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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
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『仲間の遺体は見つかりませんでした』

 ノノの(つや)やかな太い尾が宙で踊るように揺れ動くのを見たあと、アリエルは足元に横たわる死骸を見つめながら考えた。照月(てるつき)來凪(らな)は〈転移門〉を起動するための腕輪を身につけている。ルズィが言ったように、何かあれば野営地に逃げ込むこともできる。〈赤の魚人〉の襲撃にいち早く気がついて、野営地まで移動した可能性がある。


「生存者がいないか、もう少しだけ遺跡内を調べてみよう。何も見つからなければ野営地に移動しよう。あそこには〈白冠の塔〉があるから、魚人でも手は出せないだろう」


 そこでノノの長尾がザラリと揺れるのが見えた。それは不快感の表現というより、むしろ何かに驚いているような動きだった。

『なにか接近してきます』


「魚人の増援か?」

『いえ……これは』

 彼女の大きな瞳が極彩色に発光する。

『複数の大型肉食獣の反応だと思われます』


 腐肉を(むさぼ)りにきたのだろう。ここにいたら余計な争いに巻き込まれるかもしれない。

「予定を変更する。まずは野営地に向かおう、そこで部隊の安否を確認する」


 地面から僅かに浮いた状態で静止している奇岩を見ながら、白い石材でつくられた巨大な門に近づく。その門のそばに腰ほどの高さの円柱が立っていて、手を近づけると〈転移門〉として利用できる遺跡の位置が光で作製された地図で表示される。


 野営地に近い遺跡を意識すると、そこだけ明るく点滅したあと、地図が跡形もなく消えていく。すると門の内側に〈空間転移〉のための〝空間の歪み〟が発生するのが見えた。


 遺跡に接近してくる生物を脅威として認識していないからなのだろう、〈転移門〉が機能してくれている間に移動することにした。空間の歪みによって生じた薄膜を通り抜けて、遠く離れた場所まで一瞬で移動する。


『リリ、周囲の警戒をお願い』

 ノノの言葉に彼女は黒く艶やかな長尾を振って返事をする。リリが適当な鳥と意識をつなげるまでのあいだ、我々は倒壊した廃墟の陰に身を隠した。敵意や邪悪な呪素(じゅそ)の気配は感じられなかったが、湿原は魚人の狩場であり、そこで身を隠す術を誰よりも心得ていた。だから湿原にいる間は決して油断することができない。


 やがてリリは巨大な猛禽類と意識をつなげ、遺跡の上空を旋回して見せた。やはり豹人の姉妹は優れた呪術師だった。アリエルも動物を操る呪術を身につけていたが、それはあまりにも未熟なモノで、呪素の制御に苦労しながらやっと小動物や小さな鳥と意識をつなげられる程度のものだった。


 しかしリリは自分よりも大きな猛禽と意識をつなげ、手足のように自在に操ってみせた。ごく短い時間の間にリリがやってみせたことだけでも、いかに彼女たちが呪素の扱いに長けているのか理解できた。


 それを間近で見せられたアリエルは、ある種の〝嫉妬〟にも似た感情を抱いたが、それは一瞬のことだった。姉妹に対して抱いていた仲間意識や愛情が勝ったのかもしれない。それに所詮(しょせん)、若さゆえの衝動的な感情だったのだろう。それは青年の心を乱すにはあまりに些細な揺らぎだった。


 とにかく、アリエルは自分よりも(はる)かに大きな猛禽が優雅に飛ぶ姿を羨ましそうに見つめていたが、すぐに意識を切り替えた。自分は他に心配しなければいけないことがあるのだと。


 周囲に警戒しながら、しかし駆け足で移動していたからなのだろう、ノノの耳を飾る房毛(ふさげ)が風を巻きながら揺れるのが見えた。彼女も仲間のことが心配なのだろう。


 木材で急造した物見櫓(ものみやぐら)が見えてくると、見張りに立っていた女戦士のメアリーと〈青の魚人〉のアデュリが我々のことに気がつく。ふたりは軽快な動きで櫓から降りてくると、慌てた様子で駆けてきて、前哨基地が襲撃されたことについて報告した。ノノは簡単な精神操作の呪術で彼女たちの気持ちを落ち着かせると、なにが起きたのか(たず)ねる。


 すべての襲撃がそうであるように、魚人の戦闘部隊は何の前触れもなく遺跡に忍び込んできたという。前哨基地の警備を強化している最中だったこともあり、すぐに敵の接近に気がつくことができたが、魚人の数が多く、遺跡から撤退することを余儀なくされたという。


