が見つかった場所を中心に周辺一帯を探索し、ついに〈転移門〉が残る遺跡を発見する。しかし奇妙なことに集落の狩人たちと出会うこともなければ、森に生息する動物に遭遇することもなかった。何かを期待していたわけではなかったが、部族の人間と話をすることもできなかった。


 あの奇妙な部族との邂逅(かいこう)にどのような意味があるのか分からないままだったが、少なくとも仲間を失うことなく強力な力を手に入れることができた。それは喜ぶべきことだと思えた。たとえ呪われた力だったとしても。

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