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アリエルは教会の焼け跡が残る広場で異教の戦士と対峙する。かれらの周囲には火事で崩壊した教会の瓦礫が散乱し、蛆や昆虫が群がる焼死体も確認できた。
青年は、剣を手に近づいてくる戦士たちの姿を注意深く観察する。ひとりは金属製の全身鎧に身を包み、その鎧は陽の光を受けて鋭く輝いている。磨き上げられた鎧の表面には、焼けた教会の残骸が映り込んでいた。鉄兜から覗く暗い視線は冷たく、殺気を帯びていて、こちらに対する警戒心が見て取れた。
もうひとりの男性は軽装で、白い亜麻布のゆったりした上衣に黒い羊毛のマントを颯爽と羽織っている。彼の立姿は穏やかでありながらも、静かな威圧感を纏っている。黒髪の壮年の男性で、彼の目は青年を見据えていて、その眼差しは鋭く、何やら得体の知れない雰囲気を漂わせている。
広場には略奪の痕跡が依然として確認できる状態だった。石や焼け残った木材が散乱し、煙と焼けた木材のニオイが立ち込めている。
剣を手にした戦士たちは、アリエルに対して何かを伝えようと試みるが、言葉の壁が彼らの意思疎通を阻んでいた。共通語ですらない言葉は、青年には理解できず、互いの意図や目的の確認を困難にしていることは明らかだった。
それでもアリエルは何度か戦士たちに声を掛け、やりとりを試みる。しかし言葉が通じず状況が理解できないことによって、戦士たちとの間にある溝が広がり、緊張が高まっていくのを感じた。青年は彼らの動きに警戒しながらも、努めて冷静に振舞おうとするが、鎧を身にまとった戦士が剣を構える様子に不安を抱く。
鎧の戦士は軽装の男性と異なり、微かな苛立ちの気配を纏っているように見えた。彼の眼差しは鋭く、怒りや焦りが宿っているように見えた。そこには得体の知れない存在に対して抱く恐怖から生じる敵意が感じられた。
略奪に遭い破壊された教会という異常な場所も、戦士の感情を昂らせ、よそ者に対する攻撃的な姿勢を生み出す原因になっているのは明らかだ。戦士が手にする剣が陽の光を反射し、かれの攻撃の意思をあらわしているようでもあった。
言葉の壁と制御できない状況に対する苛立ちにより、緊張感は頂点に達しようとしていた。アリエルは足元の状況と戦士たちの動きを警戒しながら、自身の身を守ることを考えた。ここで〈念話〉を試みていれば、別の反応を得られたのかもしれないが、青年も経験したことのない異教の戦士との接触に緊張していたのだろう。
本来なら、戦いを避けて話し合いによる問題の解決方法を探るべきだったが、この状況をただ傍観することもできないと悟る。青年は腰に吊るしていた〈枯木の斧〉を手に取り、持ち手をゆっくり握りしめる。斧の柄は彼の手にしっかりと馴染み、敵の肉体を引き裂く瞬間が来るのを静かに待った。
青年と鎧の戦士との間には一触即発の空気が漂っている。彼らは互いに警戒しながら、次の一手を模索していた。視線が合うたびに瞬間的な緊張が走り、広場の空気は静寂と重々しい雰囲気に包まれていく。
アリエルの心は冷静でありながら、不屈の精神を心底に宿している。戦いになれば容赦なく守人としての力を使うだろう。青年は用心深く斧を構え、敵意に満ちた鎧の戦士に対して堂々とした姿勢を見せた。争う必要はない、けれどそのつもりでいるのなら〝真正面から応じてやる〟といった態度だった。
青年と鎧の戦士の間に一瞬の沈黙が訪れる。広場に吹きつける風が草原に咲く花々の香りを運び、時間が止まったかのように感じられる。と、周囲の景色が徐々に暗くなっていく。雲が太陽の光を遮り広場に影を落としていたのだ。
その暗闇が対峙するふたりを包み込んでいく。そこには不気味な静寂が漂い、避けられたかもしれない、血腥い戦いの始まりを暗示しているようでもあった。
全身鎧の戦士は、軽装の男性が口にする言葉を無視するように静かに近づいてくる。彼が歩くたびに金属の小気味いい音が響き渡り、その音は青年の耳に鋭く刺さる。
