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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
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 門番だと思われる戦士たちが立つ集落の入口には、どこか厳かな空気が立ち込めていた。高い防壁には木材の補強として土と石が無雑作に使われていて、緑の苔に覆われた壁は自然と一体化したような存在感を持っていた。遠目からだと、集落があることに気づくことすら難しいのかもしれない。


 その防壁には草やツル植物が絡まり、集落を囲む原生林と調和が取れていて、この未開の部族が自然に根ざした生活を送っていることが分かる。隔絶された地域で、人知れず文化と歴史を継承してきたのだろう。


 集落の入口には猛獣の毛皮や骨が飾られ、灰色の泥を塗り込んで独自の模様を描いているのが確認できた。それらの異様な装飾は侵入者に対する威嚇や警告だけでなく、彼らの生活様式や価値観を表現しているのかもしれない。あるいは、部族内の力強い結束を象徴しているようだった。


 人すらも丸呑みにしそうな巨大な獣の頭骨を見上げたあと、アリエルたちは不安を感じながらも未開の集落に足を踏み入れる。ここで頼れるのは自分たちだけだ。豹人の姉妹は敵意に警戒しながら歩き続けた。


 つめたい風が吹くなか、素肌を露出する住人の姿を多く目にする。彼らの灰色がかった薄青色の肌には、虫除けのためなのか、それとも部族の風習なのかは分からなかったが泥が塗り込まれていた。そのなかには、まるで神々の言葉を刻むように、身体中に入れ墨を彫っているものもいた。


 その住人の多くは獣の毛皮や植物の繊維を加工した簡素な衣装を身につけていたが、狩りに従事していると思われる男女は、獣の牙や爪でつくられた首飾りを誇らしげに身につけ、巨鳥の尾羽で頭部を飾りつけていた。それらの髪飾りや装身具にどのような意味合いがあるのかは分からないが、部族の信仰に基づくモノなのだと感じられた。


 古代の(まじな)いや神々の言葉を大切にする部族は多く存在し、意味や言葉を理解できなくとも、ソレを装身具に刻んで身につけたり、皮膚に彫りこんだりする者は少なからず存在した。この集落の住人も信心深く、土着の精霊信仰があるのかもしれない。


 アリエルたちの姿を見かけると、住人の多くはその場に立ち止まり、白目のない真っ黒な眸で興味深そうに眺めていた。未知の種族に対する興味なのか、それとも他に意味があるのかは分からないが、住人の眼差しは不気味で、見つめられているだけで落ち着かない気分になった。


 その集落は原始的でありながらも、部族独自の美しさを持っているように感じられた。木材で組まれた住居が密集して集落を形成している。それぞれの家屋は風習や信仰、そして奇妙な民族建築様式を反映されていて、部族の思想が家屋に刻まれているようだった。


 多くの住居は獣や蛇の侵入を防ぐために高床式で、住居の内部には毛皮が敷かれていた。それらの毛皮は寝具のように利用されているようだったが、質素で調度品の類は見当たらない。


 対照的に床下の空間は賢く利用されていて、家畜小屋として機能するようにつくられていた。そこでは、ヤァカの亜種だと思われる温厚な生物が白い息を吐き出しているのが見られた。生活に必要とされる部分に焦点を当てていて、外観よりも機能性が重視されていることがうかがえる。


 料理や毛皮の加工など、日常で必要とされる作業は別の家屋で行われているようだ。そこでは生活に欠かせない道具がつくられていて、祖先から継承されてきた技術が、厳しい環境で生きる部族の生活を支えているのだと考えられた。


 屋根は傾斜していて大きな葉や草で()かれ、床には艶が出るまで磨かれた木材が使われている。それに家屋の出入り口だけは例外的に装飾が重視されていて、入り口には巨鳥の頭骨が用いられ、太陽や樹木などの自然信仰を表す模様が刻まれた柱状の木造彫刻が立っていた。