「それなら、彼女たちは無事に脱出することができたんだな」

「それが……」メアリーの表情が曇る。

「基地設営のために作業していた者たちは撤退できたけど、ラナと土鬼(どき)の戦士は残った」


 やはり彼女は基地を放棄することなく、最後まで〈転移門〉を守ろうとしたのだろう。


「……基地に残ったのは三人だけか?」

「ああ」彼女は悔しそうに下唇を噛んで、それから言った。


「精鋭の武者がふたりもいるんだ。よほどのことがない限り、ラナの身に危険が及ぶような事態にはならないと思うけど……本当は私たちもすぐに助けに行きたかったんだ。でも、あの〈転移門〉を操作できる人は限られていて――」


 猛禽の目で周囲を監視していたリリが彼女の言葉を(さえぎ)りながら言う。

『野営地も襲撃されたんだね』


「そうだ」メアリーはうなずく。

「嫌がらせのように日常的に行われている威力偵察だと思うけど、〈赤の魚人〉に襲撃されて、救出部隊を編制する時間がなかった。正直、今も敵部隊が近くにいるかもしれないから、警戒を続けていたところだったんだ」


「野営地は無事なのか?」

 アリエルの言葉に反応してアデュリが「ふんふん」とうなずくのが見えた。言葉を理解しているのかと驚いたが、雰囲気に合わせてうなずいているだけだった。


「無事だ」メアリーが答える。

「襲撃してきた小さな部隊は殲滅した」


「なら彼女たちを探しに行くか……」

 野営地の警備はメアリーたちに任せても問題はないだろう。問題は、照月來凪の行方が分からなかったことだ。襲撃された前哨基地に彼女たちの気配はなかった。かといって、襲撃されている間は〈転移門〉を開くことができないので、こちらに逃げてくることもできない。必要に迫られて湿原に足を踏み入れたのだろうか?


『森の外に〈空間転移〉した可能性は?』

 ノノの言葉にアリエルは頭を横に振る。


「わからない、そもそも〈転移門〉が利用できる条件も分かってないんだ。敵の襲撃の最中でも〈転移門〉が操作できるなら、他の場所に移動することもできたかもしれないが、それなら見知らぬ土地じゃなくて、安全が確保されている野営地に来るはずだ」


『でも、彼女が野営地に戻ってくることはなかった……』

 ノノは尾の先を神経質に揺らす。

『すぐに探しに行きましょう。ですが、前哨基地に戻るのは危険です。近くの遺跡に転移して、そこから歩いて近づきましょう。もしかしたら、死骸目当てに集まってきた野生動物を刺激することなく転移門にたどり着けるかもしれません』


 方針が決まれば、あとは道筋に従って素早く行動するだけでいい。メアリーたちと別れると、ふたたび〈転移門〉がある遺跡に戻る。遠距離の〈念話〉を可能にする呪術器が機能していれば、こんな面倒なやりとりは必要なかったのかもしれないが、ないものねだりをしても仕方がない。


 遺跡に到着すると、ノノと相談して安全そうな遺跡を移動先に選択する。〈空間転移〉の準備ができると、猛禽の操作に集中していたリリに手を貸しながら〈転移門〉を通過する。大型の猛禽が気に入ったのか、彼女は意識をつなげたまま、ずっと遠くにある移動先まで猛禽を誘導し、上空からの監視を続けさせた。


 我々にとって移動が困難な湿原も、その地に生息する巨大な捕食者にとっては造作もないことなのだろう。しばらくすると、尻尾のように異様に長い尾羽を持つ猛禽が飛んでくるのが見えた。リリは得意げに胸を張ると、周囲に敵対的な生物がいないか監視させた。


 日差しが戻ってきたからなのか、さっそく大量の羽虫が飛び交い、身体(からだ)にまとわりつくことになった。人の肉を好むニクバエがやってくるまえに〈虫除けの護符〉を使用すると、腐敗臭が漂う泥濘(ぬかるみ)の中を歩いて前哨基地に向かう。


 もしも照月來凪が森の外に〈空間転移〉していたのなら、我々も〈転移門〉を使って彼女たちのあとを追うことになる。あらゆる事態に対応できるように前もって準備をしてきたのだから、今回も〝問題ない〟だろうと、アリエルは何度も自分に言い聞かせたが、胸に渦巻く得体の知れない不安が消えることはなかった。

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