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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
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 ラライアと妹のヴィルマは敵対者たちを生け捕りにすることができたが、しかし情報を聞き出す前に、かれらは自害して果てた。捕虜は拘束され、自傷行為を防ぐため装備は奪われていたが、それでもダメだった。かれらは暗い眸で彼女たちを睨みつけて、それから口をきくことなく、笑みを浮かべながら自害した。


 ルズィが捕虜の口内を調べると、奥歯に小さな容器が仕込まれていることを発見した。毒物を含んだソレは、極めて巧妙に仕込まれていた。捕虜になったさいに自害するように命令されていた――あるいは、洗脳されていたのかもしれない。かれらは舌を抜かれていて、まともに話すことさえできないようにされていた。


 捕虜の死によって情報を手に入れることはできなかったが、敵対者は手掛かりを残すことになった。かれらが情報を秘匿するさいに用いる手口は、暗部のそれであり、守人に対する敵対的行動の裏に首長がいることを暗に示唆していた。


 それはルズィたちが最も恐れていた筋書きだったが、ある意味では納得できる答え合わせでもあった。守人を敵に回しかねない大胆な行動を取る者がいるとすれば、それは首長ほどの権力を持つ者でなければできないだろう。


 しかしそれでもルズィは現実を受けいれたくなかった。これまで守人は首長に協力的だったし、本来なら調停者にならなければいけない部族間の(いくさ)にも積極的に参加してきた。もちろん、支援という見返りを期待しての行動だったが、守人たちが〝森の部族〟に対して抱く忠義の心を踏みにじるような真似はしないと信じていた。


 だが、すぐに現実を受け入れる必要があった。ラファが行方知れずになったことに、首長が組織した暗部が関与している可能性がある以上、守人は然るべき対応を講じなければいけない。


 ルズィとベレグは〈境界の砦〉に向かい、総帥に事のあらましを報告しに行くことになった。砦の状況を確認する必要があったし、首長による敵対的行動がどのように進展するのか分からなかったが、砦の防御を固め、攻撃に備えなければいけなかった。


 ラライアとヴィルマは周辺一帯の警戒を引き続き行うことになった。呪術で身を隠す敵対者たちを見つけるには、彼女たちの能力が必要不可欠だったからだ。ラライアは遠吠えを使い戦狼(いくさおおかみ)の群れと連絡を取ると、〈獣の森〉に潜んでいるであろう敵対者の捜索を開始した。


 アリエルも敵対者が他にも潜んでいると考え、ラライアたちと森を捜索することにしたが、かれは狼たちと別行動を取る。〈転移門〉を使って森にやってきた豹人の姉妹と合流し、敵対者たちの侵入経路を辿り、かれらの野営地を探すことにしたのだ。最精鋭の集団と噂される暗部であっても、混沌の生物が徘徊する〈獣の森〉で活動するには基地が必要になる。


 暗い森に入ると、すぐに背の高い茂みに呑み込まれる。木々の幹が高くそびえ、時折、大樹の根が道を塞いでいた。アリエルは(やぶ)をかき分け、大小の岩を乗り越えて進む。雨は絶え間なく降り注ぎ、森から生物の気配を掻き消していく。


 そこは混沌の生物が徘徊する危険な森だったが、さまざまな生物が生息していて、普段は鳥の(さえず)りや、縄張り争いに興じる獣の鳴き声が聞こえた。しかし今は雨の水滴が葉や枝に当たる音が聞こえるだけで、生物の気配は感じられなかった。あるいは、森に侵入した異物に警戒して、身を潜めているのかもしれない。


 暗い森を進むにつれ道は険しくなり、一段と厳しさが増していく。樹木の間に広がる闇は、時折、そこに存在しない生物の姿を垣間見せた。ひとりになった守人を捕えようと、幽鬼たちが騒いでいるのかもしれない。アリエルは代り映えのしない景色のなかで迷子にならないように、遺跡に向かって歩き続けた。


