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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
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04


 ついに〈転移門〉は我々が知らない未知の世界につながってくれた。誰もがそう信じていたが、ルズィは冷静だった。ソレが森の外につながっているという確証が得られるまで気を抜くことはできなかったし、門の安全性を確認するまで安心することはできないと考えていた。


 かれは照月(てるつき)來凪(らな)に頼み、門の内側に発生していた〈空間の(ゆが)み〉を消滅させると、再び未知の世界につながる(ゆが)みを発生させることができるのか確認することにした。


 彼女が腕輪を使うと、今度はすんなりと空間の歪みが発生する。二度目だったからなのか、それとも何らかの方法で今まで妨害されていたからなのかは分からないが、通常の転移門を操作するときのように、〈空間移動〉を可能にする歪みを発生させることができた。


 そこで今度は、彼女の能力を使わずに転移門を操作できるのか確認することにした。そしてその試みは成功した。やはり何かしらの封印が解けたのかもしれない。転移門の鍵として機能する腕輪の所有者であれば、未知の世界につながる空間の(ゆが)みを自在に発生させられるようになった。


 ルズィはベレグとラファ、それに戦狼(いくさおおかみ)のラライアとヴィルマを連れて転移門の先に広がる世界に向かうことにした。けれど〝あちら(がわ)の世界〟で、転移門が操作できなくなる可能性があったので、アリエルと照月(てるつき)來凪(らな)は、門の安全が確認できるまで〝こちら側の世界〟で待機することなった。


 豹人の姉妹とイザイアも、照月(てるつき)來凪(らな)と龍の幼生を護衛するため、遺跡に留まることになった。〈黒の戦士〉であり、雇われの傭兵でもあるイザイアが龍の子を見るのは、この時が初めてだった。しかし彼は驚くことなく、いつもの冷静で寡黙(かもく)な態度を変えることがなかった。


 それからしばらくして、ルズィたちはこちら側に戻ってきた。どうやら、あちら側にある転移門も問題なく操作できるようだ。


 さっそく遠征隊全員で未知の世界に――初めて見ることになる森以外の世界を探索しに行きたかったが、入念な準備をする必要があった。ルズィは野営地のすぐ近くにある門とつながる空間の歪みを発生させると、〈白冠の塔〉に向かい準備を進めることにした。


 あちら側の世界の探索には、ウアセル・フォレリも同行することになるが、照月(てるつき)來凪(らな)と彼女の護衛の武者は残ることになる。転移門の安全性は確認できたが、未知の勢力との衝突も予想できたので、彼女と龍の幼生を危険に(さら)すわけにはいかないという判断だった。


 それでも転移門に異常が発生したさいに対処できるように、彼女たちは野営地ではなく、転移門がある遺跡で待機することになる。同様に〈治癒士〉であるクラウディアたちも、不測の事態に備えて遺跡で待機してもらうことになった。


 照月(てるつき)來凪(らな)は〝天龍〟のもとに龍の幼生を連れていかなければいけなかったので、いずれ〝あちら側の世界〟に渡り、別の世界につながる遺跡を探す必要があったが、それは今日ではなかったし、明日でもないのだろう。


 〈黒の魚人〉の襲撃にも警戒しなければいけなかったので、野営地の見張りとしてウアセル・フォレリを護衛していた〈黒の戦士〉と女戦士メアリーの部隊、それに戦狼のアルヴァが残ることになる。一時的に野営地に避難してきていた〈青の魚人〉の戦士もいるので、戦力としては申し分ないだろう。


 あちら側の世界で戦闘になる可能性があったので、というより、本来の目的が森の部族の――いわゆる〈森の子供〉たちの生活を豊かにするための〝略奪〟だったので、戦闘に備えて〈治療の護符〉や〈矢避けの護符〉など、必要になるモノは惜しげもなく戦士たちに配っていく。


 遠征隊の準備が整うと、転移門が確認された遺跡に前哨基地を設営するための作業を開始する。すでに必要な物資は準備していたので、転移門を使い遺跡に移動すると、すぐに設営を開始した。


