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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
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18


 森の人々に〝街道〟と呼ばれていた荒れ果てた道を、守人たちは進み続けた。


 種族や部族に関係なく街道沿いの村々で生活する人々によって管理されていた街道は、荷車を引いてなんとか移動できるだけの整備が行われていたが、反乱部族との(いくさ)が続いた所為(せい)なのか、倒木や繁茂(はんも)した植物によって何度も移動を中断させられ、荷車のための道を切り開かなければいけなかった。


 守人たちの先を行く商人の一団は森の移動に慣れているのか、緊張感がなく、かれらが談笑する騒がしい声と車輪のガラガラという音、それに駄獣(だじゅう)(うめ)き声が絶えず聞こえていた。しかし寒さが増して森が異様な静けさに(つつ)まれるようになると、商人の一団も気を引き締め、周囲に警戒しながら移動を続けることになった。


 また街道沿いでは、いくつかの廃村を見ることになった。東部では一般的とされる高床式の木造の家々が並び、森を開拓して作られた農作物のための畑も確認することができたが、人々の姿を見ることはなかった。


 村の通りで見かけた露店には食糧品が詰まった壺や木箱が放置され、腐っているのが確認できた。(いくさ)の影響で早急に村を離れる必要があったのかもしれない。


 聖地〈霞山(かすみやま)〉から四日間も移動を続けると、それらの村々は見なくなり、代わりに森に呑み込まれてしまった村の廃墟を目にするようになった。森は深さを増し、街道は荒れていて、少しの距離を移動するためだけに普段の倍以上の時間を使うようになった。


 しかし他に道はなかった。ひとたび街道を離れてしまえば、人々を襲う肉食昆虫や大型生物の群れに襲われる危険性が増してしまう。


「どうして廃村に?」

 アリエルの疑問に、油じみた黒髪を持つ髭面の商人が答えた。

「水のない村で人々は生きていけない、井戸が枯れてしまえば、何処(どこ)余所(よそ)に移るしかないのさ」


 森での暮らしは過酷で、生きているだけで苦しく、どうしようもないことで溢れていた。たとえ先祖代々暮らしてきた村でも、現実を受け入れて離れることしかできない。それがどんなに悔しくとも、自分自身を納得させなければいけない。それが森の片隅で生きる人々の暮らしだ。


 蜥蜴人に〈忘れられた森〉と呼ばれ、恐れられる針葉樹林の外縁部までやってくると、錆びついた刀や斧があちこちに放置され、時の過ぎるままに()ちていく様子が見られた。かつての大戦の名残だという。


 それらの鉄屑は拾って使うこともできたが、それよりも鉄の道具として再加工することを人々は好んだという。しかし危険な生物が棲みつくようになると、それらの刀を回収する人々の姿も見なくなった。


 壁のように立ちはだかる高さ五十メートルを優に超える樹木を見ながら、守人たちは街道を進み続けた。古代から存在する樹木の多くは(こけ)に覆われ黒ずんでいて、人間の腕ほどのムカデが()っているのが見られた。艶々とした真っ赤なムカデが動いているさまは、まるで樹木が血液を流しているようでもあった。


 移動の間、鳥や昆虫の鳴き声はほとんど聞こえなかったが、夜になるとオオカミの遠吠えや、大型生物の(うな)り声が盛んに聞こえるようになった。その頃になると、我々は野営する場所に、守人たちの監視塔や廃村を選ぶようになっていた。

 その日の夜も、崩れかけていて、すでに使われなくなっていた監視塔の周囲で夜を明かすことになった。


 崩落した屋根にはボロ布が張られていて、針葉樹の丸太が使われた外壁の隙間には、枝や泥、それに石が挟み込まれていた。けれど不思議なことに昆虫や小動物が棲みついた気配はなく、野盗に荒らされた痕跡もなかった。


 すでに商人の一団とは別れていたので、そこには守人しかいなかったが、すべてが順調というわけではなかった。ルズィが指揮していた守人たちは、アリエルが女性を連れていることが気に食わないのか、嫌味を口にする者や、女性たちに手を出そうとする者もいた。


 守人の兄弟とは言っても、犯罪者や無法者の集まりに変わりないので、意見が対立することもあったし、流血沙汰になることもあった。それを知っているからなのか、ルズィは部下に仕事を与え、余計なことを考えないように配慮してくれていたが、かれらがいつまで我慢できるのかは誰にも分からなかった。


 旅に慣れていなかったクラウディアたちも、この数日間、耐え難い苦労や痛みを味わうことになった。長く歩き続けたことで足からは血を流し、太腿の筋肉は痙攣し、骨はズキズキと痛んだ。唯一の救いは、彼女たちが治癒士だったことだ。野営地で休むときには、次の日に備えて、彼女たちは互いの治療を行うことが習慣になっていた。



 赤い(うろこ)の蜥蜴人から(ゆず)ってもらった毛皮に(くる)まって眠るクラウディアたちの横で、アリエルが書物に目を通していると、蝋燭の炎がそっと揺らぐ。青年が顔をあげると、そこには豹人の姉妹のひとりであるノノが立っていた。