 これらの装飾もまた部族の信仰に基づくもので、集落全体に部族の歴史が刻まれているように感じられた。やはり古の(まじな)いが大きな意味を持っているのだろう。


 食糧庫は集落内でとくに重要な場所になっていて、そこでは部族の狩人たちによって仕留められた獲物が処理され、保存する作業が行われていた。小屋の周囲には戦士たちが見張りとして立っていて、屋根に獣の骨や巨大な蛇の抜け殻が飾られていて、それらの装飾が一種の威嚇や守りの(まじな)いとして扱われていることが分かる。


 壁のない作業場では、森で狩られた獲物が吊るされ、毛皮が巧みに剥がされていく。熟練した技術を持つ狩人たちは、手際よく腹部を裂いて内臓を取り出していく。食用以外にも有効活用できるモノは何でも使い、賢く無駄なく資源を使っていることが分かる。


 食用の肉は塩漬けにされ、または煙で(いぶ)される。これらの作業によって食料が長期保存でき、季節によって変わる狩りの成果を気にせず生活することができるのだろう。作業場の周囲では煙が立ち込め、異様な臭いが辺りに立ち込めている。


 案内されながら集落のなかを歩いていると、無数の死骸が吊るされているのが見えてくる。それはどこか不気味な雰囲気を醸し出している。しかし部族の生活において、その光景は必然であり、彼らにとって命をつなぐための貴重な食料だった。それでも生活の一部として片付けるには、あまりに異様な光景も見られた。


 柱状の木造彫刻に数え切れないほどの人が吊るされているのが確認できた。まるで食人族の集落を訪れたような、不気味で残忍な光景が広がっている。小屋には処理された死骸の山が積み上げられ、胴体から切り離された人の首が床に並べられている。彼らの苦悶の表情が、あまりにも生々しくて見るに堪えなかった。


 逆さに吊るされた者たちは腕が切断されていて、皮膚は無残に剥がされ、内臓は取り出されていた。部族がこの残虐行為を儀式として行っているのか、それともただの異常な習慣なのかは、アリエルにも分からなかった。しかし他の獲物同様に、人々の肉も食材として扱われていることは間違いなかった。


 集落全体に漂う異臭と、目に映る残忍な光景が背筋を凍らせていく。青年の周囲には逆さまに吊るされた死体や残酷な食人の痕跡が見られ、これまでに経験したことのない異常な状況が広がっていた。たしかに人を狩る魚人族を見てきたし、人喰いの混沌の種族が存在することも知っていた。


 しかし人に限りなく近い姿をした種族が、こんなにも多くの人々を食料にしている光景に血の気が引くような戦慄を覚えた。空気には異臭が満ち、吊るされた死体からは怨嗟のような気配が漂っているように感じられた。アリエルは危険な場所に足を踏み入れたのではないかと、疑念を抱きながら不安と恐怖に苛まれる。


 ノノも不安を感じていたが、照月(てるつき)來凪(らな)が集落にいることは間違いなかった。集落に入ってから彼女と武者たちの気配は濃くなり、すぐ近くに呪素(じゅそ)を感じることができた。それはつまり、と彼女は考えた。少なくとも、まだ食人種族の食料にはされていないのだろう。けれどすぐに会うことはできそうにない。


 ラガルゲが立ち止まると、槍を手にした女性が言う。

「お前たちは〈神の門〉を渡ってきた〝異界の旅人〟だ。まず歓迎の儀式を行う。赤い眼の男、お前は私についてこい。族長から大事な話がある」


 アリエルが眉をひそめると、彼女は苦笑いを浮かべて、それから言った。

「よそ者よ、心配するな。お前の仲間を食ったりはしない。旅人はとても大切な存在だ」


 青年が決心して歩き出すと、ノノの声が頭のなかに直接聞こえた。

『用心してください。狩人は獲物に対して敵意を抱きません』

 アリエルは緊張した面持ちでうなずくと、ラガルゲのあとを追うように歩き出した。

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