 そのさい、ヤァカにも荷物運びを手伝ってもらうことになったが、転移門を恐れるような仕草は見せなかった。動物の本能と呼ばれるような、ある種の直感で、門が安全だと分かっていたからなのだろう。


 前哨基地の設営を終えると、いよいよ未知の世界に(おもむ)くことになった。ちなみに、戦狼の姉妹には人の姿になってもらっていた。それは、オオカミの巨体で他種族を必要以上に刺激しないための処置だった。ラライアは不満そうにしていたが、アリエルが予備に持っていた黒い毛皮のマントを羽織(はお)ると、満更でもない表情を見せていた。


 仲間たちに見送られながら一行(いっこう)は転移門が発生させた空間の(ゆが)みを通って、未知の世界に足を踏み入れる。


 ここが〝森の果て〟なのだろうか。

 それはアリエルが最初に抱いた印象だった。青年は草木の少ない土地を見回しながら、想像していた世界とは異なる場所に来たと感じていた。


 たしかに樹高がひと回りもふた回りも低い木々が目立つが、多様な生態系を育む森では普通のことだった。だから昆虫が小さいことにも驚かなかったし、危険な獣の気配がほとんど感じられないことにも驚かなかった。


 だが豹人の姉妹は世界の変化に気づいて戸惑っていた。ここでは大気中に含まれる呪素(じゅそ)が薄いのだ。というより、転移門から(かす)かに漏れる混沌の瘴気がなければ、呪素の気配を感じることもできないほどだった。そしてそれは、今までにない異常な事態でもあった。


 体内に(たくわ)えていた呪素で転移門を開くことができたので、ルズィたちは世界の異様さに気がつかなかったのだろう。


 世界の異様さに気づいたリリは、(なめ)したように(つや)やかな太い尾を神経質そうに動かしながら、振り返って転移門を仰ぎ見た。白い門の周囲には石組の石柱が立ち並んでいるが、あちら側の遺跡に似た建築様式だったので、〈白冠の民〉が遺した遺跡で間違いないのだろう。だが、どうも様子がおかしい。気持ちを言語化することができず、彼女は苛立っていた。


 姉妹の様子がおかしいことに気がついたウアセル・フォレリが理由を(たず)ねると、ノノは何が起こっているのか説明してくれた。〝呪素が存在しない世界〟に立っている。それは信じられないような状況だったが、信じるほかなかった。


 臆病者に見えるほど慎重で、だれよりも悲観的だった片耳の守人〝影のベレグ〟は、撤退することを提案した。が、残念ながら賛同は得られなかった。遠征隊は多くの犠牲を強いて、やっとここまでたどり着いたのだ。今さら引き返すことはできなかった。


 それに、遠征隊にはアリエルや豹人の姉妹のように、膨大な呪素を体内に蓄えている仲間もいる。たとえ一時的に呪素を補給できずとも、〈黒の魚人〉の特殊個体を退(しりぞ)けるほどの戦力は保持していたのだ。けれど、それでも未知の世界に――それも呪素がほとんど存在しない世界に、長くとどまるべきではないと誰もが理解していた。


 遠征隊が移動しようとしていたときだった。何処(どこ)からともなく人間が姿を見せた。誰も接近に気がつけなかったのは、その人間から呪素の気配を感じられなかったからなのかもしれないし、異常な事態に混乱していたからなのかもしれない。


 ソレは奇妙な人間だった。濃い(ひげ)を蓄えた男性であるにもかかわらず、部族の平均的な大人よりも背か低く、幼い子どものように華奢だった。それに頭頂部の髪の毛を丸く剃り、その縁の髪だけを残す特徴的な髪型をしていた。


 その男性は遺跡の近くに立つ遠征隊を見つけると、腰を抜かしたように倒れ込んだ。どこか悪いのだろうか、アリエルが心配して近づくと、男性は腰を抜かした状態で後退(あとずさ)る。そのさい、十字に交差した形が特徴的な金の装身具を掲げ、祈りの言葉をつむぐように何かを口にしていたが、誰にも言葉が理解できなかった。


 のちにアリエルのことを〝悪魔〟と呼び、異教の神に救いを求めていたことが分かったが、このときには知る由もなかった。

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