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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
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 残党狩りの任務を終えた守人たちが〈境界の砦〉に帰還するため、荷車に食糧や物資を積み込んでいると、インが数人の部下を連れて彼らの天幕を訪れる。


 敵対的部族の反乱を鎮圧したあと、作戦を指揮していた師団長は総勢四百名にもなる戦闘部隊を引き連れて聖地の視察にやってきた。おかげで聖地の管理を任されていたインは忙しく立ち回ることになったが、時間を見つけてはアリエルたちに会いに来てくれていた。残党狩りの間、苦楽を共にしたからなのか、ある種の友情に近い感情が芽生(めば)えていた。


 そのインは追加の物資を運んできてくれたのか、守人たちと協力して荷車に大量の木箱を積み込んでいった。どうやらクラウディアたちのために厚手の防寒着と、雨風を(しの)ぐためマダラギツネの毛皮が使用されたフードを用意してくれたようだ。


 彼女たちは毛織物の旅衣に、植物を()んで羽織(はおり)のように加工した(みの)しか持っていなかったので、防寒着を見て大いに喜び、インに感謝して祈りの言葉を口にした。


 守人たちにも防寒着と、その上に重ね着できるボイルドレザーの胸当てを提供してくれた。革の肩当ても用意されていて、金属製の留め具でしっかりと装着でき動きの邪魔にならない装備だった。それは軽装だった守人たちの身を守るために大いに役立つと思われた。


 それから、軍団長が〈境界の守人〉の総帥に宛てた手紙を預かることになった。羊皮紙の手紙には、カワトカゲの(うろこ)のような模様が特徴的な封蝋(ふうろう)があることが確認できた。アリエルが物珍しそうな顔で封印を眺めていると、インは咳払いして、彼の注意を向けた。


「その手紙は総帥にお渡しください。どうか、お忘れになりませぬように」

 インの言葉にアリエルは得意げにうなずいた。

「ああ、任せてくれ」と。


「これで最後になりますが、またいつか会いましょう」

 インが胸に手をあてながら頭を下げると、アリエルも丁寧な挨拶をして頭を下げた。


 青年の月白色(げっぱくいろ)の髪がはらりと揺れるのを見ながら、インは胸の奥にしまっていた思いを口にした。どうしてそんなことをしたのか、彼自身にも分かっていなかった。


「かつて、私にも希望がありました。……いえ、それは幻想のようなモノでした。私はその幻想を信じきれず、その感情に(とら)われることが怖くなり手放してしまった。勇気がなかったのです」インはそう言って、微笑んで見せた。「ですが今は、貴方(あなた)と同じ希望が見られたらと、心から願っているのです」


「希望?」

 アリエルが眉をしかめると、インは静かな声で言った。

「数日前のことです。あなたは戦いに疲れ、いつも以上に思い詰めていた。そして強い酒を(あお)って、ひどく酔っていた。だからきっと、そこで何を話したのかも(おぼ)えていないのでしょう」


「俺は何かマズいことを話したか?」

「安心してください、貴方は〝間違ったこと〟は何も話しませんでした」

 微笑むインを見て、青年は肩をすくめた。


 ふたりは再会を約束して別れた。出会いと別れが突然であるように、その出会いに意味があるのかは誰にも分からない。けれど、それでもアリエルはインとの再会がいつか果たされることを願っていた。



 翌日、まだ日も昇らないうちに守人たちは薄暗い遺跡の通りを進んでいた。荷車を引くのはミジェ・ノイルから贈られた三頭の駄獣(だじゅう)で、長い体毛に覆われた獣は白い息を吐き出しながらゆっくりと歩を進めていた。


 思いのほか荷物が多くなっていたので、クラウディアたちも守人に雑じって歩くことになったが、遺跡の外でインが用意してくれた別の荷車を受け取る予定だったので、何人かは交替で荷車に乗ることもできるだろう。境界の砦までは数週間の旅になる。彼女たちが休めるときには、しっかりとその身体(からだ)を休ませたいと考えていた。


