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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編

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 アリエルは、忘れられた森で何が起きたのか真っ先に質問したかった。けれど炉の炎を見つめながら事態を把握することに努めた。


 族長は青年の心が落ち着きを取り戻していく過程を眺めていたが、やがてただひとり生き残っていた呪術師と視線を合わせる。すると痩せ細った男性は立ち上がり、小屋のなかに立ち込めていた異様な暗闇に消えていく。


 しばらくして男性は音もなく戻ってくると、族長に小さな包みを手渡す。彼の手足には乾いた泥がこびりつき、その肌は灰にまみれていたが、布は清潔で汚れひとつなかった。


「貴様には期待していたが――」と、族長は照月(てるつき)來凪(らな)に視線を向けながら言う。

「あの戦いでは何の役にも立たなかった。だが〈龍の血脈〉として、その身に宿る能力が助けになったことは事実だ」


 再び呪術師に包みが手渡されると、彼は照月來凪のそばまでやってきて、両手で丁寧に差し出した。彼女は感謝しながら受け取ると、包みの中を確認する。そこには商人たちの間でも滅多に出回らない珍しい眼鏡があり、金で作られた枠に精巧な細工が施されているのが確認できた。


 それは揺らめく炎の灯りを受けて輝いている。表面には〈神々の言葉〉らしきものが刻まれていて、大気中の呪素(じゅそ)に反応して淡い光を放つのが見えた。どうやら貴重な〈呪術器〉のようだ。それは呪術を発動するための神秘的な言葉であり、眼鏡に秘められた能力を引き出す鍵になっている。


 古代の言語であり部族の人々には理解できないものだった。けれど彼女が眼鏡を手に取ると、眼鏡に宿る力が直接心に響くように感じられた。まるで森の小精霊たちが彼女の耳元で(ささや)いているような感覚だった。


 たしかに繊細な装飾が施されているが、これといった特徴のない眼鏡に見える。しかしソレは単なる装飾品ではない。照月來凪が眼鏡をかけると、透明なレンズの代わりに呪素によって形成された薄い膜が出現するのが見えた。どうやらその膜を通して世界を見ると、目に見えないものが見えるようになるという。


 森の奥深くに潜む危険な生物や敵の罠、それに呪術の痕跡がハッキリと見えるようになるらしい。さらに驚くべきことに、眼鏡には〈小妖精の気まぐれ〉と呼ばれる簡単な予知能力も備わっている。


 たとえば森の中で迷ったとき、眼鏡は安全な道を示すこともあれば、隠された遺物の在り処を教えてくれることもある。それだけでなく、敵対者の弱点を探り当てることもできるという。それは小精霊に祝福された貴重な〈呪術器〉にのみ備わる能力だった。


 照月來凪が驚いている様子を楽しんだあと、族長は呪術師から受け取った二振りの刀を炉の前に置いた。


「これは土鬼(どき)の武者に渡してくれ。人間との争いに明け暮れ、狩りを忘れてしまったように見えたが、森の現状を思えば致し方ないことなのかもしれない。だが、身命を賭して主君に仕えたことは評価に値する」


 抜き身の二振りの刀は、辺境の部族に〈骨刀(こっとう)〉と呼ばれる代物で、その名の通りに原始的な獣の骨から作られた大太刀だった。その刀身には名も知らぬ獣の大骨が使用されていて、生前についたと思われる傷や亀裂が見られ、獣が生きてきた歴史そのものが刻まれているようだった。


 刀身には部族の狩人が彫ったと思われる複雑な模様が刻まれ、骨刀の起源や獣の力強さを表現している。荒削りの刀身に華やかさはなく無骨な印象を受けるが、その迫力は本物で、身の竦むような威圧感を放っていることが分かる。


 骨刀の柄も骨の一部を削り出して作られていて、骨の自然な形状を活かし手に馴染むように加工されていた。厚みがあり、しっかりと握ることができ、重心にも安定感があるようだった。持ち手には黒革が巻かれていて、手が血に濡れたとしても滑りを防ぐことができるようになっていた。


