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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第五章 異変 前編
148/501

03


 その場所では、〈白冠の民〉として知られた種族の遺跡で見られるような、白い石材を(もち)いた建造物が多く見られ、遺跡全体が陽の光を受けて淡い輝きを放っているように見えた。磨き上げられた石の表面に光が反射しているのだろう。その輝きは、古代種族の繁栄と失われた歴史を物語っているかのようだった。


 しかし、いくつかの建造物は倒壊し、足元の石畳はツル植物に(おお)われ、繁茂(はんも)した植物によって壮麗(そうれい)な建築物の数々が埋もれてしまっている。まるで遺跡の秘密を守ろうとしているかのような光景だったが、ただの偶然なのだろう。驚異的な文明が築き上げた都市も、時間の流れのなかで風化し、失われていく運命にある。


 妙な静けさに支配された通りを歩いていると、ラファと戦狼(いくさおおかみ)の姿が見えてくる。ヴィルマはラライアの姿を見てホッとしたのか、長い尾を振って姉を出迎える。ふたりの近くには、偵察に出ていたイザイアの姿もある。


 どうやら通りの先に〝転移門〟らしき構造物があるようだ。アリエルたちはその門に近づくため、背の高い雑草や、遺跡の外で見た奇妙に(うごめ)(いばら)に対処する必要があった。彼らは手斧や刀を使って生い茂った植物を切り払い、ツタを引き剥がし、茨を焼き尽くしていった。


 遺跡の静寂は破られ、金属の音や植物が(こす)れ合う音が響き渡る。〈虫除けの護符〉を使用していたが、それでも草むらのなかに潜む昆虫や羽虫の()れにまとわりつかれることになった。油断していると口の中にすら飛び込んでくる羽虫にウンザリしていると、通りの先に広場が見えてくる。


 その広場の中央には転移門だと思われる巨大な構造物が(そび)えていて、その両脇には、地面から(わず)かに浮いた状態で静止している奇岩が確認できた。石碑(せきひ)だろうか、その奇岩は呪素(じゅそ)と異なる未知の力を(まと)った状態で空中に浮かんでいた。


 石碑には古代の言語で何やら文章が刻まれていたが、豹人の姉妹にもその碑文(ひぶん)を解読することはできなかった。古代の知識や遺跡に関する警告、あるいは禁断の言葉が刻まれていたのかもしれないが、遠征隊に理解できる者はいない。


 文字は深く彫り込まれていて、光と影の対比が文章に奥行きを与えている。その碑文からは、呪術器に刻まれる〝神々の言葉〟にも似た超自然的な力が感じられたので、ただの石碑でないことだけは間違いなかった。


 空を(おお)っていた厚い雲間から光明(こうみょう)が差し込むと、石碑の表面に薄く刻まれた緻密な模様が浮かび上がるのが見えた。ソレは縦横に入り組んだ複雑な模様で、森の部族で使用される単純な模様とも異なる異質なモノだった。一部はすでに風化していて図形を完全に把握できない状態だったが、何か得体の知れない呪術的な力の流れすら感じられた。


 ノノが遺跡の上空を飛行していた鳥を使い、周囲の状況を偵察している間、ルズィは仲間たちに指示を出して広場に脅威が潜んでいないか確認させた。不思議なことに、門の周囲には植物が繁殖していなかったが、その門に近づくためには背の高い雑草のなかに分け入る必要があり、つねに用心しなければいけなかった。


 やっとのことで転移門の近くにたどり着くと、(あた)りは沈黙に満たされ、時間の流れが止まったかのような感覚を覚える。この場所では昆虫や鳥の鳴き声も聞こえてこない。


 (おごそ)かな気配が漂う異様な空間だからなのか、転移門に残る混沌の瘴気が強烈に感じられた。それはただ呪素(じゅそ)を帯びているのではなく、瘴気の向こうに邪悪なモノが垣間見えるような、鳥肌が立つ嫌な気配でもあった。


 風が吹くたびに転移門から(かす)かな瘴気が散々し、それは遠征隊の不安感を(あお)り、暗い恐怖の底に引きずり込もうとする。


 嫌な緊張感が漂うなか、転移門の内側に呪素(じゅそ)の流れを感じる。それは脈動しながら不気味な光と共に淡い色彩を放ち、異界とのつながりを明確にする。やがて見慣れた青白く輝く薄い膜があらわれる。それは不穏な気配を放つ色彩に変化していき、薄膜の向こう側に(いびつ)な影があらわれ、消えていくのが見えた。