 やがてノノとリリが待つ遺跡に到着する。青年は姉妹に事情を説明し、敵対者たちの痕跡を辿ることにした。かれらは声を持たない戦士だったかもしれないが、〈念話〉を使い連絡を取り合っていたはずだ。ノノとリリは、敵対者が使用した呪素(じゅそ)の痕跡を辿ることで、かれらの野営地を見つけ出そうとした。


 けれど危険な生物が徘徊する森で、その僅かな痕跡を見つけるには時間と忍耐が必要だった。フード付きマントを身につけた姉妹は、(つや)やかな体毛を泥で濡らしながら慎重に森の中を歩いた。


 アリエルは混沌の気配に気を配りながら、敵対者たちの野営地を見つけるための手がかりを探し続けた。森の奥に進むほど周囲は暗くなり、不気味な影が木々の間を横切るようになった。雨が絶えず降り続き、足元の道は泥濘と化し、歩くたびにぐずぐずと足を引きずり込んでいく。


 捜索の途中、かれらは大型の肉食獣と遭遇することになった。それは大猪にも似た姿だったが、額から見事なツノを生やした生物だった。大樹にも劣らぬ巨体を持つ生物は、雨に濡れた茶色の毛皮に覆われ、目は鋭く、ひどく飢えているように見えた。


 茂みのなかに身を潜めたアリエルたちの存在に気がついていないようだったが、その獣は周囲を睨みつけ、低い唸り声を発しながら歩いていた。近くにシカの死骸を貪り食っている黒狼の群れを見つけたからなのだろう。


 予期せぬ獣の出現に黒狼の群れは驚き、すぐに逃げ出したが、牙を剥き出しにして獲物を守ろうとした狼もいた。しかし最後には諦めて逃げ出した。獣の巨体に怖気づいたのだろう。


 その狼はアリエルたちが隠れていた茂みの近くを通ったが、逃げることに夢中になっていて、かれらの存在に気づくことはなかった。最終的に巨大な獣は獲物にありついて、勝ち誇るように唸り声を上げていた。


 その間も雨は断続的に振り続いていて、森は湿った闇に包まれていた。幸いなことに、アリエルたちが身につけていた毛皮のマントは上質で、雨水が染み込むことがなかった。この毛皮のおかげで無駄に体力を消耗することはなかったが、毛皮自体の重みは増していた。


 歩くたびに泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、敵対者たちの呪素の気配が濃くなるにつれて、進むのが一段と難しくなっていった。時折、雨音のなかに枝が折れる音や、獣の唸り声が聞こえてきたが、アリエルたちは黙々と進み続けた。


 目的の場所が近くなってきたと感じると、泥濘を避けて岩場に向かい、できる限り音を立てずに進むことにした。その間も毛皮は雨に濡れ、どんどん重くなっていた。


 リリは〈獣の森〉が恐ろしかった。そこは混沌の瘴気が漂う気味の悪い場所で、飢えた獣が徘徊していて、つねに気を抜くことができなかった。だから彼女は、この状況に自分自身がもっと怯えるはずだと考えていた。それなのに、どういうわけか南部の湿原にいるときよりも、ずっと心が落ち着いていることに気がついた。


 血に飢えた魚人や得体のしれないサルよりも、混沌の生物のほうが、よほど恐ろしい生物のはずだった。けれど〈獣の森〉は呪素に満ちていた。彼女たちが生きてきた北部の原生林のように、濃い呪素に満ち満ちていたのだ。その安心感が、呪術師である彼女に勇気を与えていたのかもしれない。


 ときに恐怖は刃よりも深い傷を残すと言われていたが、今の彼女を傷つけられる恐怖は存在しなかった。それはアリエルとの間に築いてきた信頼関係や、姉に対する絶対的な安心感のおかげだったのかもしれない。いずれにせよ、影のように樹木の間を這う幽鬼が彼女の心に触れることはできなかった。


 呪素の気配を追っていたノノは、やがて暗い洞窟を出入りする人影を見つけた。それは〈境界の砦〉から数時間の距離に位置した洞窟で、昆虫種族を含む多数の戦士と呪術師の姿も確認することができた。その集団が砦の襲撃を計画している様子はなかったが、砦を監視していた者たちと連絡を取っていたことは間違いなかった。

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