 柄頭には獣の牙だと思われる装飾が取り付けられている。それは獣の記憶を宿しているのか、微かな呪素を帯びているようだ。〈小妖精の眼鏡〉のように特別な能力は備わっていないが、呪術鍛造された刀のように非常に高い強度があり、折れず、曲がらず、確実に標的を仕留める鋭さを備えていた。


「そしてこれは――」

 アリエルが族長の言葉に反応して顔をあげると、目の前に呪術師が立っていた。

「受け取りなさい、私だけの〝輝ける神の子〟よ、それはこれからの戦いに必要になるモノだ」


 呪術師が手にしていたのは、黒い籠手だった。通常、手の甲から肩までを一体に包んだ布地に、鉄や革など硬い板を縫い付けるのが基本的な構成だったが、その籠手は独特な特徴を持っていた。


 まず全体が艶のある黒い毛皮で覆われていて、前腕部分には烏羽色(からすばいろ)の羽根が織り込まれ、それが毛皮と組み合わさることで鋼鉄並みの強度を生み出していた。それにより太刀の一撃すらも受け止めるだけの防御力があるようだった。


 さらに、その籠手には大気中の呪素を取り込み、呪術の効果を高める能力が備わっているようだった。戦闘中により強力な呪術を放つことができ、また発動までの時間すら短縮できるという。それにザザの毛皮のように自己修復能力も備わっていて、戦闘中に受けた傷を素早く修復することもできるようだ。


 一緒に手渡された臑当(すねあて)にも籠手と同様の能力が付与されている。黒い毛皮で覆われた強靭な布地で作られていて、その内側には〈神々の言葉〉が刻まれている。臑当の表面にも黒い羽根が見られ、籠手と一緒に身につけることで、より高い効果が期待できるという。


 それらの装備に使用される毛皮や羽根には見覚えがあった。

「気がついたか」族長はそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。

「それは貴様たちが仕留めた〈災いの獣〉を素材にして用意したモノだ」


 素材にした……?

 アリエルの頭に疑問が浮かぶ。これだけの短時間で用意できるモノなのだろうか?


 そこに呪術師がやってくる。彼が手にしていたのは、豹人の姉妹のためだけに用意された特別な代物だった。

「〈イアーラの娘〉たちがいなければ、もっと悲惨なことになっていた」


 彼女たちに手渡された黒毛皮のマントは、あの獣の毛皮から作られていて、その質感は非常に柔らかで滑らかだった。毛皮は黒く艶やかで、月明りのない夜の深みに溶け込みそうな深い色合いを持っている。ここでも烏羽色の羽根が織り込まれていて、マント全体を包み込むように使われていた。


 それは見る者に神秘的でありながらも、どこか野性的で力強い印象を与え、身につけている者の存在感を際立たせる。またマント全体に使用された羽根は、防御面だけでなく呪術的な効果で着用者の能力を高める役割を持っていて、通常の毛皮よりも遥かに丈夫で鋼が使用された甲冑にも劣らない強度がある。


 だが最も注目すべきなのは、〈影舞〉と呼ばれる呪術が備わっていることだろう。マントを身につけた者は、暗闇や影の中を――言葉のまま、影に溶け込むようにして自由自在に移動することができるだけでなく、遠く離れた影や暗闇に一瞬で移動できるようになるという。


 それは〝影のベレグ〟が得意としていた呪術でもあったが、特定の血族だけが持つ能力に対して、それは〈神々の言葉〉が刻まれた〈呪術器〉で発動可能にする代物だった。


 この能力は戦闘や隠密行動に非常に役立ち、目的地まで瞬時に移動することができるため、戦場での位置取りや急襲にも利用できるだろう。あの獣が使用していた能力に比べれば、幾分か劣るかもしれないが、それでも我々にとっては強力な装備に変わりないだろう。


 〈影舞〉の能力は、戦闘時に必要不可欠な戦術的優位性をノノとリリに与え、彼女たちの生存がけでなく攻撃のさいにも役に立ってくれるだろう。


 呪術師の男性が小屋の暗がりに入って戻ってくるたびに、その手には貴重な遺物が握られていた。ひょっとしたら、どこか別の空間につながっているのかもしれない。アリエルは炉を囲む呪術師たちの死体を確認したあと、族長に視線を戻した。

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