 まるで悪霊が門の向こうから、こちら側の世界を覗いているかのようだ。その影があらわれるたびに、周囲の空気は冷たくなり、凍り付くような風が吹いて、心の奥底に恐怖が忍び寄るような感覚に心が支配される。何かが精神に働きかけている。それから逃れる術はない。


 あるいは、自分自身の首に鋭い刃を突き刺して自害すれば、その恐怖や不安から逃れられるのかもしれない。アリエルは嫌な考えを振り払い、淡い光に警戒しながらも、引き寄せられるように転移門に近づいていく。が、一歩進むごとに眩暈(めまい)(ともな)う嫌な気分になり、吐き気を(もよお)す。


 それは、〝生命を持たぬ者だけが歩む領域から漏れる邪悪な力〟の気配であり、遠征隊の心に疑念と恐怖を植え付けていく。足元から這い寄る悪霊の手に触れられ、気が狂いそうになるほどの恐怖に襲われたかと思えば、自然と涙が零れるような悲しみを抱く。正気ではいられないのだ。


 あの奇妙な〝色彩〟を帯びた光の所為(せい)なのだろう、その不気味な光に(あらが)うように、転移門に接近する。


 しかし一定の距離まで近づくと、それまでに感じていた嫌な気配は消え、静寂だけが残されることになる。あの奇妙な感覚は、転移門に生物を寄せ付けないための呪術のようなモノだったのだろうか?


 いずれにしろ、アリエルたちは転移門の前に立つことができた。その門は、〈青の魚人〉の遺跡で確認できる〝光の地図〟にも(しる)されていなかったモノだ。もしも森の外につながる門があるとすれば、それはこの遺跡にある門のように、秘匿され続けてきた場所にこそ存在する可能性があった。


 さっそくルズィは腕輪を使って転移門を操作しようとしたが、相変わらず門の内側には奇妙な薄膜が張られていて、〈空間転移〉が可能な状態に変化することはなかった。


 ノノは門のすぐ近くまで歩いていくと、白い石材でつくられた巨大な門を見上げる。

『なにか別の力が――それがどのような力なのかは分かりませんが、それが腕輪に干渉している可能性があります』


「つまり他の門のように、腕輪の力だけで転移門を操作することはできないのか?」

 ルズィは眉をひそめながら(たず)ねた。


 ノノはうなずきで答えると、照月(てるつき)來凪(らな)(そば)まで歩いていく。

『あなたたちの力が必要です。どうか私たちに力を貸してください』


 すると照月(てるつき)來凪(らな)が背負っていた(かご)から龍の幼生が顔を出すのが見えた。ノノが腕を伸ばすと、龍の子は甘えるように頭を(こす)りつけたあと、ネコのようにゴロゴロと喉を鳴らしてみせた。


 照月(てるつき)來凪(らな)は転移門の前に立つと、目を(つむ)り、意識を集中させていく。彼女はその血に流れる神々の力を解き放ち、いつか見た天龍の姿を思い浮かべていく。


 気がつくと彼女は龍の幼生と共に暗闇の中に立っていた。深淵を思わせる果てのない闇に身が(すく)むが、背中にしがみ付いていた龍の温もりが彼女に力を与える。


 と、そのときだった。暗闇に一筋の光が射すのが見えた。彼女は勇気を振り絞ると、邪悪な悪霊が跋扈(ばっこ)する闇の中を歩いて、その光に近づいていく。


 一歩進むごとに、(いにしえ)の龍の血脈だけがその身に宿す炎が身体(からだ)を包み込んでいくのを感じた。彼女は息苦しさを覚えるが、その炎は闇の中に潜む魑魅魍魎を遠ざけてくれていた。


 やがて心地よい風が吹くようになり、生命に満ちた草木の匂いや、水が流れていく静かな音が聞こえてくる。そして燃えるように身体(からだ)を包み込んでいた熱がスッと引いていくのを感じた。目的の場所は近い。彼女はすでに天龍の咆哮を――遠雷のように美しい響きを含んだ咆哮を耳にしていたのだ。


「見つけた」

 照月(てるつき)來凪(らな)が目を開くと、転移門に張り巡らされていた奇妙な色彩が消え、代わりに〈空間転移〉を可能にする半透明な薄膜が出現していた。

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