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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
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 アリエルは広場の中央に(そび)える黒い門を見ながら石柱に近づく。相変わらず〈黒の門〉は不気味な存在感を放っていて、荒廃した広場のなかにあっても唯一無二の存在感を示している。すぐ近くで激しい戦闘が行われたにも(かか)わらず、傷ひとつ確認できない。


 すると、〈転移門〉の鍵としても機能する腕輪が微かな振動を伴って淡い光を帯びていることに気がつく。石柱が〈黒の門〉と関係があることは疑いようのない事実だ。


 まるで星々が夜空の闇を照らすように、石柱の表面から光の粒子が舞い上がるのが見えた。やがてそれは細かい模様と古代の文字を描きながら、複雑な光の重なりで地図を浮かび上がらせる。


 その幻想的な光に手を近づけると、水面に小さな石を投げ込んだときのように光の波紋が広がっていく。そのさい、何かに触れているような僅かな抵抗が感じられた。おそらく光の地図は、他の場所に設置されている〈転移門〉の位置を示しているのだろう。


 臆せずに腕を伸ばして石柱に触れると、〈黒の門〉の内側で異次元につながる(ゆが)みが生じていくのが確認できた。


 得体の知れない力によって空間が激しく()じれていき、次に感じたのは空気の震えだった。門の周りで大気が振動し、無数の〝不可視の楽器〟が奏でられているかのような音が青年の耳に聞こえてきた。音波による振動は急速に広まり、身体(からだ)を揺さぶり、骨まで響いてくるような感覚がした。


 そして門の内側に生じた(ひずみ)から膨大な力が噴き出す。その力は目まぐるしく輝き、青や紫、赤や緑など、あらゆる色が混ざり合っているようだった。それは夜空で輝く花火のように美しく、同時に恐るべき力を感じさせるものだった。


 門の中心に発生した光の渦は神秘的な踊りを演じるかのように、しだいに巨大で複雑な模様を空中に描いていく。光の重なりで描かれた円環は、やがで回転しながら眩い光を放つ。


 青年は光のなかに吸い込まれるような感覚を味わう。光の渦が広場を包み込むと、青年の意識は一瞬、幾千の次元が流れていくのを垣間見る。まるで幻想的な夢の中に立っているような光景だ。そして次に感じたのは、神々の近きものたちの存在感、そして血の凍るような邪神たちの息遣いだった。


 それすらも感じられなくなると、〈(ふち)〉が見えてくる。すべてを呑み込む果てのない深淵の入り口だ。外なる世界から沈殿(ちんでん)してきた思念や幻影が、混沌の中で混ざり合い、無の中で漂っている領域だ。それは光の世界の源でありながら、暗黒に支配された影の世界に他ならないのだろう。


 〈淵〉を覗き込んだのは、ほんの一瞬の間だったが、世界の(ことわり)が――重力や空間の法則が崩壊するような、全身を襲う奇妙な虚脱感に包まれた。


「エル、大丈夫?」

 ぼうっと突っ立っていた青年はラライアの言葉で気を取り直すと、門の内側で生じた空間の揺らぎを見ながら光の地図を確認する。


 どうやら地図に表示されていた場所にではなく、〈白冠の塔〉の近くにある転移門につながったようだ。それは期待していた結果ではなかったが、少なくとも森に帰る手段を手に入れたことになる。


 このまま〈天龍〉の領域につながる転移門を捜索することもできたが、消耗した体力や装備品などの補給のため、森にある拠点に戻ったほうがいいと考えた。これまでの出来事をルズィたちに報告し、態勢を整えたあとでも捜索は継続できる。けれど森に帰る前に、広場を浄化する必要があるだろう。


 混沌の化け物との戦闘で周辺一帯が汚染され、呪素(じゅそ)と瘴気の影響が残され、他の生物にとって非常に危険な場所となっていたので浄化は急務だった。ノノが作製していた〈浄化の護符〉を取り出すと、瘴気に反応して護符が手の中で震え、そこに描かれた呪文が紙の上で振動しているように見えた。