 ルズィに(かくま)われていた龍の幼生を保護しに行くときには、二手に分かれて、目立たないように行動することも考えたが、師団長の部隊は聖地のあちこちにいるので、(かえ)って戦士たちの注意を引くことになってしまう。だから彼らの目を気にすることなく、堂々と本陣を出発して、誰の目にもつかないように龍の子を荷車にのせた。


 〈霞山(かすみやま)〉の(いくさ)は終わり、聖地に人々の活気が戻ってきているように感じられたが、不必要な問題はできるだけ避けたかった。


 廃墟が連なる大通りでは、師団長の治安維持部隊とすれ違う以外に人気(ひとけ)がなく、通りはひっそりと静まり返っていた。朝明けの()の光で空が茜色(あかねいろ)に染まるころ、守人たちは遺跡の出入り口である大門に到着した。


 門の周囲には多くの戦士がいたが、〈ジャヴァシ〉の紋章が入った旗の確認を求められるだけで、何事もなく壁の外に出ることができた。インが事前に手を回していてくれたのだろう、荷台を調べられることもなかった。


 遺跡の外でインが約束してくれていた駄獣やら追加の荷車を受け取る。そのあと、守人たちと同じように遺跡を離れる隊商と合流して、かれらと共に森を行くことになる。目的地は異なるので、いずれどこかで別れることになるが、それはそれで都合がよかった。


 隊商の人間は守人が同行することを歓迎してくれた。師団長の部隊と行動を共にして物資の輸送を手伝っていたからなのか、商人たちは隊商を護衛するための戦士を雇っていなかった。


 しかし遺跡から逃げ出した敵部族の残党が追いはぎや野盗の類になっていることを考えると、護衛をつけないで森のなかを移動するのは危険過ぎる行為だった。だからこそ守人たちと一緒に行動できることを商人は喜んでいたのだ。


 けれど、ルズィは守人たちに気を抜かないように忠告した。〈黒い人々〉のように私兵をもたない商人たちは、基本的に身体能力に優れた豹人の傭兵を護衛につけることを好む傾向があり、ほとんどの隊商で豹人の姿が見られた。しかしこの商人の一団には、豹人はおろか、人間の護衛もついていなかった。


 守人たちはルズィの忠告を受けいれ、商人たちに気を許すことはなかった。それはアリエルも同様で、クラウディアたちの(そば)にはノノとリリをつけて、つねに一緒に行動させた。もちろん、龍の子の存在が知られないように細心の注意を払った。


 森の街道では多くの巡礼者に出会うことになった。かれらの多くは霞山(かすみやま)で行われた(いくさ)のことを知らなかった。商人たちは巡礼者と遭遇するたびに(いくさ)のことを話して聞かせたが、かれらの多くは何年もかけ、自身の足だけを頼りに遠い地から訪れてきている者がほとんどだったので、(いくさ)があったからといって、今さら引き返す者はいなかった。


 巡礼者たちの顔には疲れと不安が見て取れた。本来ならば、巡礼者は部族の援助を受ける立場にいて、部族が発行する巡礼者証明書なるものを所持していれば、街道沿いの村で手厚い保護を受け食事や宿に困ることはなかった。


 けれど敵対的な部族に聖地が占領されてからは事情が変わった。巡礼者たちを支援していた村々は援助する余裕がなくなり、ある村では戦士たちが戦場に送られ、そのことによって働き手のほとんどを失っていた。またある村では食料品などが手に入らないことで、人々は苦しい生活のなかにあった。そのため巡礼者の多くは、本来ならば存在しない苦労を強いられることになっていた。


 それでも巡礼者が歩みを止めることはなかった。聖地は姿を変え、今では(いつわ)りの神々の信仰の地になっていたが、今でも聖地は、かれらのように神を持たない者たちの心の拠り所であることに変わりないのだろう。


 首長の支配で聖地がどのように変わるのかは誰にも分からないが、巡礼者たちが保護される日が戻ってくることを、人々は切に願っていた。

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