「となりに座っても?」

 眼を細める豹人を見ながら、「どうぞ」と青年は肩をすくめる。

 すでに彼の左手側にはフサフサの体毛に(つつ)まれたリリがいて、ある種のネコ科動物と、女性だけができるゆったりした格好で丸くなって眠っていた。


 青年の右手側に座ったノノは、彼が手にしていた書物をじっと見つめる。

「外の様子は?」と、アリエルは(たず)ねる。

『ルズィが見張ってくれています。オオカミの()れが近くまで来ていたので、いつもより警戒しているようでした』

「そうか……」


 それから青年は神殿で回収していた革表紙の本を閉じると、リリに奪われていた大きな毛皮を取り返して、姉妹たちと肩を寄せ合うようにして一緒に(くる)まった。夜の森に吹く風は冷たく、骨の髄まで凍らせる。


 監視塔の壁にはリリお手製の護符(ごふ)が貼られていて、外から入り込んでくる風を暖める効果があったが、それは気休め程度のモノだった。


 青年は沈黙が(きら)いではなかったが、せっかく一緒にいるのだから、ずっと気になっていたことを(たず)ねることにした。


「ノノとリリは傭兵じゃないんだろう? どうして東部までやってきたんだ」

 灰色がかった白花色(しろはないろ)の体毛を持つ豹人は、見る角度によって色合いを変化させる大きな瞳でじっと青年を見つめた。


『私たち姉妹は種族を導く宿命を背負っているのです』

「宿命……?」と、アリエルは眉を寄せる。


 彼女はゴロゴロと喉を鳴らしながらうなずいた。

『女神さまの〝お告げ〟です』

「そう言えば、豹人は神に見捨てられなかった数少ない種族だったな」

『ええ。今も女神さまは私たちと共にあります』


「それで――」と、青年は外から聞こえる長く尾を引くオオカミの遠吠えに耳を澄ませながら質問した。「女神さまは、この部族の小さな(いくさ)に豹人の運命を左右するような、なにか大きな出来事が起きると考えていたのか?」


『いいえ、この(いくさ)は関係ありません』

「じゃあ、なにが?」

『あなたです』


 青年は蝋燭の炎をじっと見つめて、それから言った。

「守人じゃなくて、俺が豹人の運命を背負っているって言いたいのか?」

『だから私たち姉妹は、あなたのもとにやってきたのです』


「宿命……」青年はその言葉の響きのなかに、(みちび)きにも似た象徴(しょうちょう)を見出そうとしたが、それは未熟さゆえの稚拙(ちせつ)な幻想でしかなかった。彼は溜息をついて、それから言葉を続けた。「俺が森を出て行こうとしていることに、なにか関係していることなのか?」


『すでにあなたは龍の幼生を見つけた。それが何よりの証拠だと思っています』ノノは小さな声で鳴くと、クラウディアたちに守られながら眠る龍の子をじっと見つめた。『しかしそれが、わたしたちの種族にどのような影響を及ぼすのかまでは分かりません。だから、あなたの(そば)でソレを見届ける必要があるのです。女神さまのお告げが何を意味するのか』


「お告げか……でも結局、あの遺跡で〈神々の遺物〉は見つけられなかったけどな……」

 アリエルは神々の子供たちについて(しる)された貴重な写本に目を落とすと、革表紙を撫でるようにして、その唯一無二の感触を確かめる。


「クラウディアたちを〈境界の砦〉に連れていくことはできない。でも砦に近い村に生活拠点を用意するから安心してくれ」

『わかっています』と、ノノはうなずく。『エルが砦にいる間、彼女たちの世話は私たち姉妹に任せてください』


「苦労を掛けるな」

『それが宿命というモノです。それに、この世界に簡単なモノなど存在しません』

 女神さまから(つら)い宿命を与えられたわけではない。と、ノノは思った。それは私たち姉妹でなければ克服できない宿命だった。ただそれだけのことなのだ。


「村には守人を支援する商人や、その家族が生活している。そこには友人から(ゆず)り受けた大きな屋敷がある。作物を育てるための畑もあるから、生活には困らないと思う」


『友人ですか?』と、ノノは目を細める。

「ああ。ノノは〈黒い人々〉のことを知っているか?」

『商人たちが有名な部族ですよね』


「そうだ。かれらのために呪術鍛造に使用される貴重な鉱石を採掘したことがあるんだ。その感謝の気持ちとして屋敷を(ゆず)ってくれた」


『私たちが使ってもよろしいのですか?』

「俺は守人で生活の中心は砦にある。だから龍が元気になって、森を出るための手掛かりが掴めるまでの間、そこで暮らしてほしい」


 ノノはじっとアリエルを見つめたあと、コクリとうなずいた。

『その村は、境界の砦から遠い場所にあるのですか?』

「ああ、歩いて三日くらいの距離だ」

『歩いて、ですか?』

「オオカミの背に乗れば、もっと早く移動できるんだ」


『オオカミ……』

 彼女はそうつぶやくと、森の奥から聞こえてくるオオカミの遠吠えに耳を澄ました。

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