 森の神々の息吹が宿る〈浄化の護符〉は、混沌によって汚染された場所を浄化するのに適しているが、さすがに今回は気休め程度にしかならないかもしれない。それでも守人の責務として浄化する以外に選択肢はなかった。


 呪文を迅速に発動させるため、ほんの僅かの呪素を流し込むと、護符は淡い光を帯びて発光する。やがてそれは熱を持たない青い炎に包まれ、生命力そのものが宿ったかのような輝きで薄暗い広場を照らしながら灰に変わっていった。しかし案の定というべきか、期待していた効果は確認できなかった。


 死者が徘徊する呪われた都市遺跡を浄化するには、もっと大規模な呪術が、それこそ百を超える呪術師による浄化が必要になるのだろう。アリエルは溜息をつくと、ラライアと協力しながら〈黒の門〉の周辺を浄化していった。護符の数は限られていたが、拠点で補給できるので惜しまずに使った。


 護符が生み出した青い炎が燃え続ける間、アリエルは浄化の効果を高めるため、慎重に呪素をそそぎ込んでいく。ここで呪素を使い過ぎると浄化そのものが意味のない行為になってしまうので、大気中に漂っている瘴気を含んだ呪素を避けて、体内に残っている呪素を使う。そうして炎の輝きは瘴気と呪術の影響を祓い、広場を清めていった。


 霧のように立ち込めていた瘴気が薄まり、ある程度だが浄化の効果が確認できると、避難していたベイランたちを探すことにした。残念ながら彼らとはここで別れることになるので、アリエルは最後に挨拶をしようと考えたのだ。森の外にある都市を見物したい気持ちもあったが、混沌の化け物との予期せぬ遭遇によって状況が変わってしまった。


 ふたりは石組みの廃墟のなかにいた。ベイランは混沌の瘴気にあてられ、精神的にひどく消耗しているようだったが意識はハッキリしていた。しかしエズラはどこか上の空で、廃墟の暗闇に潜む目に見えない何かに向かって話しかけていた。


 アリエルはエズラの側にしゃがみ込んで小瓶を取り出すと、気付け薬としての効果がある水薬の匂いを嗅がせる。青年の目に活力が戻ったような気がしたが、すぐに都市遺跡を離れたほうがいいだろう。


 そのことをベイランに身振り手振りで伝えたあと、ここで別れることを伝えた。ベイランは話の半分も理解していないようだったが、アリエルは何も持たないふたりのために食料や物資を分けることにした。そして可能な限り早く都市から離れるように言い聞かせた。


 そこでようやく別れることを理解したのか、ベイランは青年にまた会えるのか訊ねた。この都市遺跡にくれば、また会うことができるのか、それとも会うために別の場所に行かなければいけないのかと。


 アリエルは適切な答えを持ち合わせていなかったが、代わりに収納の腕輪から黒狼の毛皮を取り出す。それは予備に持ち歩いているモノだったが、それを身につけていれば毛皮に残る黒狼の気配を辿ってベイランを見つけ出すことができると伝えた。だから呪われた都市で待つ必要はないのだと。


 青年の言葉を理解するまで時間を要したが、ベイランはうなずいたあと、両手で毛皮を受け取った。


「必ず会いに来てくれ」

 ベイランは青年の眸を見つめながら言う。

「会わせたい人がいるのだ」と。


 それからアリエルとラライアは〈黒の門〉に向かう。空間の(ゆが)みは、湾曲した鏡面にも、薄い水膜のようにも見えた。ふたりが門の内側に一歩踏み入れると、一瞬で姿が消え、別の世界に転移した。


 薄い膜のなかに足を踏み入れる瞬間、わずかな抵抗を感じる。そしてふたりが見ていた景色は激しく(ゆが)み、世界を染める色彩が一瞬にして移り変わり、音が消え、その代わりに新しい音が細波のように耳に届く。平衡感覚が一時的に混乱するが、すでに新しい世界が目の前に広がっているのが感じられた。

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