と、鎧の戦士が声を上げながら駆けてくる。アリエルは戦士を殺してしまうことを嫌い、無力化することだけを考えながら身体を動かす。かれらは異教の民だったが、この世界について知ることのできる貴重な情報源でもあった。
アリエルは斧を使い、刃を弾き、戦士の攻撃を巧みに躱していく。これまでに培ってきた戦闘技術と一瞬の判断力、そして訓練と経験が発揮されていた。
対照的に鎧の戦士の動きは鈍く、アリエルにとってそれは、剣術を知らない素人を相手にしているようなモノだった。そのゆっくりとした動きや攻撃の動作からは、戦士が鎧や武器の重量に苦しんでいることが窺えた。戦士は厚く重い装甲の中で自由な動きを制限され、青年に比べて遥かに不利な状況にあるようだった。
青年は攻撃を躱しながら冷静に観察し、この不利な状況を利用して鎧の戦士を無力化するための機会を待った。アリエルの眼差しは穏やかで、一瞬の機会を逃すことなく相手の隙を突く準備が整っていた。
鎧の戦士は息を切らせ、鎧の中でひどく汗を掻きながらもアリエルの攻撃を躱すために身を捻る。しかし青年の動きは迅速で正確であり、斧が空気を切り裂く音は、戦士を怖気づかせるには十分な迫力があった。
斧と剣が交差し、金属同士が打ちあうたびに火花が散る。その光は瞬間的に廃墟になった教会の暗がりを照らし出す。草原の草が風になびき、広場全体が戦いの力に満ちた空気に包まれていく。
アリエルが攻撃を避けるさい、風によって毛皮のマントのフードがめくれ上がり、青年の月白色の長髪が風に舞う。その瞬間、鎧の戦士の目に驚きと戸惑いが浮かび、一瞬動きを止める。戦士は青年の姿に何かを感じ取ったようであり、その感情が彼の動きに揺らぎを生じさせる。
青年はその隙を見逃さず、鎧の戦士に対して攻撃を仕掛ける。斧の鋭い刃が空気を切り裂きながら戦士に近づく。アリエルの動きと攻撃の速度は驚異的であり、ふたりの戦士には、まるで風のように目にも留まらない動きだった。
鎧の戦士は驚きと焦りを目に浮かべ、慌てて身を守るために腕を交差させる。鋭い金属の衝突音が響き渡り、厚い鉄板が歪み、鎧が軋むのが聞こえる。戦士の防御は崩れることなく、アリエルの攻撃を凌いでいるように見えたが、それは青年が手加減をしていたからだった。もしも枯木の斧に呪素を流し込んでいたら、金属の鎧ごと腕の骨を断っていただろう。
と、攻撃に耐えられなくなった戦士の腕が下がると、斧の刃先が頭部に直撃し、鈍い音ともに戦士は後方に倒れた。衝撃で歪んだ兜が吹き飛び、戦士の顔が陽の光に照らされる。すると鎧の戦士が、金髪に碧眼の端正な顔立ちの青年だったことが分かった。
しかし彼の額には大きな傷が刻まれ、すでに大量の血が流れていた。傷口から滴り落ちる血液は、広場に敷き詰められた白い石に鮮やかな赤い血溜まりを作っていく。
アリエルは金髪の青年に近づくと、これ以上争う必要がないことを見せるため、斧を腰に吊るした。それを見た青年は剣を地面において、静かに頭を垂れた。
鎧の戦士の降伏を確認し、戦いが終わった瞬間、緊張感が一気に解けたのだろう。それまで真剣な面持ちで戦いを見守っていたもうひとりの男性がやってきて、アリエルに降伏の意志を示すため、剣を両手で差し出しながら頭を下げた。
アリエルも両手で剣を受け取ると、青年の傷を治療するため収納の腕輪から〈治療の護符〉を取り出した。敵対の意志がないのなら、苦しませる必要もないと考えたのだ。
壮年の男性は、アリエルが傷口に包帯を巻くと思ったのだろう。その傷口を洗うため、慌てて皮革の水筒を差し出す。水筒を受け取ったアリエルも男性の意図が分かっていなかったのか、すでに護符の力で治療していた額に水をかけて血を洗い流した。壮年の男性はそこにあるはずの傷がないことを見て、さらに驚愕することになった。
そうこうしている内に、オオカミの姿になることなく瓦礫の下から抜け出したラライアがやってくる。ふたりの戦士は、肌の大部分を露出していた美しい女性の姿に驚き、それと同時に彼女が羽織っていた黒狼の見事な毛皮に目を奪われた。